七十三話
林間キャンプが行われる二日前、霞ヶ関にある防衛省の一室にて頭を抱えている者がいた。予知能力者によって予知された内容に基づいて今回の作戦指揮を執る事になった大河である。
「不審船が沖縄・北海道・佐渡から侵入したのは事実なのか」
日本領海に展開された海上保安庁・海上自衛隊の報告書によると全ての地点において交代の隙間を狙われて上陸を許してしまったと報告にある。海将である海野は厳重な警戒態勢を敷く事を約束したのにも関わらず上陸を許した事の責任を取って辞任する勢いだった。
大型の戦艦による領海侵犯であれば海上も実力行使を躊躇う事はなかっただろうが、密漁船に偽装させ、撹乱なのか林間キャンプが決まってから一週間、日本の排他的経済水域において日本国籍を持たない漁船によって密漁する事件が頻発し、海保、海自ともに立件すべくフル活動しており、隊員には負担を強いていた。通常の業務に加えて広範囲に渡る海域を万全な状態で監視することは難しい。
海自の護衛艦にはGIDを搭載しているが、常には起動していないため、不審船の発見と同時に起動する事になる。テレポーターの移動距離はギフトレベルに依存する為に、目視される前にギフトを発現して逃げることも可能だ。国家予算を使用している関係上、大規模に自衛隊を動かせば、議会による査問を受ける事は避けられない。普段、見かけない船が行き来していれば漁師たちは密漁を疑う。密漁は乱獲しないように気を付けて漁をしている漁師達の努力を無に帰すばかりか収入源を奪うことになるため警戒を怠る事はなく、漁業組合からも海保に対して警備増強の要請された。
元々、島国である日本は漁業資源を保護する事に労力を割いてきた為に不審に思われる事はない。海自の出動に関してもウロボロスの活動の活発化に伴い数年前から領海線上の警備を強化していたため問題はない。特に北海道テロ事件以降は国を守護すべき自衛隊が簡単にテロを許してしまった事に批判が集中した。全てのテロを未然に防ぐ事は不可能だったが平和に浸かりきった日本人にとってテロが他国だけの問題でないことを知ったのはこの時だった。今まで自衛隊の防衛予算が過剰だと訴え、市民活動を促していた議員が選挙で大敗するくらいには日本国民に対して衝撃を与えていた。
「はい。警察庁に確認したところ検問を強化しているとの回答を得ましたが、逮捕するには至っていないとの事です」
「柊二等特佐と田上三等特佐はどうしている」
「既に現地入りし、狙撃ポイントの特定と県警と連携して不審人物が潜入した痕跡がないかの確認作業に入っています。」
ウロボロスの目的が殺害なのか誘拐なのかは分からない。もしかしたら日本の優秀なギフトホルダーを勧誘しにきているのかも知れないが相手はテロ国家だ。元々あった国の王族は生かされてはいるが、厳重な監視下に置かれ度重なる救出作戦も失敗に終わった。安保理決議によって行われた救出作戦は本来であれば国連主導で行われるべきであったが常任理事国が軍事作戦において共同できる訳がなかった。指揮系統をどうするかで揉めて作戦を担当する部隊の選出すら出来ない。
日本は当然、自衛隊から戦力を抽出することになるが、他国の兵士に有無を言わせずに従えるだけの指揮能力と実績・階級を持つものは限られる。大河もその一人だがテロを受け混乱した日本を落ち着かせる為にそして未然に防ぐ為には動かす事が出来ない。それは他の将官にも言える事であり資金を援助することや後方支援は出来ても作戦を主導できるだけの余力がなかった。人為的に起こされた地震は世界に衝撃を与える事になったのは言うまでもない。地震が多く起きる日本は地震災害に対してのノウハウを蓄積しているし、初動も悪くなかった。
テロリストを生きて捕縛出来れば言うことが無かったが緊急事態に確実に生きて捕らえるというのは練度が高いとされる自衛隊でも無理だったのだ。それは指揮官が有能か無能かの問題ではなく他に解決すべき問題があって優先順位に基づいて行動した者を強くは責められないだろう。難しい事とはなるが遺体からも情報が得られない事もない。緊急時における対処としては十分に合格点が与えられる対応だった。
「麾下の部隊に通達。現時刻を持って厳戒態勢に移行。各隊の指揮官を緊急召集しろ」
「了解」
大河は今回の作戦のために四獣の臨時指揮権を与えられていた。ヤタガラスを筆頭にした日本最高峰のギフトホルダーによる精鋭部隊だ。警察庁に所属する白虎も通常の指揮下から離れている。警察庁長官の上木田は最初は渋ったが、内閣危機管理室により自衛隊と警察庁の権限をこの作戦に限り一本化し、その総司令官として大河を据える事によって納得させた。U対策課に所属する諜報員も全て動員した日本のみならず今後の行く末を左右しかねない重要な作戦だ。
「貴官らに集まって貰ったのは他でもない機密作戦について動きがあったからだ」
白虎隊の現指揮官は明石警視だった。新田とは同期で警察上層部に疎まれていたが、テロ終息後、機動隊へと移動して選抜試験に合格して隊員となった。派閥抗争に巻き込まれなかったらテロの時点で警視になっていても可笑しくはない実力者であり、ギフトホルダーとしても優秀な男だった。
海自の特殊部隊で海の精鋭たる青龍を率いるのは、雄三の後輩に当たる須藤二等特佐だ。彼は海と共に育った。中学生の頃に海難事故に遇い海の過酷さを知った。少しの油断が海という脅威に対して無力な人間が容易に死に至らしめる事を身を持って知っている。彼を助けたのは海上保安庁に在籍する巡視船の保安官だったが、日本の国防の現実を知って自衛官になる事を目指した。彼だけの責任ではないが、海自が不審船の船員の上陸を許してしまった事で今回の召集があったことを上官から知らせられ所在無さげにしている。
空自の特殊部隊である朱雀を率いるのは空自のトップガンでもある今野三等特佐だ。彼は幼い頃から飛行機に憧れを抱いていた。毎年行われる自衛隊の航空祭でブルーインパルスの曲芸飛行を見てから魅せられたのだ。視力の矯正が容易になった時代とはいえ戦闘機パイロット選考基準は厳しい。まだ若い為に三等特佐と階級は低いものの、【空間把握】と【テレポート】のダブルホルダーであり、次世代の空自を担うべく慎重に育成されている。
海保の特殊部隊である玄武の指揮官の佐野は何処にでも居そうな人の良さげな人物ではあるが柳一刀流の高弟である。近接戦において師範である大悟に次ぐ実力を持っている。見た目で油断すると痛い目を見る事は間違いなしである。大悟は自衛隊へと誘ったが黄金世代の多くが自衛官となって国防の任に就くのであればそのサポートとして海難や不審船の拿捕に注力するべきだと考えて自衛隊士官学校を卒業したのにも関わらず交換留学生として海上保安官となって部下を扱く毎日を送っている。
ヤタガラスからは柳大悟三等特佐が会議に参加している。東京本部の戦闘班を率いているのは大悟であり、その直属の部下である椎名も同席させている。隊内外に顔が知られている二人が出席することで情報の伝達をスムーズに行う事が可能となるし、特に静岡にある基地に配属されていた経験を持つ椎名はノーマルの部隊を率いるのに都合が良かったからだ。
ヤマタノオロチ率いる柊は当時の統合幕僚長の推薦によって超伝導コア搭載型、二足歩行型戦術兵器の試作機【ヤマトプロトワン】の部隊長として引き抜かれた。それまではアーマー部隊を率いた経験はあってもアーマー自体が高価な物であり、実戦経験を積むような対外戦闘を行う事が珍しかった事もあって花形ではあっても自衛隊内では金喰い虫と陰口を叩かれていが今では実戦経験を積みヤマトプロトワンの発展機【ヤマトゼロ式】部隊を率いる名将として知られる様になった。
情報を集める情報部も層が厚い。高木二等特佐もその一人である。情報を得ることに成功しても大量の情報の中から必要かそうでないかを判断できなければ集める意味がない。国として多数の耳を持ってはいるが、国民の通信記録を無断で閲覧している訳では無いために取捨選択は欠かすことが出来ない。情報部は情報を集める耳と集めた情報を精査する脳に別れる。
耳は逮捕権を持つ警察官や海上保安官、政財界に身を置く者など多岐に渡るが一般人による情報提供も馬鹿に出来ないため、身分を偽って潜入している諜報員など様々だ。脳で一番有名なのは内閣総理大臣・大統領だろう。情報を精査して国の舵を切る。耳が正しい情報を脳に報告しても肝心な脳が適切な判断をすることが出来なければ意味がなく、ここに集められた情報部の者は実績のある優秀な者ばかりだった。
「警察は表だって動けない。同様に自衛隊が動く事で牽制にはなるだろうが、国民に不安を与える事になる。大部分の部隊は通常業務を行いながら、動く事となるが四獣だけは存在を公にされていない部隊だ。合同演習の名目で動かす事が出来る。君達には思い出して貰いたい。何の為に警察官に、自衛官に、海上保安官になったのかを。」
此処にいる指揮官達は他国にも名が轟いている猛者ばかりだ。率いている部隊も単独で困難な任務をこなしてきた。隊員も一人一人が優れており彼らを指揮する指揮官が無能な訳がない。日本を動かす官僚である事務次官も優秀だ。
「恐れる事は何もない。確かに困難な任務ではある。だが我々が出来ないのであれば日本を護る事が出来ない。それは我々の存在の否定だ。各隊、各員の善戦を期待する」
大河の言葉によって士気は上がった。優秀な指揮官というのはその場にいるだけで部下の士気を上げる者なのだ。それに一人一人が自分達が日本を護ってきたのだという自負がある。才能は保持者によって異なる。同じギフトでもレベル一とレベル十では別次元な物となる。兵の将足る器の者は多いが、将の将に足る器の者は少ない。少なくともこの会議に参加している者で大河を尊敬していないものはいない。部下にも厳しいが更に自分にも厳しい。大河は指揮官として幾度と部隊を率いてきたが、殿は必ず他の者には任せず自分と信頼できる部下とで行った。優秀な指揮官でも常に勝つとは限らない。
戦略的に勝利するために戦術的撤退を余儀なくされる事は避けて通れない。大河によって多くの部下ばかりか国民も救われた。テロが起き死者が出た時には多くの自衛官が警察官が動員された。親しい者を亡くした者も多い。予知能力者によって事前に知る事が出来ても必ず防げる訳ではない。確率変動率が低いほど未来を変えるのは困難を極める。
だが何としてでもやり遂げなくてはならない。国が危機管理の為に囲っている予知能力者は多くはない。レベルもお世辞にも高いとは言えない。国内最高のギフトレベルは八であり、その保持者を持ってしてでも自分の望む予知を得る事は出来ない。様々な形で得る予知だが一般的なのは予知夢だ。既視感覚する事によって自覚することになるが低レベルホルダー程、夢の内容を覚えておらず見る機会も少ないらしい。
予知のギフトホルダーは少し強いだけのノーマルと言われることがあるがそれは有用なギフトを得たホルダーの傲慢さでしかなかった。過去は変える事は出来ないが未来を変える事は出来る。特殊系ギフトの中でも更に異質なギフトであれば過去を変えることが出来る可能性があるらしいが、真偽は定かではない。
大河も臨時基地司令として静岡に急行する。移動に関しては軍用ヘリが空自により既に用意されている。昔、上官に無理矢理とらされた航空徽章があるため自身でヘリを操作することも出来るが上官に運転させると知れば部下が困惑する。大河はあまり気にしないのだが、外聞も悪くやめて下さいと柳に頼まれてしまったからには仕方がない。
自衛隊に所属する自衛官なのだから隊内資格は胸につけられないぐらい持っている。特殊部隊員ならレンジャー資格は欠かせないし、ギフトホルダーは隊内で一目で分かる様に専用の徽章をつける事を義務付けられている。本来であれば能力に合わせた徽章を用意するべきなのだが、敵性ギフトホルダーと戦闘になることも想定されている為に統一されていた。
細かい指示を部下に出す大河であったが既に事件は始まっていた。




