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八十二話

始発電車に乗ろうとしていたサラリーマン達は事態の理解が出来ないまま銃弾を避けようとただ頭を押さえて地に伏していた。この銃撃戦は突発的なものだった。PMCトライデントを通じた米軍の指示によって米軍特殊部隊員は温泉町へと降りたっていた。米軍としては静岡で起きるとされていた予知を優先する事にしたが、イワンコフの誘拐もまた低度ではあるが無視できる問題ではなく、即応するための情報収集として表向きは米軍と関係のないトライデントに依頼をして調査をしていた。


本当の目的さえ知らせていなければ高レベルサイコメトラーでも抽出した情報から真実に辿り着く事は難しい。民間会社への警備出張を偽装しており、日本での扱いはあくまでも非武装の民間警備会社だったが、ギフトホルダーから警護する可能性もあるためにスタン銃は携帯許可が出れば可能だった。


ロシアもまたウロボロスに対して強硬姿勢を示さなくてはならない立場にいた。ギフトホルダーはロシアやアメリカ・中国に対しては冷たかった。人体実験はギフトホルダー・ノーマルに関わらず批判の対象となった。ギフトという未知の力に対して無知でいる訳にはいかない。超能力者の存在は確認されていたが眉唾なものも多く非公開での捜査協力しか行われていなかった。


ギフトに対してギフトで対抗する。今では常識であるが、当時はギフトキャンセラーのギフトを解析し開発されたGIDすら無かった。ギフトという脅威に対して備えるのは大国であれば当然であり、その時のギフトホルダーの印象は超能力を持った人間に過ぎなかった。人は過分な力を手にして暴走した。


低レベルであってもギフトはノーマルにとって脅威だった。治安維持に携わる人間を対ギフトホルダー専門部隊を作るがギフトホルダーの数は少なく人の善性にかけるのは治安維持を任される者からしてみれば到底受け入れられるものではなかったのだ。核保有国からしてみれば核よりも脅威になり得る個を放置出来る訳もなく法律の整備も当時は為されていなかった。非合法な実験及び拘束は合法ではないが致しかねないというのが国としての判断だった。


ロシア諜報員が実弾を使用しているのに対してアメリカ特殊部隊は非殺傷武器のスタン銃だ。銃に比べて装填にかかる時間は長くはないが、バッテリーを交換する必要はある。アメリカ特殊部隊としては非正規作戦であるために目立ちたくは無かったが何をトチ狂ったのか分からないがロシア側から発砲されて応戦しない訳にはいかない。時間さえ稼げば日本の警察が介入してくるだろう。銃撃戦ともなれば準特殊部隊である銃器対策部隊が投入されることも考慮しなくてはならない。


アメリカと同様にロシアの行動も非正規なものである。しかも日本では銃の所持は許可されていない。日本国籍を持ったアメリカ特殊部隊の隊員であったが、警察に拘束されるのは間違いなく、その期間は決して短いものではないだろう。不測の事態にあわせて予め隊を割っているが、ロシアの意図が読めずに困惑するしかなかった。


そんな混戦に参戦するもの達が居た。防弾ベストで身を護り自動小銃で武装した神奈川県警銃器対策課である。殆んどの隊員はノーマルだったが指揮官クラスにはギフトホルダーもおり、今回の出動には低レベルながらテレパスのギフトホルダーを持つ指揮官がいた。


「全隊員。GIDを起動。民間人の誤射には留意せよ」


狭い構内での近接戦闘(CQB)には連携が欠かす事の出来ない要素となる。既に交戦していた部隊は素人ではなく現役の軍人か元軍人だと判断されていた。被弾した要救助者を治療するために消防も待機していたが、一早く駆けつけた警察によって駅の出入口は封鎖されており、防弾盾により銃撃の対処をしていた。


「どんな理由があっても身許確認がされるまで帰宅させるな。トリアージにも銃を所持した警察官を必ず立ち会わせるように徹底しろ」


犯罪者が怪我人に偽装して逃走する事を許さない措置であり、逮捕出来ればサイコメトラーの派遣を要請すれば良い。県警に高レベルホルダーがいない場合は必要に応じて要請がされるものであり、出動の際の県警本部長からの通達でもあった。日本での銃撃戦は確かに重犯罪であると言える。しかし、怪我人は多く出ていても死者は報告されていない。無差別傷害事件ではあるが本部長がこの時点で現場に通達を出すのは異例であると言えた。


隊列を組み死角を消す様に各員がフォローしている。容疑者が武装しているのであれば本来ならば特殊部隊が出動するべきだが、田舎町での事件で出動するまでに時間がかかり過ぎると上層部は判断したようだった。トイレの個室に隠れていた民間人を保護して銃撃戦へと乱入する。


予め脅威度の高い銃を所持している団体を無力化する事が方針として決まっていた。スタン銃は受けると麻痺するが心臓などに疾患を抱えていない健康な男性なら時間が経てば回復する。銃であれば出血性ショックによって死亡したり撃たれた場所によっては即死するので当然と言えたが、何故に銃撃戦へと発展したのかは謎だった。


「クリア。クリア。クリア」


侵入路と退路を確保した今からが本番であり、スタングレネードと煙幕弾が用意されていた。光と音により無力化するスタングレネードは鍛えられた人間であっても短時間の間なら完全に無力化できる。それはノーマル・ギフトホルダーを問わないが、一部の強化人間には効果がない。


見た目でノーマルかギフトホルダーか分からない様に強化人間かどうかを判断する事は難しい。元は人間である為に殺す事は不可能ではないが普通の人間よりかは困難であり強化人間となるのは大抵の場合が軍人なので厄介な存在なのだ。


「突入」


スタングレネードが投げ込まれ数秒の後に効果を発揮した。本能的に竦くんでしまいそうになるが訓練では良く使用する武器であり一度はその身で効果を体験するので嫌なものではあるがある程度の慣れはあった。


「くそ。スタングレネードか。応戦するぞ」


警察官が発砲した銃弾は強化人間と思われる人物に命中していたがダメージを与える事は叶わなかった。生まれる以前から遺伝子的に改造を受けたもの。生後にナノマシンを投与して肉体的に強化される強化人間だったが容疑者は前者の様だった。強化率は前者の方が高い。ギフトホルダーの因子を探し人工的に造りあげる計画の中でたまたま発見された技術ではあったが地球環境以外に適応した人間を生み出す為には必要な研究であった事もまた事実だ。


楓を初めとした良識ある遺伝子学者は批難したが、地球がいつまでも人類が居住可能な環境にあるとは誰にも言い切れない。資源は有限であって必ず人類の全てが満足するだけのものがあるとは限らない。化石燃料については殆んど枯渇しているのではないかと言われているし、レアメタルに関しては中国は全ての国民を満足させる為にほぼ堀尽くしたのではないかと言われている。今の文明は機械があることによって成り立っている。


蛇口を捻れば飲み水が出てきて、スイッチを入れれば電気がつく。人はなければ生みだし際限なく資源を浪費していく。便利なものがあると分かっているのに使う事を自制することが可能だろうか。現実は多くの者にとって不可能だろう。数千年前から問題提起されていた地球温暖化も緩やかな曲線を描いて確実に進行している。地球がもし人類が住める環境でなくなった時を想定して行われているのが日米の火星移住計画であり中露は月移住計画を推し進めている。


過酷な環境に適応すべく作り出された強化人間はギフトホルダーと同様にノーマルにとっては脅威だった。指揮官はスタングレネードが効いていないと判断すると後方指揮所に応援を要請する事にした。銃撃戦とはいえ彼等を出動させるのには過剰戦力すぎると判断していたが上層部に押しきられる形で一個分隊が待機していた。


「後方指揮所。強化人間と思われる存在を確認した。パワースーツ部隊の出動を許可する」


「出動命令が下った。スーツの最終確認は終えているな」


介護の分野で使われる事もあるパワースーツだが民生用と軍用では出力が違う。人間が無意識のうちにしている行為を再現する為にも訓練が必要となる。訓練された警察官は機動隊に所属している者が殆んどで暴徒や犯罪者の対応には慣れていた。


パワースーツ部隊は直ぐに現場へと急行した。銃器対策課の警察官が床に伏せ負傷している模様だったが、容疑者を取りおさえない限りは負傷者の救護も民間人の避難誘導も難しくなるだろう。スタン銃で応戦していた勢力も既に世界的な軍事会社であるPMCトライデントの社員である事が判明し、銃の使用許可のない彼等は出入口を封鎖していた警察官によって事情聴取の対象となっている。


「強化人間の数は二。やむおえない場合には射殺も許可する」


テレパスを持つ指揮官にはこれ以上の犠牲者を出さない義務があった。強化人間に対応できる警察部隊は少なく、警察庁を通じて自衛隊に応援要請があっても可笑しくない事案である。事件を知った近隣住民や通勤の為に駅を利用する学生やサラリーマンが何があったのかと詰めかけていたが、安全を確保できていない場所に無防備に侵入しようとする者を留めるには限界があった。


出勤する者の中にもギフトホルダーは居るが多くは低レベルであり、親の方針から超能力開発幼年学校に入学しないものもいる。ギフトは人類に様々な恩恵を与えたが、保守派の人間にとってギフトは劇薬であり使いこなせないのであればないのと同じだと考える人達だ。公共施設はGIDによってギフトが抑制されるが、全く使えない訳ではない。ギフトホルダーと認定された際に個人の波長を記録される為にリスクを犯してまで犯罪行為に移る者が少ないというだけだった。


この時はまだ中曽根による非常事態宣言は為されておらず、当然ギフトの使用は制限されていた。しかし、低レベルでもテレパスのギフトを有していれば同じテレパスのギフトホルダーに対する感受性は高くなり、周囲の者に避難を勧めていたが、精神感応系だと知られたくない者も多く野次馬によって駅周辺は混乱の極みにあった。


――――


「総理。限界です。せめて関東一帯に対して非常事態宣言を行うべきです」


通常の犯罪者が強化人間である可能性は低い。先進国の多くは社会に大きな混乱をもたらす可能性の高い強化人間の監視を行っており、ある程度の組織力がなければ人間を強化する方法すら知り得ない情報なのだ。闇医者や死の商人の非合法な手段によって強化人間なった者が政府にとって有益な筈がなく、ギフトホルダーと同様に強化人間も政府の管理下に置かれていた。


官房長官の言う事は理解出来るが日本の独立性を維持するためには独力で解決する必要がある。テロの度に他国の介入を許してしまえばテロリストにとって日本は侮られる事になり強いては国民の安全を守るべき国が国民を危険に晒すという事になりかねない。


「分かった。神奈川・静岡・東京に非常事態宣言を出す。三県の自衛隊には治安出動命令を。他県に関しては治安出動待機命令を出す」


中曽根や日本国民にとっては六年前の悪夢の再来である。外務省を通じて各国に対して通告が行われる。国によっては自国民の国外退去勧告が行われるがテロは結局のところ地球上で生活をしているのであれば確率は低くても零にはできない人為災害だ。戦争を行わない日本は先進国の中でも安全だと認識されており、それは間違いではなかった。人口に対する殺人などの凶悪犯罪率は先進国の中でも低い方であり、最新兵器の軍隊によって国は護られている。テロの脅威さえなければ過ごしやすい国であることは否定出来ない事実だった。


「国民の皆様に残念なお知らせがあります。昨日未明に起こった少女誘拐事件。静岡原発に対する所属不明勢力による襲撃。そして駅構内における銃撃戦を日本政府としてテロと認定せざるおえません。本日、現時刻をもって神奈川・東京・静岡の三県に対して非常事態を宣言いたします。自衛隊による治安出動命令も下しました。国民の皆様には外出を控える様に要請いたします」


この宣言が為されたのは六時を少し過ぎた時間であり、国民が持つMUCDに対してもメールが一斉送信される事となった。政府としての対応がお粗末すぎると朝の情報番組で批判の的となったが、報道番組は過去のウロボロスによるテロ事件、【北海道道庁人質殺傷事件】に光を当てて国民の不安を煽った。警察がテロに屈した事例でもある。


最終的にはテロリストの射殺・逮捕によって事件は解決したが、近年希に見る凶悪事件であった事には間違いない。旭会との強い繋がりがあるとされているテレビ局・新聞社はギフトホルダーの危険性を説いた。日本政府の公式見解で否定はしているものの政府が言論統制を行う訳には行かなかった。出来るのは一人でも多くの国民の理解を得ることであり、中曽根は与党の閣僚を集めてこの事件が終息した後に正式に内閣総理大臣の職を辞する決意を伝えた。


「総理。貴方がいなくなった日本はどうなるのでしょうか。再考を」


「官房長官。私は重責を担ってきたがそろそろ後任に任せるべきだろう。それはテロの被害の多寡の問題ではない。テロの標的になるような国に導いてしまった者の責任だ」


中曽根を支えてきた大臣達は困難な時代に思いを馳せていた。中曽根が内閣総理大臣に就任してからは困難の連続だった。表面化したノーマルとギフトホルダーの対立。経済格差による政府に対する不信。テロにあった事で国防を見直す必要があり、有事法の改正や新法の成立。対外的に中国との関係が悪化して日本も少なくない経済損失を受けた。数え出したらきりがなく、議員を辞めてしまおうと思った者も少なくないはずた。


「だが、私には最後の大きな仕事が残っている。日本の繁栄と人類の共存の為に力を貸してくれないだろうか」


閣僚たちは中曽根に対して静かに頭を下げた。

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