四話
一クラス内での彰の立場はかなり弱くなった。対抗戦でクラス代表を務めたのに碌な作戦も提示できる訳でもなく最終的に一人しかいない状態で拠点となるクラスを離れての敗戦だった。基本的なルールも理解してないなど自衛隊士官学校を目指すものから見たら失笑ものだ。一年生には六年生の生徒が一人つけられ学校生活で分からないことや困ったことがあったら助けるパートナーシステムがあるが彰はその六年生にも見捨てられかけていた。
理由はもちろんある。普段から六年生に対しても生意気な行動をとってきた。彰からしてみれば面倒を見ていた六年生はシングルホルダーで才能もそこまであるとは言えない平凡な人だった。実力がものを言うのはノーマルもギフトホルダーも変わらずダブルホルダーである自分は選ばれた存在であると慢心していたからだった。ダブルホルダーの彰に目をかけて将来の出世に役立てようと考えるのは決して悪いことではない。一年生の主席でもある大志に嫌がらせをし、評価の対象となる対抗戦で無様に負けたとあっては支援していても無駄になるだけである。
しかも大志は倉橋大河陸将補の息子であり本人も才能にあふれている。六年生の次席である女子生徒がついており六年生主席が実継を指定したことから大志の指名権を得た。十席まで選択権はあるが他の生徒は選ぶことはできない。十席までの生徒は彰と面会してその態度から指名をしなかった。一年生側に拒否権はなく、教師が認めた場合のみに拒否権を発動できる。大志についた六年生の女子の名前は木野林檎で苺の姉になる。性格が良く六年生の中でも優秀だ。
林檎は回復系に特化するギフトを持つ医薬品の薬効が強くなる【薬効強化】を持っているが使いどころは難しい。本人に医療スキルがなければ薬も過ぎれば毒になる。医師になるために医官の教えを受けている。保健医として学校に配属されているのが医官であった杉崎洋介だ。直接の部下ではなかったが大河が率いる災害派遣で何度か行動を共にしたことがある。死者はゼロだったが細かい怪我はする。銃撃を受けて裂傷を負うもの。火炎瓶を投げられ火傷を負うものなど幾らでも居た。
他の戦場では優秀とは言い難い指揮官の元で自衛官の最後を看取った経験もある。大河以外の指揮官の場合は死者が出ることは少なくない。ただ事故死として処理され紛争や災害復興に関係ない死として記録されるだけだ。政府に対して怒りを覚えない訳ではない。一千年以上続く文民統制は正常に機能しているだけでギフトホルダーだけで構成されているヤタガラスがもしクーデターを起こそうものなら日本は確実に軍閥による独裁政権が生まれるだろう。
それだけにヤタガラスの存在は公にされておらず警察の特殊部隊の【白虎】でさえ秘匿されている。他には海自特殊部隊【青龍】、空自特殊部隊【朱雀】海保特殊部隊【玄武】も自衛官では存在しているのではないかと噂されているが、政府高官と隊員達しか知られていない。
特殊部隊の交流は自衛隊内だけにとどまらず全ての部隊合同で行われる。名家出身の大河が政府内でもかなりの発言力を持っていることもあってヤタガラスに所属することは全ての特殊部隊員の憧れとなっている。
ヤタガラス、白虎・玄武・朱雀・青龍は以前の経歴を抹消させられ新たな経歴を与えられる国防の要となり国土防衛や犯罪を取り締まることに特化する部隊は敵対勢力や敵性国家に狙われ安くなる。一人ひとりが高い戦闘力をもつ者たちなら良いがそうでない者にとって対応が難しくなるため各都道府県にはギフトホルダーを保護する施設が至る所にある。
退役した杉崎が超能力開発幼年学校で保健医をしているのも国に護ってもらうためでもある。一部のものしか知らないが、杉崎は珍しい後天的なギフトホルダーで頭部に受けた傷によってギフトが発現した。その際には医療系ギフトホルダーによる治療が行われその治療が原因でギフトを得たのではないかとされていたが、倉橋楓の調査によって否定されている。
杉崎は林檎にとって尊敬できる先達であって林檎も医官を目指すようになっていた。確かに自分のギフトを使えば医師として多くの命を救えるかもしれないが、薬効強化は林檎だけが持つ固有のギフトではない。戦場こそ彼女が活躍できる場所だ。多くの荷物を持って移動できるとは限らない戦場では荷物が少ない方が良い。災害支援では薬が潤沢にない国に派遣されることもある。なによりも戦えない一般人のために戦うのは優遇されているギフトホルダーの義務でもあり責務でもあると林檎は考えていた。
自衛隊の高官で責務をきちんと果たしている大河を心から林檎は尊敬してその子供である大志にも一定の敬意を払っていた。対抗戦までは単純に大河の子供だからという理由であったが、監督生としての権限で対抗戦の大志の映像を見せてもらった。実力が学校に認められている十席までの権限であるため職権乱用かとも思われたが、大志の担任である仙崎先生に頼んだら二つ返事で映像を渡してくれた。その映像を見て林檎は戦慄することになる。自衛隊士官学校に入学するために部隊行動に関する戦術を勉強してきた林檎にとってここまで状況を自己の支配下に置くことができ、クラスメイト一人ひとりのギフトを予想し、自己申告してくれるまでの信頼を得ていたからだ。
カリキュラムの違いで詳細は分からないもののある程度は予想できる。公言するものもいないことはないが、自分のギフトに自信がなければできることではない。大河のギフトは有名だが、本人は公言している訳ではなくあくまでも予想という形になっている。ギフトが国力の違いとして現れるようになってからは親しいものにしか教えないのは常識だ。
時に命を狙われることがあるギフトホルダーよりさらに危険な軍務につく大河なら当然の防衛策でもある。発見された当初は国から自己の身を護るため今では他国から身を護るために秘匿する。
大志のギフトは公開されていない。ましてトリプルホルダーということも発表されておらず学校の書類にもシングルホルダーとして登録されるように倉橋家から国に圧力をかけている。乱数表を用いた暗号で記述されており、暗号も一時間に一回変わり、警備も自衛隊のギフトホルダー数人により厳重に警戒されている。
ここより警備が厳しいのは国会・首相官邸ぐらいだと言われ、多くのギフトホルダーがいる超能力幼年学校より厳しい。何せスタンドアローン型でインターネットに接続されていない。情報を引き出せるのも国に十人といないため対象以外が近づいてきただけで職質・拘束の対象になるのだ。そもそもセーフティハウスとしても使われる予定で核にも耐えられるだけの頑丈さと百人が収容できる広さを持つ。セキュリティレベル五で最高レベルとなっているだけはある。
林檎は優秀な成績で卒業できる予定なので自衛隊士官学校の入学も決まっている。ギフトを持っていることはもちろんのこと人格や思想の問題で入れないものがいるなかで合格基準を満たしている。それに要の推薦もあった自衛隊が母体となって運営している組織なので元ヤタガラス所属にして副官であった影響力は計り知れない。
大志はただ単純に一年間お世話になる林檎が士官学校への入学が認められ喜んでいる。苺も姉がエリートコースを順調に歩き始めたことを祝福している。
林檎の消息が分からなくなったのは個人戦・チーム戦が始まる一週間前だった。