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七十七話

神奈川県で行われた検問は成果を上げる事が出来ないでいた。少女の身元は確かでないため、ギフトホルダーの未成年の少女という事しか分かっていない。公開捜査を行うにも対象が未成年であるため保護者の同意が必要となる。


ギフトホルダーも万能な存在ではないため、通常の捜査よりかは多くの事を知ることは出来るが限界もある。事件の発生現場となったコンビニには多くの鑑識が来て徹底的な痕跡を探す作業が行われたが、夜が明けてしまえば多くの人の足跡で発見は困難となるだろう。


流石にコンビニに対して営業を取り止める様に勧告する権利は警察にないし、利益の補填を誰がするのかというのも問題になる。善意によって従業員一人を事情聴取に協力して貰っている以上は義務を果たしている者に強要できるほど警察は厚顔無知ではない。


警察官ははあくまでも国民の生活を守る存在であって敵性勢力から日本を護る存在ではない。警察官の装備の多くは非殺傷武器で制式採用されている銃も基本的には拳銃のみだ。SAT等の特殊部隊はそれより強力な武器を有してはいるが目的は犯人の逮捕・制圧であって間違っても殺害ではない。


色々な情報が錯綜する中で犯人とおもわしき人物の顔を警察庁の犯罪者データベースと照合したが該当する人物は浮上しなかった。警察庁を通じて国際刑事警察機構(ICPO)に連絡をしたところ該当する人物が浮上した。ロシア国籍を持つ男はウロボロスの構成員としての活動実績は確認されていないがロシア国内でノーマルに対する暴行で服役した経験がある。


日本で犯した犯罪でもないしどちらかと言えば軽犯罪に分類される犯罪であるため服役を終え更正したと認められれば日本に入国する事も可能ではあるが、入国管理局に問い合わせをしたところで正規の手法で入国していない事が発覚する。男は近接特化の戦闘系ギフトホルダーであり、従軍経験もある。神奈川県警は警察無線にて男の情報を共有するがそれは既に手遅れであった。


――――


俺はロシア軍の中でも上位に位置するギフトホルダーだった。特に近接戦においては敵なしだった。俺が軍を辞めたのも無能な上官を戦闘訓練でボコボコにしてそいつに目を付けられたからである。独立戦争は起こってはいなかったがロシアは利権の為に内戦に介入していたため、最前線へと送られる事になった。


戦車や戦闘機で戦う事もあったが内戦の多くは非正規戦(ゲリラ戦)である。森林の中での遭遇戦や非戦闘員を装って自爆テロを行うことなど日常茶飯事であり、珍しいことではない。仲間の兵士がPTSDとなり一人また一人と脱落していく中で俺は終戦まで戦場で戦っていた。戦場で一年以上もの間、過ごせば誰だって多少は気が狂う。


いつ戦闘になるか分からない緊張感の中で正気を保っていられる方が異常だ。だが俺は喫煙者が寝起きに一服するのと同じ様に戦場で過ごしていたし、一度、眠れば時間が来るまでは戦闘になって仲間の兵士に叩き起こされない限りは熟睡することが出来た。


だが俺からしてみればそれが普通であったし、自分が生き残る為に他者を殺す事に躊躇いはなかった。撃たなければ撃たれるのは自分であり、死ぬのも自分だ。別に俺はノーマルを見下している訳ではないが奴等は肉体的にも精神的にも弱すぎる。例えギフトがなくても鍛えた肉体は裏切らないし、ギフトホルダーは絶対者ではない。強ければそいつがノーマルだろうが関係なく敬意を払うし、使えなければそいつがギフトホルダーであっても容赦なく切り捨てる。


俺の中では強さこそが正義であり、強者が弱者を虐げるのは仕方の無いことだと思っている。ロシアは寒い場所であり、その寒さは人間が住むのには過酷な環境である事には間違い無い。ロシア人が胃癌になってもウオッカを飲むのは寒さを凌ぐためには強い酒を飲む事が一番だとロシア人のDNAに刻まれているからだと思う。


俺が兵士になったのはそれしか方法が無かったからとしか言えない。強すぎるギフトはそれ以外の道を用意してくれなかった。純粋に戦う事が好きだということもあったが、俺は祖国の為に死ぬつもりは一切ない。貧乏な家で育った俺は両親に楽をさせてやりたいという純粋な気持ちから兵士になった。ギフトホルダーであれば一般兵よりも高額な給料が貰える。政治的な思惑に右往左往されるのは業腹であったが、俺の中にこんなにも殺人衝動があったなんて事を気付かせてくれた軍にも相応の仕返しが出来ただろう。半殺しの目にあった上官は気の毒だったが猛獣に手を噛まれたと思って忘れてくれた方がお互いの為になるだろう。


軍を辞めてからも生活に困ってはいない。それだけの給料は貰っていたし、勲章には多少の年金が付いた。俺が殺した敵兵は十では済まないし、それだけ味方を救ってきたのだ。階級もそれなりのところまで出世していたが、国に使われるのは性に合わなかった。フリーランスの傭兵として契約すれば数ヵ月から数年の金は手に入るし、今更、人を殺してはいけないなんて倫理観はない。


傭兵は捕虜としての権利を持たない代わりに、報酬は良い。報酬を渋る依頼主(クライアント)には少し拳で語ってやれば誰もが報酬に色をつけて素直に払ってくれるのだ。今回の依頼主も高額な報酬を用意してくれた。日本という温室育ちのギフトホルダーを捕らえて引き渡すだけで数年は遊んで暮らせるだろう。銃は脅威だがどんな攻撃も当たらなければ意味がない。後は連れ去った少女を引き渡せば良いだけで合流地点に向かっている。


「道路脇に停止してください」


「ちっ」


日本の警察に気付かれた様だ。二人一組で行動する事が多いが俺の敵ではない。応援を呼ばれるのは面倒だが、呼ばれる前に仕留めれば良いだけの話だ。車を停車させて車から出る。ここは無力化させるだけで十分で殺しはまたの機会にするべきだろう。偽造パスポートも依頼主が用意してくれたので問題はないはずだ。特に顔色を変える事もなくパトカーから警察官が出てくるのを待つことにした。


――――


今日は非番な筈だった。同僚が急に体調を崩し、夜勤となっただけでも運が悪いのに誘拐事件の発生なんて悪夢を見ているとしか思えない。平和なこの町は、酔っぱらいや喧嘩の仲裁、未成年の深夜外出ぐらいしかなく、警察が出動するのは大抵は、緊急性はそこまで高い物はない。


パトロールに出ていたところで指令所より通信があって海沿いにある現場に急行した。夏には海水浴客が多く普段は東京方面と静岡方面に用事がある客が立ち寄る。何処にでもあるコンビニで警察官の立ち寄り所となっていたため店員とも顔見知りだ。駐車場が広い事から深夜外出している成年・未成年が良くたむろしているのだ。


顔見知りの店員がギフトホルダーだという事は知らなかったが、人には言えない事もあるし、事情は詮索しない。俺の仕事は彼を身寄りの警察署へと送り届けることであってそれが終わったらパトロールに戻る予定だ。市民を守るのが警察官の役割なのだから必ず少女を無事に両親のもとに送り届ける。それが職務であり治安を守る警察官である俺の義務であった筈だった。


不審車両を止める時は何時も緊張する。相手によっては急発進する事もあるし細い道の多いこの町で深夜とはいえカーチェイスはしたくはない。追跡するにも事故を誘発しては意味がないので写真などの物的証拠で後日、逮捕する事はあるが今回は緊急性の高い事件であり、最悪の場合はパトカーで体当りしてでも無理やり止めることとなるだろう。


そして俺は意識を失った。


――――


「こちら神奈川0ニ、職務質問中に警察官が負傷、応援を要請します」


「本部、了解。別途、指令があるまでは、GIDを起動して待機。発砲は極力控えろ」


単純な事件ではないと警察上層部も考えていたが、まさか警官が負傷するとは思っていなかった。神奈川県警本部は内閣危機管理室へと通達。それを受けた中曽根は指揮下の自衛隊に対して治安行動待機命令を出す。犯人がウロボロスの構成員とは確定していないもののテロ特別措置法に定められた準備行動に入ることにした。


自衛隊は軍隊と法律上ではなっているが、文民統制が出来ている軍隊でなければならない。他国に隙を突かれない様にするのと同時に野党に追及されないためでもある。自衛隊は大河の命令の下、厳戒態勢を維持していたが法律的な拘束力はなく自衛隊高官による独断とも言える行動だったが中曽根が命じればそれは意味が異なる。非番の自衛官も緊急召集され、中曽根が命じれば直に警察に代わって自衛隊が警察権を行使する事になるのだ。


強力な武器を保有する軍隊が事実上の指揮権を得る。他国には警察では対応出来ない事態が起きた事を喧伝する様なものだがそれが犯罪者(テロリスト)に対する威嚇となるのだ。


――――


自衛隊士官学校


「起床」


それは深夜に掛けられた突然の命令であり、未成年が多く在籍する自衛隊士官学校でさえ、例外ではない。


「各期の最先任曹候補生、及び次先任曹候補生は直に教官室に出頭せよ。繰り返す。各期の最先任曹候補生、及び次先任曹候補生は直に教官室に出頭せよ。」


〇三三〇。まだ三時半であり幾ら二十四時間体制で規則正しい活動をしている自衛官であっても教育隊である士官候補生達ならいつもなら寝ている時間であった。


「第三十五期生。最先任曹候補生の倉橋です。失礼致します」


「入れ」


起床の命令からまだ十五分も経っていないが、皆、制服に身を包んで集合していた。校長と超能力管理局次長である要は既にそれぞれの情報網によって概要は説明されていたが、他の者は違う。浮かんでいるのは困惑ばかりで、隊歴が浅い者ほどそれは顕著だった。


「全員揃った様だな。先程、中曽根総理による治安行動待機命令が発令された。士官学校の候補生が敵性勢力との交戦になる様な事は有り得ないが、後方支援を行う。ただ任務には期が上の者が優先して就くことになる」


事件の詳細は指示を出す一部の人間だけが知っていれば良い。下の者は命令に疑問を持たず、命令に従えば良い。


「倉橋候補生以外は全員、退室しろ」


「倉橋候補生。君には別途。指揮本部から命令が来ている。内閣危機管理室へと赴き、情報の解析に従事せよとのことだ。仙崎教官が送ることとなっている。」


大志の情報解析能力はギフトに依存する物であり量子コンピュータを使用しての解析は、他の情報処理系のギフトホルダーより優れていた。経験はまだ浅いが将来は確実に自衛隊の高官になるだろうし、日本のギフトホルダーを誘拐するとしたら、大志は候補者に必ず名前が上がるだろう。それなら前もって内閣危機管理室で保護し、その能力を有効活用しない理由が自衛隊になく、日本有数の名家の子息、また倉橋大河の息子としての利用価値は他国にとって高い。


――――


緊急走行をしたパトカーが現場へと駆けつけたが、そこにあったのは地面に伏せた警官二名であった。パトカーの前面ガラスは粉々に砕けており、一名の警察官は血塗れだった。それより重大な事実は警官で制式採用されている拳銃が実弾と共に消息が不明となっていることであった。


GIDのバッテリーは確実に消費しており、ギフトを無効化していたかは不明だが、少なくとも弱体化はしていた筈だ。それにも関わらず、警官が負傷する事は由々しき事態であり、白虎隊で事件にあたっても犯人の位置を特定しない限りは、訓練された警察官であっても無事ではないことが証明された。


中曽根は判断を迫られていた。警察官を平気で襲う人間が高い殺傷能力を持つ銃を所持しているそれも警察官から奪われた物だ。今はまだ人が寝ている時間帯だから被害は出ていないだろうが、時間をかければ個人認証用のセキュリティが破られないとは限らない。個人では難しいとはいえ犯人がその技術を持っていないとは言い切れない。それに違法な組織であった場合には更にその危険性が高まる。


情報を公開すれば警察の失態は必ず信用の失墜に繋がるが重大事件を起こす可能性を放置することもできない。今、警察官は一人の少女を探す為に必死になって捜査を続けている筈だ。日本の政治を預かる者として、迂濶な判断は、日本の立場を悪くする事になりかねない。タイムリミットは朝六時。後、二時間もない。


六時を過ぎれば一般の社会人なら起き会社に行く準備をしている時間だ。経済活動を止める事はできないが少なくとも未成年の外出は禁止する事で、少女を連れた大人を目立たせ、警察が情報を得るのに優位に働く可能性がある。自衛隊に治安出動を命じ、非常事態宣言をする判断をするのは最低でもその時間からでも遅くはない。後は優秀な警察官、自衛官を信じるだけだ。ただ問題を先送りにしただけだと自覚しながらも待つことしか出来ないこの時間が中曽根にとっては一番、辛い時間なのかも知れないが一つの判断で多くの命を左右してしまいかねない政治家が常に抱えている孤独なのかも知れなかった。


――――


警察官からの逃走は成功した。まずこの車、自体が盗難車であり、偽造ナンバープレートを複数持っている。日本の警察は確かに優秀だが、俺にとって戦う価値があるのはほんの一握りの人間だけだ。既に合流地点までの道程の半分は過ぎているし、銃は気まぐれで奪った訳ではない。相手を気絶したところ、油断して負傷するのは馬鹿らしいし、銃を奪われた日本は本気で俺を捜索するに間違いない。であれば、強者と戦う機会があるかも知れないのだ。特に日本有数のギフトホルダー倉橋大河と戦ってみたい。俺にとっては少女を誘拐する仕事を受けたのは気紛れで誘拐はついでみたいな物だ。


ノーマルを幾ら倒しても意味がないし、戦闘に生き甲斐を感じる様になってしまった俺には拍子抜けも良いところだった。俺は純粋に戦いたかった。傭兵になったことで国の為の正義と言う免罪符はなくなってしまったが、好きに殺して尚且つ金も入る俺の天職の様な仕事だったからだ。この仕事が終われば世界中に手配される様な犯罪者となるし、ウロボロスの幹部が提示した条件は俺にとって魅力的なものだった。大した期待はしてないが、中東を活動拠点にするのも悪くない。後はこの銃を協力者に渡して俺は日本を去るだけだ。それで今後の生活は約束されているはずだったのだ。それが覆されるのはあともう少し先の事だが、この時の俺はまだ知らなかったのだ。決して怒らせてはいけない人間が存在することに。ただ戦場で出会っていなかっただけで上には上がいることを。


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