八十三話
「情報班。時系列毎に報告を頼む」
大河に促されて高木は衛星通信で報告を行う。静岡での自衛隊士官学校生のキャンプに対する襲撃の予知が一連の事件を結びつける鍵になる。
「倉橋陸将。公益通報者保護の観点から女性のギフトホルダーによる通報の可能性が高いですがそれ以上の事は判明しておりません」
そして神奈川の田舎町で起きたロシア軍の元兵士による少女誘拐事件。イワンコフ単独による犯行だとは既に考えられていない。入国手段も銃の入手も一個人が単独で出来る事ではない。小型高速艇による日本領海に対しての不法侵入は海上保安庁や海上自衛隊のレーダー網を掻い潜る必要があり、ギフトを使っての侵入も不可能に近い。テレポーターでも移動できる距離には制限があり、海上では視界に収めていても距離は数十キロメートル離れているなどよくある事だ。
ここで問題になるのはイワンコフの後ろ楯となっている組織だ。ロシアが関係しているのであれば一筋縄ではいかないし、それがウロボロスであっても同様だ。大国が相手であれば防衛出動の必要があり、ウロボロス相手でも最低でも治安出動が必要になるだろう。未だ少女を無事保護したという報告は警察から上がって来ていない。少女は最悪の場合は既に殺害されている事を視野に入れなくてはならない段階になっている。
「少女誘拐事件については警察を投入していますが有益な情報はありません。国外への逃亡は阻止されていると思いますが楽観視を出来る状況ではありません」
「柳隊の独立行動を警察に徹底させろ。イワンコフ発見の際には追跡に留める事を念押ししておけ」
そして今、大河が対応していた浜松原発襲撃事件だ。テロの標的として原発を狙う価値はある。幾重にもある安全対策は万全を期してはいるが完璧にはほど遠いだろう。原発周辺の土地を国有地として買収するのは当然で警備にはギフトホルダーを配置する必要がある。そこまでしても事故が起きる時は起きる。放射線により癌を患っても治療する方法は既に確立されていた。たがナノマシンによる癌治療が人体にどれだけの悪影響を与えるかはまだ未知な部分も多い。
原発を廃止できるほど日本の発電環境は良くない。超伝導コアによる発電も副次的なものであり、模倣でしかないコアでこの性能なのだからオリジナルのコアの価値は計りしれない。一説ではこの超伝導コアのオリジナルを作った知的生命体こそが人類にギフトを与えた存在なのだと主張するものがいる。地球人が宇宙へと進出する契機となるのが軌道エレベータであり、火星移住計画によって現実味を帯びてきているのだ。超伝導コアのオリジナルの所在地は歴代総理にのみ与えられる秘匿情報であり、実際に目にした事のある楓や大志でさえ現在の所在地を知る事はない。
全ての元凶である隕石と超伝導コアであったが、それ以前にも火種はそこら中にあった。人種問題は根強く、宗教対立もまた多くの屍を築き上げてきたのだ。大河だってもしノーマルだったらと考えない事はない。ギフトに頼らずに生活するギフトホルダーも存在する。倉橋家に生まれた者として政治家の道を歩んでいたのだろうか。それともただのサラリーマンとして家庭を築き、平凡な一生を過ごしたのだろうか。現実は自衛隊の幹部として国防に粉身し、友人であり部下であった要の変化に気付かず、追い込んでしまった無能な指揮官だった。
自衛官として多くの命を護って来たことは誇れることだろう。だが親しい人間を護ってこれたかというと疑問だ。要が抱えていた心の闇に気付く事ができなかった。大志は平凡な生活を望んでいたが、状況がそれを許さず有無を言わせずに超能力開発幼年学校へと入校させ自分と同じ様に自衛官としての道を強要していた。現実を受け入れた大志の姿がなければ親として一人の人間として今以上に罪悪感に苛まれていただろう。
そして駅での銃撃戦だ。銃器対策課がパワースーツ部隊を投入して鎮圧に何とか成功した。普段であれば主要都市に配備されている部隊を柳達が急行するまでの時間稼ぎとして駐留させていた。ノーマルがギフトホルダーに対抗するのは困難で例えGIDによってイワンコフのギフトを封じ込める事に成功してもゲリラ戦に精通しているイワンコフからして見れば日本警察は平和と言うぬるま湯に浸かりきった敵とも認識されない状況でしかないと大河は考えていたからだ。
実際に大河もギフトが抑制もしくは使用不可となっていても警察から逃亡するくらいは出来るだろう。もしアメリカなら不審な行動をしようとしたら容赦なく撃ってくるが日本の発砲手順は厳しく、ギフトホルダーの出現によって緩和されたが今度は警察官が訴訟に備えて損害保険に加入しなくてはならない程になった。
ギフトホルダー出現当初は警察官による発砲事案が増えた。今までも犯罪者と対峙する警察官は危険な職務だった。それに加えてギフトとなるとノーマルの警察官にとって一般市民であるギフトホルダーでさえ潜在的な脅威となった。警察官の職務中の殉職が増えたのも少なくない影響を与えていた。誰だって他人の命より自分の命の方が大切だ。
しかし、それでは国としての秩序を守る事は出来ない。警察官・自衛官と優先的にギフト適応検査を受けたが、他の人との発現率は変わらない。男女での差異も誤差でしかないくらいでギフトホルダー有志による治安維持活動への協力がなければ、もっと混沌とした世界になっていた可能性は誰にも否定できない。
PMCトライデントの社員が現場に居たと言うことは、アメリカの関与を疑って当然である。ペーパーカンパニーを通じてトライデントに依頼を出して日本での諜報活動をしていた節もある。範囲が広くなる為に正確な予知ではないが日本のギフトホルダーが海外の事件や事故に対して予知を行う事がある。高レベルホルダーによる予知であれば外務省を通じて警告を出すことも有り得る。実際に未然に防げた事例もあれば逆に被害を拡大させてしまう事案もあった。
現場は混乱しているが柳達から直に詳細な報告が上がるだろう。自衛官として日本に対する脅威を排除すると決意しながらヤタガラスの隊員に命令を出す大河であった。
――――
「ここから先は通行止めとなっています」
緊急走行をしていなかった事と警察から借り受けた車両から椎名の所有する車へと乗り換えていた為に検問に立っていた警察官は職務に対して忠実に行動していた。
「お疲れ様です。指揮所の場所を教えて下さい。」
椎名が見せたのは警部と言う階級ではあったがそこには三本の足を持つカラスが描かれていた。日本の護り神であるとされるヤタガラスであり、それは内閣直轄の特務課の所属である事を示していた。ヤタガラス・ヤマタノオロチ・四獣・U対策課もこの身分証を貸与されている。県を跨いで捜査する警察官には必須であり、通常の警察官より強い権限が与えられている事を意味している。
「はい。駅の入口付近に張ってあるテントが前線指揮所となっており銃器対策課の警部が指揮をとっております」
椎名は教えてもらった場所へと車を移動する。御手洗もついてきてはいるが運転は椎名がしていた。それはただ単純に改造してある為に普通の乗用車の運転に慣れていると事故を起こしかねないからであり他意はない。
「椎名は車で待機。御子柴と杉山はついてこい。御手洗巡査部長も車で待っていてくれ」
二人を連れて柳は歩き始める。立ち入り禁止エリアにさえ入ってしまえば柳達を誰何する者はいない。いるのは後始末に追われている警察官と被害者の治療にあたっている医療関係者のみだ。
「失礼する。自衛隊より警察に出向している柳だ。指揮官は何処にいる」
「俺が指揮官だ。貴官が派遣されるとは関係部署から通達されていない。何者だ」
「本来の所属は自衛隊陸上幕僚本部第零特務課の柳三等特佐です。疑いなのであれば倉橋陸将への直通電話をかけますが如何なさいますか」
第零特務課はギフトホルダーによる特殊部隊である事を示しており、当然ながら直属の上司は内閣総理大臣になる。U対策課などの諜報機関と戦闘部隊から成り立っており、間接的には陸将などの自衛隊幹部・警察庁長官・海上保安庁長官などが指揮を執るが内閣総理大臣の命令の範囲内で独自行動が許可されている。特務課の意匠がヤタガラスに統一されているのは日本初めての特殊部隊であり、四獣やヤマタノオロチはヤタガラスから派生した部隊であり、最終的な指揮権限を内閣総理大臣が持つためである。
自衛官や警察官だと身分を偽るのは犯罪であり、更に特務課所属と偽れば執行猶予なしの有罪となる。手帳に埋め込まれたマイクロチップはシリアル番号が割り当てられており、本人の認証がなければ中のデータを見せる事は出来ない。特務課隊員に要請を受けた関係部署職員は照会をした後に要請を速やかに受理・対応する義務を追う。
「本部照会をさせて頂くので暫し御待ち下さい」
数分後、戻って来た警部は確認が取れたのか態度を軟化させていた。
「失礼しました。柳警視。現場の状況について説明いたします」
警察が射殺した容疑者は一名だった。警察官の制止の命令に従わずに攻撃してきたため対ギフト阻害弾によって反撃しての出来事だった。ギフトホルダーは肉体的にはノーマルより少し優れたぐらいでしかない。身体強化によって銃弾を跳ね退ける事は不可能でないため通常弾でダメージを与える事は出来ない場合もあるがGIDの原理を応用した特殊弾を用いる事でノーマルでも制圧できる。ただ口径が大きくならざるおえず通常弾よりも製造費用がかかる。その金額は経費として無視出来るものではないが現場の警察官や自衛官に経費削減の為に死ねと言えないのが痛いところだ。
「銃撃戦を行っていたのはPMCトライデントに所属する元アメリカ兵であり、その相手はロシアの諜報員であったと推測されますが全員が死亡しております」
パワースーツ部隊が制圧した強化人間も含めてロシアの諜報員と思われる人物は服毒自殺をした。死体を残すということは諜報員にとって失態であったが直接、祖国の関与が確定的になるよりかはましであり愛国心溢れるロシア諜報員達は命を捨てることで国を守ろうとした。
「遺体は現在、監察医による司法解剖の準備中であり、トライデント所属の警備員たちも拘束したままであります」
「死体の解剖は待ってくれ。高レベルホルダーによる調査が必要となる。内閣危機管理室へと通報し、指示を仰げ。そしてトライデントとの警備員の尋問に立ち会わせて貰う」
「非殺傷兵器の携帯許可は日本政府より出ております。警備地への移動中であり、行動には問題はないと考えてますが」
一人で移動していたなら問題はなかっただろう。通勤していた途中だと誤魔化すことも出来る。だが、職務中なら車で移動するはずで遭遇戦であったとしてもトライデントに所属する元アメリカ兵からしてみれば交戦に至るとは考えていなかったはずだ。
「貴官の推察は聞いていない。これは私の権限における決定事項を通達しているに過ぎない。現状が分からないほど馬鹿ではないだろう。命令に従いたまえ」
他組織であるとはいえ治安維持に関する強い権限を個として有している。それに加えて柳の階級は一般職員に対する命令権を持つ管理職に近い立場なのだ。ヤタガラスの小隊長という立場はそれだけ重くテロを受けて増員されたとはいえ柳自身が持つ戦闘能力は自衛隊の中でもトップクラスということには違いはない。
「杉山は周囲を警戒して一度、対応したパワースーツ部隊に話を聞きにいけ。御子柴は警察官・医療関係者・救助者の中に不審人物がいないかの調査だ。俺は隊長に報告する」
衛星電話を取り出し秘匿暗号通信をする。柳は機械に頼るのは苦手であり、GIDやCGIDを使う位であれば肉弾戦で鍛えた技で切り捨てた方が楽だと考えていた。柳は殺気は感じないが誰かに見られている気配を感じた。身分を明かせば警察官が自分を見てくるのは不思議ではないが、完全に気配を絶つ必要もないはずだ。周囲を見渡したが視線を向けた人物が見つかる事はなかった。
――――
「柳です。報告致します」
詳細なデータは警察庁を通じて大河の元にも配布される予定だったが、部下がいるのであれば直接を報告させるに越した事はなかった。時刻的には中曽根による非常宣言前であったが柳の私見によると現場警察官に情報の徹底が行われておらず、警察官としては対応に問題はないが組織として事態の解決に尽力しているとは言えない状況らしい。
「ロシア諜報員と思われる容疑者は全て死亡。しかし医療関係者が居たのにも関わらず医療用ナノマシンによる解毒は試みてないようでした。私の到着が遅れていれば確実にトライデント所属の元アメリカ兵も拘束を解かれていたと推測致します」
「柳。他に感じたことは」
「ロシアの交戦規定は分かりませんが、諜報員が目立つ行動をとること自体が不自然かと。強化人間の自衛官はいますが諜報員に向かない戦闘員が居たことでロシアの日本における目的が良く分からない状況となっています」
「分かった。引き続きイワンコフの捜索にあたれ、警察には俺から父(源三)を通じて進言しておく」
繋がるようで個々の事件は無関係のように見える。大国の思惑もあるだろうがウロボロスの存在は看過できなくなっている。ギフトホルダーとノーマルの関係は対等であるべきであってどちらかが支配する事は決してあってはならないことだ。警察関係者に不審人物がいないかの洗いだしも必要となるだろう。大河は高木に私用である用事を頼むべく電話を手にとった。




