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五十四話

「お邪魔します」


最初にやって来たのは実継だ。母親から持たされたらしいケーキを持参している。


「母さんが持っていけって煩くて。並んでしか買えないらしいから美味いって事は確からしいけど」


「それにしても大志の家ってでかいよな。家の倍ぐらいの広さはありそうだな。」


「古いだけだよ。補修しながら住んでるから結構、痛んでいるところもあるし」


話している途中だが、チャイムが鳴る。苺が到着したのだろう。楓が苺に話し掛ける声が聞こえる。


「大志くん。怪我してない?」


脇腹を庇って動いていることを見抜いたのだろう心配そうな顔をしている。


「大した事ないから大丈夫だよ。」


楓が打ってくれた鎮静剤が効いているおかげで痛みはかなり引いている。苺は気付いてないようだが観察眼はかなりのものだ。実際に先に会っている実継は気付かなかった。


「それならいいけどちゃんと手当てしないと後に響くよ」


「分かっているよ」


話を打ち切って強引に話題を変える。


「今日は要さんの奥さんの葵さんが来ているんだ。」


二人は当然、葵と会った事はない。


「要さんが来てるからもう葵さんも来てると思うよ」


今、三人がいるのは大志の部屋だ。真奈美と憲治も既に個室を与えられており、普段はそこで寝起きしている。両親が共働きなため、二人は夕方まで保育園で過ごしている。


「入るぞ」


そう声をかけて入ってきたのは大河だ。後ろには要、葵がいる。楓はお茶の準備をしているのかまだ来ていない。


「大志の父親である大河です。今日はゆっくりしていくと良い。」


大河は有名人である。広報官としての見た目と発言力がある大河は頻度はそう多くはないが、メディアに露出した経験もあり、直接の面識はなくとも顔を知っている人は少なくない。


「大志君の友人である小澤実継です。宜しくお願いします。」


「木野苺です。姉がお世話になりました。」


二人とも立ち上がってお辞儀をする。


「礼儀正しい子達だな。小澤くんは要から自衛隊に入隊する事を希望している良かったら今度、遊びに来てくれると嬉しい。苺ちゃん。林檎ちゃんを助けたのは当然の事だ。国民が安心して暮らせる為に自衛官がいるのだから礼は不要だよ。」


我が父ながら子供の扱いは苦手ではない。寧ろ見た目の良さから女の子には人気があるのだ。


「大河。葵がもう我慢できないらしい。葵の紹介をさせてくれ」


「要の妻の葵です。夫がちゃんと先生をしているのかとても心配だったけど問題は無さそうね。大志は久しぶりね。ゲームばっかりしてないでちゃんと勉強するのよ」


「葵さん。母さんは成績を維持しないと取り上げるって言ってますし、家庭教師を付けて勉強していたので学業を疎かにする事はあり得ませんよ。」


「要は頭は良いけど教えるのが下手だから心配しているわ。超能力管理局は戦えれば良い訳じゃないだろうし。仕事の話はあまりしてくれないもの」


確かに要は肉体派ではあるが昔は新入隊員の訓練も見ていたのだ。教えるのが下手と言うことはないだろう。


「葵。子供に愚痴ってどうする。二人が困惑してるだろうが」


困惑しているのも要は保護者受けが良く、授業で分からない事があると親身になって教えてくれる良い先生であったからだ。指導員の資格を持ち後輩を育成してきたから成せるわざなのだが、葵の評価が低くてびっくりしたのである。


「だってあなたが仕事の話をしてくれないのであれば子供たちに聞くしかないじゃない。大志だとあなたに遠慮して本当のことを話すとは限らないし」


「葵さん。そんなことないですよ。要さんの授業は分かりやすいことで有名ですし。教える教科も保健体育と歴史ですし、抜かりはないですよ」


「なら安心したわ。」


「盛り上がっているところ悪いけど、小澤君から頂いたケーキもあることだしお茶にしましょう。」


リビングへと移動する一行。立て続けに事件が起きているため、大河はこれから防衛省に赴く用事がある。そのついでに省内の案内を広報官にさせる手筈となっている。ゆっくりと話せる時間は貴重であり、その為に働いているとも言える。


「そろそろ準備をしてくれ」


会話は弾んでいたが、案内をしてくれる広報官の都合もあるため少し早めに出ることにする。


「お邪魔しました」


「またいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」


苺と実継は楓にお礼を言って倉橋邸を後にする。大志達は大河を迎えに来た部下が運転する車に乗って防衛省を目指すのであった。


――中東――


男達は戦闘服に身を包み森を駆けていた。とあるPMCに所属する彼等は統率された兵士であった。アメリカ政府から依頼された内容は、虐殺が起きていると噂の紛争地帯での暗殺だ。要人の身辺警護もしたことのある彼らだったが、高い報酬がなければ依頼を受けることは無かっただろう。貧富差が大きい中東では、いつ餓死してもおかしくないような人間が多くいる。豊かな時代だった頃を取り戻そうとする懐古主義者が多くいるのだ。


住み慣れた土地を離れ異国の地で暮らす者も多い。確実な死を待つよりかはいくらかは建設的であり、才覚さえあれば億万長者になることも決して不可能ではない。石油が枯渇し、新たなエネルギーにとって変わられた現代において後進国から抜け出す事は苦難を伴う。人間は容易きに流れる生き物であり、他人から奪ってでも生き残ろうとする事は褒められた行為ではないが、現実がそれを許さない。


「隊長。ここも駄目です。既に略奪された後で犯人に繋がる物は見付からないでしょう」


「そうか。一度、隊の半分を休憩させろ。襲撃に備えて警戒を怠るな」


後、一週間さえ何事も起こらずに過ごせれば代わりの部隊がやってくる。そしたら大した娯楽がないこの国と違って羽を伸ばすことが出来るだろう。この部隊はノーマルとギフトホルダーによって構成され、武器も最新兵器を取り揃えている。各国の政府と太いパイプを持つのは、創設者が政界において強い発言力を持ち武器の製造を手掛ける大企業を経営しているからであった。


「早く国に戻って子供に会いたいぜ。報酬は良いが命懸けだからな。」


「確か子供は三歳だったな。俺は独身だが子供が成長するのは早い。こんな仕事早く辞めて家族を安心させてやったらどうだ。」

「危険なのは仕方がないだろう。そんな事を言ってたら外出する事も出来ないですよ」


実際に一年の大半を自宅で過ごす者は少ないながら存在する。欲しい物があれば自宅でワンクリックすればその日のうちに届く。仕事も職種によっては人に会わずに出来るものも多く一週間、先進国では外出しなくても生活できるのだ。


「ここでは無理だが、母国に帰ればいくらでも贅沢できるし安全だ。こう言っちゃなんだがここの治安は悪すぎる。子供でさえ銃を持っていて躊躇なく撃ってくるからな」


銃を持っている敵に対して呑気に説得している暇などあるわけがない。撃たれない為に撃つ。様々な思惑から派遣されている彼等であったが多くは、元軍人だ。中には特殊部隊出身者までいる。


「新入りお前はどうなんだ。」


「俺は目的があってトライデントに入ったに過ぎない。ここの現状には心を痛めるが、それ以上の感情はない」


「そうか」


色々な事情を持ったものが金を求めてPMCにやってくる。ギャンブルによって出来た借金を返すためであったり難病の子供を救う為にかかる莫大な治療費を払うためだったり様々だ。中には金にも困っていないにも関わらず戦場に立ちたいという理由からPMCに入社するものもいるが全体から見れば極一部の人間でしかない。


給金はいいが、負傷した際の保障は少ない。治療の期間は当然、給料はでない。自らの意思で戦場に立つため、一般の保険では補償されず割高な保険に加入するかいざという時のために貯蓄するかのいずれかだ。PMC各社は優秀な人材を確保するため躍起になっている。他社と差別化できる所と言えば人材と兵器くらいである。


認可を受けたPMCであれば所持自体は違法にならない。ただ日本では銃の所持が厳格に定められ、一般人が持てる訳もなく、警備員が銃で武装することなど有り得ない。そして正規軍から購入するのであれば、質が劣る事が多い。アメリカでさえ市民の銃の所持を認めているが、弾道ミサイルなどの所持は認めていない。一定以上の火力を持つ武器の矛先がいつ向かってくるか分からない状況など認められる訳がない。


法律的にも民兵として扱うかはグレーゾーンだ。国軍に所属する兵士に与えられる捕虜になる権利がないのが問題視されている。警察などの治安機構に逮捕された場合、通常の犯罪者としての扱いを受ける。自己防衛の為に相手を射殺した場合も状況によっては殺人罪に問われる可能性があり、母国は通常の犯罪者として扱う事を黙認する。


言うなれば、自国民の人間とはいえ犯罪者引渡し条約を結んでいる国であれば正当な権利の主張を拒むことが出来ない。リスクは大きいがリターンも大きく、軍務経験があれば優遇されるため社内での扱いは悪くないため所属していると言った背景だ。所属しているPMCが国内において発言力を持っていれば様々な利害関係から切り捨てることが難しくなり、それが社員を護るという事もあり得るのだ。


「ここからは治安が悪くなるスラム街だ。うちの社員も油断して何人かやられている。警戒を怠るなよ」


「「了解」」


武装した男達が入ってきた事で緊張感が高まる。どちらにとっても接触する事は好ましいことではないのだ。何も起きないであるのに越したことはない。


目標(ターゲット)視認できません。」


「分かった撤退する」


この辺りはノーマルの貧困層が肩を寄せあって生活している。既に親を亡くした者も多く、仲間が家族であり、結束は固い。


「やっと行ったか。何を探してるかは知らんが、こんなところに何のようがあるのだろうか。」


スラム街でリーダー格の少年は呟く。


「ここに被害がない限りは何もしないが、何かあってからでは遅い」


少年の心配の種は尽きない。仲間である年少の少女が何人か行方不明になっている。スラムの大人達が連れ去った可能性を否定できないが、一度なめられないように徹底的に報復したことから嫌がらせは減った。生きる事は常に戦いだ。他者を押し退けてでも生きる覚悟がなければ既に死んでいるという環境が人を逞しくしているのもまた事実だった。


「おい。そんなガキを連れてきてどうするつもりだ。」


「嬲って殺すにはもってこいだろ。ギフトホルダーだったら生き残る可能性はあったがノーマルに生まれたことを恨んで死ぬんだな。」


男の手にはナイフが握られており、眼は人をこれから殺す事に対する愉悦で興奮している。男達のアジトでは少女の叫び声がただ虚しく木霊しているのであった。


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