六十六話
教官室は重苦しい雰囲気となっており誰もが沈黙を貫いている。校長は防衛省の制服組が副校長は文部科学省の職員が務めている。
「越権行為だ」
そう憤慨するのは副校長である田中だ。文部科学省の中では要職とは言えない自衛隊士官学校の副校長職だが、義務教育の期間の学生がいる以上は職員を派遣しない訳にはいかない大人の事情もある。
「いくら教官とはいえ貴方にはそんな権限はないはずだ」
「勿論、私はその権限は有していませんが、護衛対象に危害が加わる可能性がある限り排除するのが使命です」
要は何を当たり前の事を言っているんだと心中で思いながらも田中に反論する。
「護衛官の職権を越えていると言っているんだ」
田中は何か勘違いをしているようだ。確かに要は倉橋大志というトリプルホルダーの専属護衛官であることも事実だ。しかしそれ以前に自衛官を退官した後は超能力管理局に属する次長で田中よりも要職に就く国家公務員だ。
「田中副校長。君は少し口を慎みたまえ。仙崎教官は確かに一護衛官に過ぎないかも知れないが、権限上は私と同等だ。君が納得するかはこちらが関与することではないが今の職を辞めたくなければ自重したまえ」
防衛省としては誠に遺憾だが自衛隊に関する専決が防衛省にあるようにギフトホルダーに関する専決権は内閣直属である超能力管理局にある。士官学校はギフトホルダーの自衛隊幹部養成機関ではあるが、校長を初めとした教職員はノーマルでも就任可能だ。確かにギフトホルダーとノーマルの身体能力には差があるが、ギフトを発現させて闘うだけがギフトホルダーの自衛官の職務ではない。
ノーマルだろうがギフトホルダーだろうが優劣は確実に存在する。何より自衛隊では規律を重んじる。彰がしたことは候補生とはいえ命令違反であり、命令違反を将来の自衛隊幹部が行ったとあれば文民統制に多大なる悪影響を及ぼす可能性がある。出来ることの範囲が大きい分だけ影響する範囲も比例して広くなる。
命令違反を推奨する訳ではないが高卒の資格を持ちある程度の分別がつく者なら自己責任で済むだろうが中学生・高校生が行ったのであれば指導を行うべき大人にも一定の責任がある。防衛省の幹部には彰の入学を渋る者はいた。彰がダブルホルダー出なければ入学は許可されることはなかっただろう。
超能力開発幼年学校がそうであったようにギフトを適切に扱える様に教育を行うという建前のもとノーマルにとって有害になり得るギフトホルダーを隔離する政策でもある。GIDを着けていれば確かにギフトの発現は難しくなるが、成人以降はギフトホルダーに判断を委ねられる。ギフトホルダーがギフトを満足に扱えないのは国家的損失であり、未熟なギフトホルダーが暴走して周囲に思わぬ怪我を負わせることがあるため必要悪でもある。低レベルであればGIDを装着する事で普通の生活を送る事も不可能ではないが、受け入れ先があるとは限らず様々な面で不自由を強いることになる。
「仙崎教官の行動は問題はない。寧ろ六年もの間、教員として新入生達を見てきたのだ。自衛官としても教育者としても佐竹候補生に問題があると考えるのが妥当だ」
「佐竹くんは自衛官である前に子供です。大人の様に分別がつく年ではないはずです」
「田中副校長。君の意見は教育者としては立派だ。だが現実が見えていないようだ」
ウロボロスが建国を宣言してからノーマルがギフトホルダーに持つ感情は悪化した。ノーマルとギフトホルダーではまだノーマルの方が数は多いが、確実にギフトホルダーは増加傾向にある。
ギフトホルダーの増加に伴ってギフトホルダーによる犯罪も増加しているのは警察庁が毎年発表している犯罪白書を見れば一般人でも得ることの出来る情報だ。ギフトホルダーだろうがノーマルであろうが犯罪者として警察に逮捕・勾留され、検察官の判断によって起訴されるのは変わらない。しかしギフトホルダーの犯罪者が与える社会的脅威はノーマルと比ではない。世界各国での傾向ではあるが、ギフトホルダーの国際擁護団体であるIGHHRは度々、批難声明を発表している。新人類と生物学者での間で熾烈な議論がされているがノーマル・ギフトホルダーは人間で人権も各国の憲法によって保障されているのにも関わらず現状を変える事ができていない。
ギフトホルダーの犯罪者を逮捕する為には同様にギフトホルダーの警察官があたるのが理想だ。ギフトホルダーの中でも優劣が存在する以上、警察官のギフトホルダーより犯罪者のギフトホルダーが常に弱いとは限らない。しかも外見上ではノーマルとギフトホルダーは見分けがつかない。
犯罪捜査にあたるノーマルの警察官は常に危険に晒され、犯罪者の逮捕時には過剰防衛とも取れる行動も後を絶たない。しかし警察官が特別公務員暴行陵虐罪に問われたケースは稀で業務上過失致死傷罪に問われる事はノーマル相手の場合でも稀だった。警察官が犯罪者を逮捕する為に行う有形の実力行使は公共性が高いという最高裁判所判例によるもので、ギフトホルダーか外見上で判断がつかない事は珍しくないからだ。
流石に骨折などの重傷を負わせた場合は国家賠償責任法に基づく損害賠償請求は認められ、治療費と慰謝料は適正額が支払われる。判断が難しいのはノーマルかギフトホルダーか分かっていない時点での発砲事案だ。先の最高裁判所判例はGID・CGIDを使用している事を前提としているが警察官が持つGIDは運用コストや様々な問題から自衛官が持つものより性能が劣る為だ。百%無効化ができるわけではない汎用GIDを制式採用しなくてはならない警察にも問題はあるがノーマルにとってギフトホルダーが脅威である事実は変わらない。
「ノーマルとギフトホルダーの溝は埋められる所か深くなる一方だ。ノーマルが多数派である以上は容易に法律を変えることなど出来る訳がない。」
「校長。差別だろうが区別だろうがギフトホルダーが行動を制限されているのは事実ですが、本件とは関わりがないのでは」
「権田教官。貴官はノーマルでギフトホルダーがあまり好きではなかったはずではなかったか」
権田は確かに多くのノーマルと同様にギフトホルダーが好きではない。しかし自衛官として職務につく以上はギフトホルダーの上官もいる。戦友とも言える彼等には嫌ってはいても同じ自衛官としては一定の敬意を払っている。
「確かに私はギフトホルダーが好きではありません。ギフトという才能が妬ましく思えるのは今でも変わらないでしょう。しかし私には自衛官として得た経験を次の世代に引き継ぐ義務があります。そこにノーマルもギフトホルダーもありません」
「そうだろうな。自衛官にもギフトホルダーに対して否定的な者がいるのは周知の事実だが、戦場を経験している隊員ほど差別意識は低くなる」
「戦場には死にたくなければ敵を殺すしかないという狂気がありますからね。そこには軍人も民間人も、男も女も、老いも若きもありませんからね。戦場に立ったことのない日本人では理解し難いことかも知れませんが事実は事実ですよ。副校長あなたも行けば理解できますよ」
要は戦場の過酷さを嫌というほど知っていた。だからつい口を挟んでしまったのだ。
「仙崎教官。そう田中副校長を苛めてやるな。軍人には軍人の意見があるように役人にも変えることのできない意見があるのだよ。佐竹候補生については仙崎教官に委任する。権田教官もちゃんとフォローしてくれ」
「了解しました」
校長に対して敬礼を行う権田。会議は終わり残ったのは、権田と要だけだ。
「仙崎教官。実際の所は佐竹候補生はどうなんですか」
少し思案する要。要からしてみれば彰は未熟なギフトホルダーだ。殻を自力で破る事もまだできない雛と変わりがない。ただ要から見てしまえば候補生全員に言えることであり、実際に訓練を行い、三年自衛官を初めてやっと半人前と言ったところだ。
「候補生の幼年学校時代を六年みてきましたが、ギフトホルダーとしても人間としても未熟ですよ。一部生徒は徹底的に鍛えましたがそれでも訓練されたノーマルの貴方には劣るでしょう」
「簡単に越えられては先達として格好がつかないですよ。確かに倉橋候補生は鍛えられてはいましたが、攻撃が素直すぎます。あれではギフトを発現しても良い勝負は出来てもまだ負ける訳にはいかないですな」
「権田教官。敬語は辞めませんか。私は現役の自衛官ではありません。今は対等な立場にいるはずです」
「そうはいきません。私は同じ自衛官として仙崎教官の事を尊敬していますし、命を救われた恩があります」
自衛隊がPKOとして海外で任務に就くのは珍しい事ではない。流石に日常的に銃弾が飛び交う最前線で戦う事はないが他国の軍の後方任務や武装勢力によって人質となった現地民間人の救出作戦に参加することはある。アメリカ兵の放った一発の銃弾を端にした内戦は元々、国民がアメリカを敵視していた事で駐留していたアメリカ軍を夜襲で殺害する事件が起きた。
アメリカは国連決議により批難声明を出そうとしたが、それにロシアと中国は反対し、大国として引く事の出来ないアメリカは正義の鉄槌を下す為に戦争を引き起こしたのだ。日本はあくまでも人道支援しか行わずアメリカにも某国にも味方をしていない。武装勢力は倒すべき敵ではあったが某国民は日本の敵ではない。アメリカも濃縮ウランによる核実験を行っている某国に対して調査を行うべく派遣した軍が民間人を殺害するとは思っていなかった。当事者である兵も軍規を遵守し愛国心に溢れるアメリカ国民だったからだ。他国で行った正式な軍務で発砲の必要性があったのかは調査は行われて然るべきだが軍事法廷で罪を問うべきではないとアメリカ国民は考えた。
日本としても対応に割れる難しい問題だった。某国は確かに核の所持を疑われていた。調査を行った軍が民間人を殺害に至る経緯が詳細に発表されなかった以上は軍事同盟を結んでいても一方に肩入れする事は出来ない。某国は国連調査団の受け入れを受諾し、身の潔白を証明しようとしていたのだ。
「私は当時、倉橋一等特佐の下で戦った経験があります。勿論、仙崎教官。貴方の事も知っております。あの戦争は酷いものでした。私達には民間人と武装勢力の見分けがつかず生き残る為には、襲撃者を殺すしかなかった。」
「どの戦争でも悲惨なものだ。幸い倉橋陸将が率いる隊に死者が出ることはなかったが、参加した者は何かしらの傷を負った。だが自衛官に求められる資質の中でも私が一番重要だと考えているのは理不尽に対する耐性だ。戦争の後に多くの者が退官した。別の紛争ではあったが私もその中の一人だ」
「どの様な経緯で仙崎教官が退官に至ったかは関係がありません。重要なのはその身を犠牲にしてまで国をしいては国民の幸せを守った貴方を批難する者がいるのであれば我々は断固として戦うべきと言うです」
「権田教官。倉橋候補生の未来は決して明るいものではないだろう。子供のうちは大人である我々が護ってやらなくてはならない。それは佐竹候補生にも同じ事が言える子供は未来だ。貴官の働きに期待する」
権田は無言で敬礼を行う。子供は子供らしく出来るのであればそれが一番だが状況がそれを許さない。権田には十八歳になる息子がいたが、父である自分の背中を見て育ち防衛大学の学生として学んでいる。指揮官の命令次第では部下を死地に送る事もあり得る。それはノーマルだろうがギフトホルダーだろうが必要であれば関係なく仕方がのないことだ。多くの自衛官を指揮する立場になる士官学校生が無能なよりは有能であった方が将来、救える命は多くそこには民間人も自衛官もない。
まだ来ないであろう未来より明日、確実にある訓練に思いを馳せて権田は教官室を後にするのであった。




