六十三話
ウロボロスが建国宣言を出してから数年の月日が経ち、大志は十四歳となっていた。無事に士官学校へと入学が決まり、慣れない生活を送ろうとしていた。
自衛隊士官学校入学式は四月一日、桜が咲き乱れる中、執り行われた。将来の士官たる入学した大志達は厳かな雰囲気に圧倒されている。訓辞を行っているのは父、大河であり現役陸将として話をしている。
新入生はこの時点で曹候補生として扱われ、一人ずつ宣誓を行う。入学生代表となった大志は、一番先に入学宣誓を行うことで最先任曹候補生となり、十五人入学した中での指揮命令権を与えられた。次先任曹候補生は実継で崇人は入学成績順に既に階級が与えられている。
当然、下位の曹候補生が罰則を受けるようなことがあれば大志も責任を問われる。年に二回ある考課によって変動するが、最先任曹候補生が変わったことは今まで一度もなく、次先任曹候補生ですら数回しか交代したことはない。大志の様に特殊部隊員から訓練を受けることは稀だが、父母や親戚が自衛官をしていて鍛えられて入学することは珍しくない。
そもそも入学の条件に素行に問題がないこと推薦権を持つ自衛官による推薦がないと許可されないので少なくとも入学した時点で同世代の中でも優れた能力を持っていることになる。烈音も椎名一等特尉からの推薦を受けて無事に入学した。入学後、人格が変わるとも言われている士官学校であるためまだ矯正の余地があるとして彰も入学が許可された。
彰を入学させるかについては一騒動あったが才能があることは事実なので様子をみることにしたのだ。資格がないと判断されれば自衛官の身分を剥奪され、懲戒免職になる。その際には、いくら同期を監督する責任がある大志でも処分はされない。
懲戒に関しては完全に個人の問題で罰則で走らされることはあっても未成年で将来が有望視されている人間を連帯責任で切り捨てることなどできない。彰がもし大志の命令に対して不服従だと大志にも罰は与えられるが、彰の自衛隊内での立場が悪くなるだけだ。それが仮に正式に任官している教官だった場合、営倉入りになる可能性だってある。見習いの立場である曹候補生達は身分が一番低い。当然、先輩後輩はあるが、階級上では最先任候補生、次先任候補生は上級生に対して敬礼は不要となる。
それだけ権力を持つことになる大志と実継だが、上級生には好かれたほうが良いと思っているので例え敬礼が不要でも相手に対する敬意は忘れない。本来であれば同じ自衛官として扱われる大志は大河と公務中に敬語を使わないで話すだけで罰則の対象になりえるのだ。父と子という関係は私事であり他の者にとっては上官の命令が聞けない自衛官など邪魔者でしかないのだから。
長い入学式が終わり緊張感から解放された入学生だが、自衛官としての第一歩を踏み出したに過ぎない。これから何を成すかで真価が問われるし、厳しい訓練が待っている。最初の洗礼を受けるのは、寮生活である。超能力開発幼年学校でも寮で暮らしていたが、士官学校は規則が多く、破れば罰則が待っている。
部屋割りは自衛隊で決めており、ある程度は考慮されるとはいえ変更は余程のことがない限りは許可されない。一年生同士で同室になる事はなく必ず上級生と同じ部屋割になる。女子の場合は数が少ないので場合によっては同期と同じ部屋になる可能性はあるが一年生の場合には早く環境になれるために部屋割りが考慮されることになる。
大志はよく知った仲である隆太と同じ部屋割りになった。気苦労の多い最先任曹候補生は寮の中くらいは落ち着いて行動できるように顔見知りで組まされることはよくあることだ。隆太は三年生の最先任曹候補生であり、大志を導くのにこれ程の適任者はいない。
退官した要も特別教官として自衛隊士官学校に赴任した。一応は超能力管理局からの出向と言う形をとってはいるが、元特殊部隊員が後進の育成をすることはよくあるし、それが元特佐ともなれば話題にもなる。教官の中には要に憧れるものもいるとなれば尚更であり話題にならない方がおかしい。
公表された戦果だけでも噂の的になるし、林檎誘拐事件やウロボロスによる同時多発テロを大河のもとで最小限の被害に抑えたともなれば大河の影に隠れようとも同じ志を持つ自衛官にとっては雲の上の存在である。ただ自衛官の中には別の意味で怖れられている。訓練で手を抜けば戦場で死ぬのは自分であり、罪のない一般市民だ。
だから手を抜かないし、VR上では痛覚制限を最小限に抑え訓練するのだ。セーフティは幾重にも張り巡らされているが、油断したらスナイパーライフルで頭を撃ち抜かれるなどして重度のVR酔いになることも少なくない。一度で終われば良いがそれが訓練の度に行われるとなると受けるほうからしてみれば堪ったものではない。
噂では一度の訓練で十数名もの人間を医務室送りにしたとされており、恐怖の対象になっている。噂は噂でしかないのだが要の人となりを知っているヤタガラスの隊員も口外することはない。誰だって命は一つしかない。口は災いの元というやつだ。
簡単な説明を上級生から受けて私物を整理する新入生達、事前に入学式当日に届くように手配されており、抜かりはない。基本的には持ち込み禁止のものでない限りは所持を許可されるが、禁止事項は多く、新入生の殆んどにとって平穏な一日は入学式当日のみである。
起床は七時と決められており、寝坊しようものなら永遠に校庭を走らされることになる。服務規定に背こうものなら死んだ方がまだましだと思うような訓練と言う名の罰則が待っている。実際、大志は六時に起床して各規定通りの服装で教室に入ったが、大志を待っていたのは鬼教官による罰則である。
遅刻するものは流石にいなかったが、規則通りの服装で授業を受けるということだけでも困難を極める。指定の位置に指定された階級章をつけなくてはならないが自分で縫い付けなくてはならない。所持品には全て名前を書く規則になっているが、記入忘れなどで授業どころではない。
本人もそうだが、大志と実継も同じ分だけの罰則を受けることになる。授業が始まる前から消耗しているのは恒例となっており、これが将来部下を持った時に統制するために必要なことになる。同じ曹候補生でも大志と実継の立場は異なる。五人で一組となったが他の班の罰則も受けなくてはならないからだ。
大志はまだ余裕があるが権田教官はそれが気にくわなかったらしい。権田三曹はノーマルでありながらギフトホルダーとも対等に戦える武の達人だ。柳三等特佐と通じる部分がある。講義の予定を変更して自衛隊格闘術を教えることにする。
勿論、権田が相手に指名したのは大志である。体格で劣る大志は権田に対抗するためにギフトを発現するしかないが、ここで問題を起こすのはとても不味い。虐めならともかく今は正当な訓練だ。知識として最初に受ける洗礼であり、誰もが通る道だと知っていたのが権田は気にくわなかったらしい。
階級上では相手が上官だし、要の手を借りる訳にもいかない。鍛えているだけあって権田は大志では手に余る。だがやられっぱなしというのも今後に響くだろう。教官は曹候補生に罰則を与える権限を有している。理不尽な命令を与えることはできないが、初期の段階において命令に対して思考するのではなく、反射的に対応出来るようにするためには必要な範囲において許可される。
要もこの場に居るが権田に対して何も言わないあたりがこの状況を物語っている。権田は本気を出すまでもなく大志を制圧できると思っている。何十年も自衛官として厳しい訓練に耐えてきた。相手がギフトホルダーとはいえ修羅場を潜り抜けた経験で何とかできると思っていたしある意味では正解だ。
訓練を重ね戦闘特化タイプの烈音でも権田に勝つには、経験が足らない。大志はというとヤタガラス隊員を訓練相手にし、時には日本最強の名を欲しいままにしている大河を相手に戦ってきた。子供だからといって手加減するはずもなく骨折したのは一度だけではない。般若となった楓にあっさりと土下座する大河であったが大志が望んでのことであり、心配してくれるのは嬉しいが手加減されたのでは訓練をする意味がなくなる。
VRで戦うのも良いが微妙な反応速度の違いから生身で行う訓練には劣るとされている。銃を使った模擬戦をするのでないのであれば利点は少なくなる。敢えて安全性を高める為にVR訓練をする場合もあるがそう多くはない。
「倉橋最先任曹候補。本気を出して構わんぞ。」
大志は手を抜いている訳ではない。それにも関わらず攻めきれないのは肉体的にはまだ成熟していない事もあるし権田の戦闘技術が大志を上回っているからに過ぎない。大志としてはここで負けても問題はない。だがあまりにも無様に負けてしまっては今後の指揮に問題が出てくる。
弱い上官よりは強い上官の方が良いに決まっている。個人としての戦闘能力もそうだが、確かな戦術眼
・指揮能力が求められる。めんどくさいことこの上ないが、幹部たる自衛官を育成するために創設された士官学校に入学したからには避けて通れない道である。
大志と権田の試合は当然の如く権田が勝利したが、周りから見てみれば大人気ない。大人が子供に本気を出したら勝てるのは当然だ。権田は良い意味でノーマルの自衛官を代表していると言ってもよい。
ノーマルがギフトホルダーに勝てない事を理解し努力で天才達と渡り合う術を会得してきたのだから。勘違いしたギフトホルダーがノーマルを虐げる事はウロボロスが国家を設立してから各国で見られた現象だ。司法としても法令に基づき厳粛に処罰したが不満を持つギフトホルダーがウロボロスに流出すると言う事態を引き起こした。
薄氷の上を歩くかの様な危険を孕んだ世界になっている。少しの切っ掛けでノーマルとギフトホルダーの全面戦争へと発展しかねない。どちらに対しても譲歩が求められている。そんな中では一般人にとっては身近な危険として認識出来ていない事も問題なのかも知れなかった。




