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五十五話

PMCトライデント中東支部長である元米軍中佐マクレーンは部下の報告に眉をひそめていた。三ヶ月に渡って大規模捜索をしているのにも関わらず目に見える成果がないから故の焦りだった。


「俺の部下は無能ばかりか。志願したというのに結果が出せないのであれば降格することすらあり得る。折角、軍を辞めてここに来たのにそれでは意味がない。」


各国から選りすぐりの精鋭が集まって来ている事を売りにしているのが、世界的な警備会社トライデントの強みだ。日本は危険が少なくて且つ金払いが良いので新人教育の場として使われている。戦場に立ったことがあることが入社するための最低条件とも言われているが噂の真偽は定かではない。


「なんだったらスラム街など焼き払っても構わん。それでもお前らは精鋭なのか」


指揮官としてはマクレーンは優秀な男だったが、人格的に好かれる性格をしている訳ではない。トライデントでは矛であって自衛隊の様に盾ではないのだからそれで構わなかったし、命令を実行できる能力さえあれば素行は問題視される事はあっても軍法会議に出廷するような事は起こらないはずだったからだ。


彼が米軍を辞めたのも素行の悪い部下の責任をとらされたからだ。米軍が出兵していた戦場で娯楽に餓えた兵士が民間人をレイプする事件が起き被害女性は自殺した。元々、米国の世論は出兵に対して否定的だったが、利権を護る為には出兵するしかない状況下で起きた。


軍上層部はマクレーンの日頃の言動を嫌悪している者が多く、マクレーンが優秀であったため排除する動きが活発となった。自身が犯罪を起こした訳でもないのに一階級の降格処分を言い渡されたマクレーンは司法に訴える事を検討したが確実に世間に知られたくない政府関係者によって握り潰される事は明白だった。


以前から熱心にヘッドハンティングを仕掛けてきていたトライデント社に入社する事を決めたのは自然の流れだった。マクレーンは確かに性格に難がある男だが差別主義者という訳ではない。優秀な自分には、それに見合うだけの環境が必要だと考え、目標に向かってがむしゃらに行動してきただけだ。ただ周りからは優秀さに鼻をかけている嫌な奴としか映らなかっただけで良き理解者さえいれば真価を発揮し続けていたことだろう。


その証拠に今でも副官をしているスミス元米軍大尉はマクレーンと一緒にトライデントへと転職した。スミス大尉を引き留める声は軍内部から上がったが、スミスの決意を翻すだけの力を米軍は持っていなかった。


「中佐。ここで民間人を虐殺したらいくらトライデントと言え中佐を庇う事は難しいでしょう。この国は広いそして治安が悪い事を首脳陣も理解しています。こちらから襲撃するのは問題ですが、基地を守る為に迎撃する事には政府も文句は言えないでしょう。」


「スミス大尉。言われなくても分かっている。他の幹部達はこの内紛に介入する事には否定的だ。それを何とかするのを求めてられている事が分からんほど無能ではない」


アメリカも不況による失業率の上昇によって街中にホームレスが溢れた時期があった。資本主義の象徴であるアメリカは良くも悪くも金さえあれば解決できる事は多い。金がなければ直ぐに搬送して治療を受けなくてはいけない状況でも搬送する事すら出来ずにただ死を待つだけしかできない。


国民皆保険制度を採用している日本と違ってアメリカは任意だ。しかも良い治療を受ける為には莫大な金が必要になる。マクレーンが金や地位に固執しているのも本来であれば死ぬ必要がなかった癌で母親を失っている事に起因している。


マクレーンが探しているのは反政府運動をしているある男を探し出すためだ。アメリカとしてはその男が唱える社会主義など害悪でしかない。先進国の中にはアレルギーと言って良いほど社会主義を嫌悪している者達がいる。成果主義とも言える資本主義は権力者にとって都合が良い存在なのだ。


「中佐。偵察に出していた兵が何かを察知したようです。直に報告させます。」


「マクレーン支部長。郊外にてスラムの出身者と思われる少女の死体が発見されました。この基地からも近くスラム街の人間に知られれば間違いなく報復されるでしょう」


「現場で犯人の遺留品は発見できたのか。直ぐに内部調査を行い、不届き者がトライデントにいないか調査しろ。」


「了解しました」


「マクレーン中佐。厄介な事になりましたね」


「そうだな。弱い者からどれだけ搾取すれば気が済むんだろうな。スミス悪いが襲撃があっても対応出来るようにシフトの調整を頼む」


――防衛省――


同じ頃。大河達は防衛省へと到着していた。


「お迎えに上がりました。」


敬礼して大河を歓迎する自衛官は陸自に所属する三尉だ。今回、大志達を案内することを命令されていた。大河は返礼して返事を返す。


「三尉。無理を言って済まないな。息子の大志とその友人の小澤くん、木野さんだ。各所への立ち入り許可は既にとっている機密に関わること以外であれば答えてやってくれ」


大志は何度か大河に連れられてやってきた事があるが、自衛隊関係者でもない限りは立ち入り許可すら簡単には降りない場所だ。国防には機密も多く、一般人の理解を得る為に公開しているとはいえ、見せられない事も多いのだ。


三尉は任官してから二年程しか経っていない。コミュニケーション能力が高く綺麗な顔立ちをしていた為に隊内向けの広報紙で何度か表紙を飾ったことがある位には整っている。


大志は自衛隊と接するのは慣れているが体育会系のノリが多い肉体派自衛官とは違い九重実(ここのえみのり)三尉にはどう接していいのか分からない。実継も苺も戸惑っている。大志と同様に自衛官と交流を図る機会が多い二人でも九重三尉がアイドルの卵ですと言われたら疑うことなく信じてしまう程の容姿をしていたからだ。


「九重さんお世話になります」


そう言って頭を下げたのは大志だ。それに追従するかの様に慌てて頭を下げる実継と苺。


「こちらこそお願いします」


九重三尉はとても良い笑顔で大志達の挨拶に答える。


「ではまず一通りの案内をさせて頂いてから質問を受け付けます。入口で渡されたゲストパスはなくさないでください。倉橋陸将補の署名がない限りは防衛省から出ていくことはテロを警戒して不可能となっています」


駐屯地や基地でもそうだか。不審者が侵入できないように自衛官達は神経を尖らせている。テロを未然に防がなくてはならない自衛隊のお膝元でテロが起こったともなれば自衛隊の信用は地に落ちる。常時よりも厳しい警備体制が敷かれているのも日本がテロの標的となったことで安全意識の低い日本がようやく重い腰を上げたのだ。会議に出席する大河はかなりめんどくさそうだ。それもそのはずだ。これからウロボロスが拠点としているとされる中東に自衛隊を派遣する陣容を決める為の会議だ。


旅団を率いるのは当然であるかのように大河の役目である。三幕から構成される旅団を上手くコントロールしなくてはならないのは骨が折れる。陸自はヤタガラスを初めとする精鋭を連れていく。海自は虎の子である護衛艦【昴】を指揮艦として派遣する用意がある。となると艦長である雄三が指揮官として海自を率い尚且つヤマトプロトワン運用艦であるためヤマタノオロチまで派兵することとなる。空自も戦力を出したいが主力がいなくなる日本を護る必要があるため申し訳ない程度に二線級のパイロットを派兵するしかない。日本を空にすることは出来ず、だが戦力が低ければ各個撃破の対象になる。それに派遣先の国の協力も欠かせない。


日本からでは兵站は長くなり過ぎコストも高くなる。となれば必然的に現地で仕入れるしかない。調査の為の派遣なので最長でも三ヶ月を越える事はないだろう。PKOなどで派遣された事のある者を対象に志願を募る。覚悟のない者を戦場に連れて行って死なせたくないからだ。避けられない戦いとはいえ死者が出れば士気は確実に落ちる。


どんな名将が率いている軍でも戦う意思のない軍隊は張り子の虎だ。できる限り迅速に駐屯地を決め防御を固める必要がある。工事であれば旧式の二足歩行戦術兵器(アーマー)で十分だ。核エネルギーを使っている為、燃料の心配がなくなるが運用費が戦車の比ではない。


戦闘をする度に高確率で何らかの故障をする。駆動部分が構造上もろくなるので仕方がない。無重力化での戦闘を考慮に入れているヤマトプロトワンも同様の欠点を抱えているが、戦車を上回る機動性、大口径の武器による攻撃は正に動く砲台と呼ぶに相応しい姿だ。


アーマー、一機で戦車五代分と換算される。平均キルレシオが五対一になるからだと言われているが、次世代アーマーのヤマトプロトワンの実力は未知数だ。退役した戦車を的に実戦射撃を行っているが動かない的に当てるより動く的に当てる方が難しいのは小学生でも分かることだ。守勢に回る事になるが拠点防衛にヤマトプロトワンを使用することは設計思想からも理にかなっている行為となる。


専守防衛こそが自衛隊が最も得意とすることである。自国を護ってこその軍隊であり、敵国を壊滅させる為に攻撃する事は必要な事ではあるが全てではない。ゲームであれば他国を侵略して自国も侵略されましたで済むかもしれない。現実であれば人口が減った事で生産力が落ち国際競争に負け経済的な隷属となるだろう。市が経営破綻しそうになれば国によって補助されるかも知れないが国が潰れれば待っているのは国連による共同運営だ。主権を失い自国の代表である国家元首も選べなくなる。日本では未だに天皇か内閣総理大臣のどちらが国家元首に該当するかの議論がされているが、他国の思惑でしか運営できなくなるのは、占領下となった日本やアジア諸国であれば忘れはしないだろう。


「会議を始めようか」


幕僚長が議長を務め、国枝も参加している。国枝は元自衛官で肩書きだけの防衛大臣ではない。発言を求めたのは国枝だ。


「まず表向きは治安が悪化した中東に対するPKO活動だが内情は違う事を理解して貰いたい。積極的な自衛権の行使であることは国民も理解しているだろう。有識者も日本が過去に犯した軍閥化の道を辿るのではないかと指摘している。」


技術力・生産力が乏しかった第二次世界大戦の頃とは違い日本は有数の技術大国であり、資源大国となっている。日本の指導者に能力と覚悟さえあれば孤立しても問題はないと考えられている。


「今回はあくまでも調査だ。各国が血眼になって情報を求めているのに対して得られた情報は少ない。潜入捜査を引き受けた職員も無事では済まなかった。」


ギフトホルダーによる理想郷の実現を目指しているウロボロス。指導者とノーマルの間に何があったのかは知らない。他の者にとってはどうでも良いことだが本人にはそうでないことなどいくらでもある。


「現状を知った君達、自衛官には私は期待している。日本を護って来たのは間違いなく自衛隊だ。今は立場が変わってしまったが、君達、自衛官の事を私は誇りに思っている」


次に発言を求めたのは総司令官となる大河だ。


「派遣部隊の陣容を決めるのが一番難しい。外せない隊はあるが日本を空にするわけにもいかないからな」


バランスが難しい。大河以外にも多くの優秀な自衛官がいるが、派閥もあればギフトホルダーとノーマルであれば戦闘能力はギフトホルダーの方が高い。兵器によって補うこともできるが、補給の都合上どうにもならないことはいくらでもある。


自衛隊は日本人の気質なのか、殺しを躊躇う者が多い、一般人であればそれでもいいが殺し合いとなる可能性が高くまた一方的な虐殺すらも可能とする兵器をどう使うかが問題となる。総指揮官となる大河は場合によっては日本政府の承認がないまま敵対勢力と戦いその責任を取らなくてはならない立場だ。貧乏くじを引くのも大河にとっては仕事のうちだ。会議はまだまだ長引きそうな雰囲気のまま続いていくのであった。


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