六十四話
士官学校の一日の殆んどは座学だ。学生の本分である一般教養や体力錬成の為に体育の授業があるなどは普通の学校と何ら変わりはない。違いと言えば正式任官をしていないとはいえ自衛官として扱われるため給料が出る事だろうか。
月額三万円と額自体は少額だが卒業時に任官拒否をしなければ三十万円が一括支給される。学費は勿論、無料で月に六日の休暇が与えられる。十八歳以上であれば申請さえ行えば外泊する事も可能だ。その代わり殆んどいないが任官拒否をした場合、授業費を返済する義務を負う。
給与から寮費や食費が控除された金額が支給される三万円だが、六年間の学費は馬鹿にならないし、将来が約束されているので殆んどが新米三等特尉として配属先の隊で鍛え上げられる事となる。
「訓練がきついって聞いていたけどそれ程でもないな。」
「崇人。まだ権田教官は本気を出してないよ。」
「そうなのか。嫌って程、走らされたけどな。大志には悪いが先任にならなくて良かったぜ」
「そう思うなら隊員を纏めてくれ。苺はうちの隊だからまだフォローできるけど神崎さんは崇人の班だろ」
神崎は苺が自衛隊に入隊することを知って一番驚いた人物だろう。頭の中は腐っていたが親友である苺が、厳しい環境で自衛官になるとは考えていなかったのだ。女性は神崎と苺のみであり、体力的な性差もあって分隊の足を引っ張っている事を申し訳なく思ってはいるが他のメンバーは気にしていないみたいだった。
「神崎は問題ないぞ。体力は男子には劣るが根性もあるし何よりそこら辺の男なら素手で制圧できるからな。問題は佐竹だよ。奴ははっきり言って自衛官としては使いものにならないだろうな」
「確かに烈音と違って自意識過剰だけど昔よりはましになったんじゃないのか」
「大志。甘いよ。シングルホルダーを馬鹿にしていることは誰が見ても明らかでしょ。」
「実継の言う通りだぞ。恐らく射撃のギフトを合わせ持っているんだろうが指揮官が仲間に背後から撃たれましたでは洒落にならない」
「リスクは同じだよ。仲良しグループじゃないんだから気にくわない人と仕事ができませんじゃ良識が疑われるよ。一応は電子制御で誤射は意図的には出来ないはずだけど」
生体認証を必要とする自衛隊の正式採用武器は身に付けている認識票に登録された者が味方の物だった場合ロックがかかるように設計されている。仲間からドックタグを奪って身に付けている事を想定しロックを解除する方法がないわけではないが、煩雑な手段が必要となるため実用的では無かった。
同士撃ちをしない為に必要な処置ではあるが、尉官以上になると仲間に偽装した敵を撃つ為に解除しやすくなっているため士官学校を卒業したものにはあてはまらない。
「身体強化は人によってやり方が変わるし面倒なんだよな」
そう答えたのは、第一分隊の副官を務める事になった烈音だ。彰達との関係は悪化したが、要のとりなしもあって大志達との関係は修復された。因みに烈音は五席という扱いになっている。
「そうだね。烈音の様に部分強化が出来るタイプもいれば佐竹の様に全体強化しか出来ないやつもいる。大志はちょっと特殊みたいだから普通のくくりにはならないね」
「実継。特殊って言っても反動は半端じゃないんだぞ。だったらリスクは低い方が良い。」
「ただ体の成長と強化率が釣り合っていないだけなんじゃないか。俺も身体強化を使うから仙崎教官と調べた事があるけど高レベルだと割と見られる現象らしいぞ」
「同じ事を母さんにも言われたよ。負担が大きいからいい加減にしろって」
「ギフトの事は専門家の言うことを聞いておいた方が良いぞ。ほとんどのギフトの反動は個人差だし、国際基準はあくまでも目安にしか過ぎないしな」
「大志はレベル五になったんだっけ」
「測定方法が曖昧だが、身体強化による測定ではそうなったよ」
「俺はまだ四だよ。椎名さんに鍛えられたが、あの人も化け物だからな。」
「実継は五になったんだっけ」
「身体強化系に比べると実に曖昧だけどな。仙崎教官が木野一等特佐を紹介してくれて訓練に行ってるよ。木野さんのおじさんとは思えない豪快さがあって苦労してるよ」
「雄三さんは感覚派だからね。実継は理論派だから苦労するのは仕方がないだろ」
「擬音で表現されても分からないよ。体術とかの修正は体で覚えるしかないのは理解できるけど。部下の橋本さんの気苦労が分かった気がするよ」
「崇人はどうなんだ」
「俺は測定不能だよ。特殊系に分類されるし訓練も指導者がいなくては効率的には行えないしな」
「そうか。まぁその体格だったら身体強化がなくても何とかなりそうだし、実際なってるしな」
「筋肉は鍛えすぎると成長を阻害するってのに常識外れだって母さんが嘆いていたのも分かる気がするよ」
「大志。そろそろ消灯時間だぞ。同期と親睦を深めるのもいいが、明日も訓練だ。他の者も早く自室に戻れ」
話過ぎていた様で既に消灯十五分前だ。
「隆太くん有り難う。皆も早く戻らないと嵐がやってくるぞ」
嵐とは教官と上級生による点呼の事だ。消灯時間後に部屋にいなければ脱柵とみなされて教官が総出で捜索することになる。特に一年生は慣れない生活から数年に一度は脱柵による脱落者が出るため教官達も神経を尖らせている。
部屋に戻った大志は灯りをつけることなくベットで待機する。点呼はいつ来るか分からず、不備がある度に腕立てと腹筋の罰則がある。GIDによってギフトを封じられているため体を鍛えるには良いが好き好んで罰則を受ける変態はいないだろう。
「今日の担当は権田教官だ。早く寝ていないと面倒な事になるぞ」
「隆太くんは何で知ってるの」
「五年生の最先任曹候補生に聞いた。俺達は言わば士官たる士官になるべくここにいる訳だ。派閥の関係もあるが、そのくらいの融通はしてくれる。親父も昇進して三等特佐になっているのも影響している。」
「ここの成績がそのまま将来の序列になるからですか。父さんは陸将になっても相変わらず部下をしごいていますけど。大丈夫なんですかね」
「大河さんなら問題ないんじゃないか。実績がある分、下手な事も言われないだろうし、日本最強のギフトホルダーに手を出す事の愚かさは知っているだろう」
「父さんは母さんに頭が上がらないのに部下には厳しいんですよね。ストレス発散してるのかな」
大河は激務をこなしているのは間違い様のない事実だ。国防にはギフトホルダーの力は欠かせずそのため国家予算でギフトホルダーを各国は養成している。特殊部隊ヤタガラスが最たる例だが優秀な兵は戦局すら変えてしまう力を持つ。上に立つものには権限も与えられるが当然、自身の行動には責任が付きまとう。
一国の運命を決定してしまう程には大河の軍事的影響力は大きくなり過ぎていた。文民統制が行われている現代でも大河がその気になれば部下は答えクーデターすら成功させてしまうだろう。大河にはそんな積もりなどないが権力が集中してしまう事の危険性は中曽根も理解しており、大河はやましいことなど一つもないため黙って受け入れていた。
「それも仕方がない事さ。良い人間もいれば悪い人間もいる。それはギフトホルダーでもノーマルでも変わらないことだ。」
色々と制約の多いギフトホルダーだが、能力の違いから差別ではないにしろ区別は必要だ。ギフトによって方向性は異なるが例えば身体強化の場合、低レベルであっても百キロぐらいであれば子供でも簡単に持ち上げられる力を持つようになる。本当の意味で対抗するためにはギフトホルダーにはギフトホルダーをぶつけるしか手段がない。軍に所属するギフトホルダーを総括し、統制する立場にある大河としては心労は増えることはあっても減ることはない。要がいれば色々と違った状況になっただろうが少なくとも正式に軍務に復帰する事が有り得ない以上は手元にある戦力でどうにかするしかないのだ。
隆太は候補生としての生活に慣れているのだろう規則的な呼吸音がし既に寝ているのだろう。一方、大志はというと眠れずにいた。大志と他の候補生では立場が異なる。一般的なギフトしか持たず殆んどの者がシングルホルダーなのに対して、特殊系に相当ししかもトリプルホルダーだ。父がしている苦労はそのまま将来に大志がするであろう苦労だ。幸いな事に日本は独立を維持し他国との戦争状況にあるわけではない。寧ろ日本は平和主義を唱える国であり国際貢献もしている。
しかし、大河は仕事に忙殺されている。肉体的・精神的に軍人として鍛えられているが本質的には一人の人間である以上は出来ることはたかが知れている。他人を頼ることも必要だが、今は誰が敵で誰が味方なのか分からない。思想犯になりうる人間には公安による監視がついているが殆んどがノーマルであるためギフトホルダーは能力次第では簡単に撒くことができるだろう。過激な思想は過激な手段によって主張される事が多い。
抑圧される事が多いギフトホルダーであってもテロに走った人間を正当化できるものではない。ウロボロスは日本を襲った大規模テロ以降は本格的に活動拠点を中東に移して行動している。日本を含めた先進国はウロボロスを国家として認めている訳ではないが資金・組織力は正規の国には劣るもの単なるテロリストグループとして扱うにはウロボロスは厄介すぎた。抑圧された悪感情は必然的にノーマルにぶつけられ、宗教的な関係もあって暴走を止められるものはいない。諸外国もただ静観していた訳ではない。国際連合軍によって幾度となく爆撃・強襲が行われたが国民の全てがギフトホルダーというだけあって人数は少ないものの戦力は後進国の正規軍に見劣りするものではない。なかば力技で建国を果たしたウロボロスだがテロを起こすもののその標的はノーマルに限定された。ノーマルからしてみればたまったものではないが何故か同調する若者は後をたたない。
大志は逃げられるものであれば自分が戦う必要を感じていなかったが自分しか出来ないこともある。弟と妹のギフトは正常な国家であっても手にいれたい力でありそれが正常な国家でなければ尚更だ。家族を護る為に戦う。大河もそうだが実際のところ顔も見えない多くの者の為に戦うというよりかは自分が護りたい家族のためその延長線上に他の者がいるだけだ。それは大志にとっても変わらない中々、寝付けない大志であったが訓練の疲れからか睡魔に襲われて眠りにつくのであった。




