六十一話
艦隊行動をしている自衛隊は規模の詳細が分かっていない敵対勢力の攻撃に晒されている。数の多さは利点であると同時に欠点となっている。階級が高くなるほど全ての部下を把握できる訳ではないからだ。
無論、主要幹部や特殊部隊員などの顔は知っているだろう。大河とて一応は隊員のデータには目を通したが、普段、関係のない隊員の顔と名前を一致させることすら困難を極める。ギフトホルダーは作戦の要となるので能力を把握するようにはしたが実際の運用面では下士官が分隊・小隊規模で効率良く運営するのであって大河は編成を決めたに過ぎない。
対してウロボロスはギフトホルダーによる少数精鋭なのだろう。単純に混乱させるだけの目的であれば、マインドハックのギフトを有する一名だけで事足りる。潜入工作に適した数名で実際に自衛隊に打撃を与えていることからこの予想は的はずれという訳ではなさそうだ。
精鋭には精鋭を充てるのが基本的な戦術となるが戦闘や支援に特化した分隊では良いように翻弄される可能性が高いが防御を薄くする訳にもいかずどっちつかずの作戦をとるのが一番不味い。大河は決断した。確かに犠牲を出さずにいる事は大切だが、リスクがなければ当然、得られるリターンも低くなる。
「皇一佐に入電。」
「了解。繋ぎました」
「皇一佐。申し訳ないが、異分子の炙りだしのために麾下の精鋭一個小隊を選抜しておいてくれ」
「了解しました。意見具申致しますが、相手勢力もこれ以上は我々には手を出して来ないのではないでしょうか」
「その可能性は低い。我々が守戦に秀でているのは折り込み済みで作戦を立てるはずだ。」
移動中の隙を突かない限りは質量で劣るウロボロスの勝率は低いだろう。圧倒的に規模が違う日本に対して宣戦布告してきるのだから指導者は余程の自信があると考えるのが自然だ。
「このままでは勢力図が書き換えられる可能性が高い。それは何としても止めなくてはならない。隊員達には負担をかけてしまうのを済まないと思っている。」
大河は中東に着くまでに一波乱あると考えていたが予想していた規模より大きかった。隊員を死なせない覚悟と日本を護るということはこれまでと何も変わらない。ウロボロスの思想は危険だが、ノーマルによる迫害があったのも事実で、ギフトホルダーの発言力は今よりも低かった。
危機感を持った一部の有識者は危険性を説いたが一部のギフトホルダーによる暴走が罪のないギフトホルダー達の立場を悪くしてしまったのは逃れようのない事実だった。先進国に住むギフトホルダー達はまだましだったと言える。忌み子として殺される可能性は低く、生活に余裕があるものが多かった。後進国では、他者から奪わなければ生きて行けない者もいた。永く続いた資本主義が貧困層から搾取し続けるシステムを構築し、親が貧しければ、子も貧しいという状況を産みだし、生活の為に働かなくてはならず満足な教育を受けられず浮上するきっかけすらも掴めない停滞感を誰しもが感じていたのだ。
「中曽根総理は今の現状を憂いている一人だ。俺も現状を変えたいと思っている」
「倉橋陸将補。確かに良くない状況なのでしょう。しかし日本が火中の栗を拾う必要があるとは思えません」
日本では他国に比べてギフトホルダーとノーマルの関係は良好だ。旭会と言う火種を抱えているのにも関わらず表立って闘争となっていないのはあくまでも天皇は日本の象徴に過ぎないし、皇族にもギフトホルダーがいるからだ。
他国では違う。王政をとっているイギリスでは、王族同士で血を血で洗う抗争が起きており、ギフトホルダーとノーマルの全面抗争となりかけた経緯がある。今では沈静化しているが本格的な内乱になりかけたのだ。イギリスはこれを機に女王親衛隊にギフトホルダーを加入させることで沈静化させる事に成功した。女王が身辺警護にギフトホルダーを用いたのは信頼の証であり、好意的に国民に受け入れられ、ノーマルとギフトホルダーの対立は表面上では起きていないが一度でも争ってしまえば火種は燻り続ける事になる。
イギリスも穏健派であり日本に賛同して派兵している。共同作戦は行われないが、情報の交換を密に行う取り決めが両政府間で決められていた。
「日本が攻撃を受けているとなるとイギリスがどうなっているかは分からないな。無事だといいんだが」
――イギリス艦隊――
「少将。こちらは順調に進んでいますが、自衛隊は早速、何者かの攻撃を受けた模様です」
「狂信者どもめが。奴等に居場所など無いことを知らしめないといけないみたいだな。」
国力とギフトは最早きりはなすことは出来ない。軍事力もそうだが技術革新を影で支えているのはギフトに頼る所が大きい。各国はノーマルだろうがギフトホルダーだろうが公正な評価をするが、所得や社会的地位はギフトホルダーの方が高くなる傾向がある。
仕方がないことだが納得できない者もいる。過去に行われた人造才能保持者計画が手頃な天才を産みだそうと実行されたが実際は死体の山を築くだけに終わったという。
「全艦に通達。これより本隊は危険領域を通過するコードイエロー発令。」
「コードイエロー発令。繰り返すコードイエロー発令。艦員は所定の位置に着き待機せよ」
これから通過する海域は海賊がばっこする魔境だ。石油資源などを各国に輸出する為に開発された名残なのか今でも多くの大型船が貨物を搭載して通過する。その貨物を略奪するために出没するようになったのが海賊だ。
海賊は船を乗っとると船員は海に投げ捨てられる。奪う際には相手の命を気遣うほど海賊は優しくない。銃撃で血が辺り一面に撒き散らされ、生存者が一人もいない事などよくある風景だ。訓練された軍隊を襲うほど海賊も馬鹿ではないだろうが、艦隊をこのまま通過させる訳にもいかない。
陸上部隊が降ろされれば、治安維持のために海賊殲滅作戦をとるのはイギリスからしてみれば当然の事だ。過去に少なくない数のイギリス船籍の船が被害を受け、今回の派兵の一因になっているからだ。
「少将。未確認物体が接近中。」
「撃ち落とせ。」
「各艦。迎撃せよ」
艦砲が未確認物体を捉え貫通した。その後に残っていたのは無惨に破壊されたイギリス国旗を掲げる艦隊のみだった。
――昴CIC――
「艦長。緊急回線より遭難信号を受信。如何なさいますか」
「慌てるな。現場海域はどこだ」
「海賊が出没される場所でこちらからは距離がまだあります。しかも発信元がイギリス海軍の物だと思われます。」
「倉橋陸将補に連絡。当艦は指示があるまで現場待機。コードイエローを発令する。」
大河は艦の指揮を雄三に任せ休息をとっていた。要がいてくれればと思うこともあったが彼は既に自衛官ではない。それに要以外にも優秀な部下はいくらでもいる。休息をとってからまだそれほど時間は経っていなかったが部下からの報告で中断されてしまう。
「倉橋陸将補。イギリス艦隊らしき船からの救難信号を受信。木野二等特佐より対応を請われています。」
「直ぐに行く。偵察機の発進準備を急がせろ。」
「了解。」
皇は自分の長男である祐二等特尉に隊長を任せて偵察隊を編成する。
「発進準備よし。全隊おくれるなよ。」
「「了解」」
祐は空間把握のギフトを持つ。戦闘機に性能差がなければ実に有効なギフトだ。
「こちらファルコンワン。各機、警戒を忘れるな。これは演習じゃない。撃墜されたらまず死ぬと思え」
十機で編成された偵察隊を見送る皇。いくら息子が出撃するとは言え指揮官の一人として部下を死地に送るのは辛いことだ。
「祐を偵察に送りたいと思えない私は自衛官、失格だろうか」
「いえ。親であれば当然の事ですよ。倉橋家は政治家の家系であるので自衛官になると決めた時には反対されたものです。」
――イギリス艦隊――
「まだ応援は来ないのか。」
辺りには死体が散乱しており、惨状を物語っていた。
「艦長。生存者の収容を終えました。我が軍の損害は八割を越え全滅です」
「そうか。」
生き残っているのは、潜水艦に搭乗していた者が殆んどでイギリス艦隊の殆んどは艦と運命を共にした。
「核を撃ってくるとはな。ウロボロスの奴等はどうやって手に入れたんだ。」
「分かりません。技術的には難しい事ではありません。特定の国を持たない組織だからこそ出来た事だとしか言えません。」
核抑止論。お互いが相手を滅ぼせるだけの兵器を持つ事で安易に使用できなくするという理論だが、例え迎撃に成功したとしても報復する事ができない。ウロボロス支部は巧妙に隠されており構成員となっているギフトホルダーの数も謎だ。
となると始まるのはノーマルによるギフトホルダーの弾圧だ。それすら策の一部に感じてしまう。数が少ないとは言え一人一人の質は高い。兵器でカバーできない事はないが脅威として残るし国際世論がどの様に転ぶか分からない。
「打つ手なしか。何とか保たれていた均衡が崩れる。どうなるかは神のみぞ知ると言った所か。」
日の丸のマークをつけた戦闘機がSOS信号を辿り国際救難チャンネルで応答を呼び掛けていた。
「こちら航空自衛隊。指揮官と話がしたい応答されたし」
「マルゴ少将は殉職された。現在の指揮を任されているアダムス中佐である貴官の所属を名乗られたし」
「第十地方方面軍所属。皇二等特尉であります。総司令官である倉橋陸将補の命により、偵察を行っております。」
「皇中尉。ご覧の有り様だ。核による奇襲を受けて我がイギリス艦隊は全滅した。対空攻撃が出来ず敵には逃げられた。」
「そうでありますか。救助は諦めて頂くしかありません。合流地点の座標を送りますので自力で来て頂く事になります」
「協力に感謝する」
激動の時代は直ぐそこまで迫ってきていた。




