五十三話
大志は祖父である源三に頼みごとをしていた。ブループラネットのソフトを幾つか入手して貰うためである。孫に甘い源三とはいえ無制限に金を出すわけではない。
「じいちゃん。お願いがあるんだ。ブループラネットのソフトとVR機を幾つか用意してもらっても良い?」
「なんだ。大志いくら孫の頼みとは言え理由がなければ無理だ。わしが楓さんに大目玉を食らってしまう」
「理由は簡単だよ。自衛官になると決まった事はいまさらどうしようもないと思っている。なら出来る事を今しておかなければ駄目なんだ。」
少し考え込む源三。大志を普通の人が歩む様な平凡な人生を送らせてやれないことを後ろめたく感じている。超能力開発幼年学校に入学させたのも本人の為を思ってのことだ。父である大河も大分悩んだ。楓は大志が不憫でしょうがないと嘆いたが大志がトリプルホルダーだと分かった時には既に運命は決まっていたのだ。
「分かった。手配する。VR機は後進の育成の為にわし名義で学校に数台寄付しよう。」
決断したら手配するために何ヵ所かに電話をかける。
「数日もあればソフトとVR機の搬入も終わるだろう。VR機を子供に使用させる事を嫌う者も多いが必要な設備である事も事実だ。必ず説得してみせる。」
現役大臣である源三が決めたことなら他閣僚は余程の事がない限りは強硬策にでないだろう。そろそろブループラネット内で大規模アップデートがあることもあり新規購入者の抽選が行われる事は公開された情報だ。上手くやれば疑われる事なく数本であれば手にいれる事など源三にとって容易い事だ。大志は崇人や米田先輩と言った実力者を青田買いし自己の派閥に取り込む積もりだ。時代の流れに対応するためには多少の汚い手でも使うべきだ。それで護れる者たちがいるのであれば尚更だ。
「じいちゃんを説得出来たから後は父さん達のみか。これが一番厄介だが避けては通れない道だ。当たって砕けるしかないか」
お手伝いさんが食事が出来た事を告げにくる。弟と妹との久々の食事だ。話をするのは食べ終わってからでも問題ないだろう。
「大志兄さん。私も一緒にゲームをしてみたいです。」
「俺も」
食事中にマナー違反だと少し怒り気味の楓だが二人は余り気にしていない。
「そういう話は後にしなさい。食事を作ってくれた武田さんに失礼でしょう」
武田加代さんは倉橋家で長年勤めるお手伝いさんだ。源三の代から既に働いており、大志達を孫の様に可愛がっている。
「奥様。構いませんよ。久しぶりにあったのだから二人がはしゃぐのも仕方がないことですよ」
二人は既に超能力開発幼年学校に入学する事が決まっており、指導員の監視のもとギフトを発現させる訓練もしている。倉橋家の直系の者にしか発現しないとされているギフトは貴重な物だ。大河や大志は適性がなかったが双子の二人にはギフトが分割されて宿っていた。
しかもお互いにしか使えないとはいえテレパスも有しているダブルホルダーだ。日本としても貴重な能力を海外に流失させたくはないし育てればレベル八を越えるギフトホルダーが誕生する可能性がある。
何故に直系にしか発現しないギフトがあるのかは謎だが、ギフト研究者である楓は隕石に含まれた成分がそうさせているのではないかと考えている。大志には渋々、許可を出した楓だが二人には許可はださないだろう。
「多分無理だ。母さんが許可を出すはずがない」
「可愛い妹の為に何とかしようとは思わないの?お兄ちゃん」
「確かに真奈美は可愛い妹だが無理な物は無理だ。駄目元もで言ってみるのは構わないが、そもそもソフトが手に入らないだろう」
「おじいちゃんに頼むもん。可愛い孫の頼みごとなら断らないよ。」
実際、無理を承知で頼み込んだ大志だったが、源三は真奈美に甘い。孫の笑顔を見るために源三は手間を惜しまないだろう。頭が痛い話だが、ここで会話を切った方が良さそうだ。
「真奈美。もう遅いから早く寝ろ。憲治も部屋に戻って早く寝るんだ。友人は明日、紹介するから仲良くしてもらうんだぞ。」
不満気な真奈美であったが確かにもう何時も寝る時間を過ぎている。明日も休みとは言え、これ以上の夜更かしをしていれば母である楓が叱りにくるだろう。
「分かった。大志兄さんお休みなさい。」
「ああ。明日来る前に少し話が出来る時間があるから良い子にしているんだぞ」
――翌日――
大志は六時には起床して日課であるランニングをしていた。大河も大志のペースに合わせて走っているが息は上がっていない。大志は影響が残らない範囲で身体強化をしているのにも関わらず大河はギフトを発現していない。
「大志。もう少しスピードを上げても良いぞ。これでは訓練にならん」
大河に言われてスピードを上げる大志であったが、ペース配分は無理のない範囲で行っている。大志がギフトを発現しているのも大河が指導員の資格を持っているからであり、違法行為ではない。大河はチーム対抗戦で見た事はあるが実継と初めて会う。要から話を聞いているとは言え、直接会って話さないと分からない事も多い。要と葵も今日来ることだし、後は組手をして訓練で掻いた汗を流させる必要があるだろう。
「ランニングはここまでにするか。どのくらい成長したか見てやる。遠慮なくかかってこい。」
何かと理由を付けて超能力開発幼年学校を訪れていた大河であったが、公務中に大志と話をする訳にもいかず時間を取ることが出来ていなかった。四月に士官学校に入学する予定となっている生徒を見に来ているのだから当然だ。
生徒が緊張しない様に階級章がついた軍服でなく、スーツで訪れていたのもその為である。林檎の入学は何としてでも叶えて見せる。ヤタガラスも戦闘員だけではなく情報収集に特化した者や衛生兵も必要なのだ。薬効強化そのギフトを大志の為に使って貰いたいと考えるのは親のエゴだろうか。
元々、優秀な者が選抜され構成された部隊とはいえ信頼を置ける者で周囲を固めてやりたいと考えるのは大河の親心だ。力を持つ者には常に責任が付きまとう。とはいえ大志は普通の生活を望んでいたのだ。大河は楓に相談されるまでは大志が普通校の名門私立に入学したいと考えていることに気が付かなかった。
自分も普通の生活をしたいと考えていた時期は確かにあった。歳をとることでそんな当たり前の事を忘れていた事に自嘲したものだ。ダブルホルダーの自分でさえそうなのにトリプルホルダーの大志にはどんな未来が待っているのだろうか。
真奈美と憲治も普通の生活は送れないだろう。ノーマルであることも悪いことではないが、源三は苦労して今の地位を築いた。倉橋家の当主にはノーマルだろうが、ギフトホルダーであろうが関係ない。今の大河に出来ることは源三がしてくれたように大志にこれからの道を示すことだ。
それが倉橋家に産まれた者の義務である。そのため大志が望んだゲームをすると言う子供らしい要望を叶えることなど些細な事だ。逆に言ってしまえば親である大河が大志にしてやれることは自分の戦闘技術を叩き込む事と出来るだけ大志が望む様な環境を整えてやる事ぐらいしか出来ない自身の無力さを嘆いた。日本から移住しても移住先の国に良いように使われるので考えたくもない。ましてそんな道を大志に勧める事など親として出来ない。大河が自衛官を辞める時は大志が立派な自衛官となった時だ。退官したら源三の後を継ぎ政治家として第二の人生を歩む事になるだろう。平和に暮らしていけるのも日本という国があってこその話である。肩書きばかりで何の役にも立たないと自嘲しつつも大志を追い詰めて行く。
「脇ががらあきだぞ。」
大河の蹴りが大志の脇腹に突き刺さる。鉄芯が入った戦闘用シューズで放たれた蹴りは大志にダメージを与える。手加減しているとはいえ、大志は苦痛に顔を歪ませた。情け容赦のない一撃で大志は一瞬だが呼吸が止まる。その隙を大河が逃すはずもなく追撃の一撃が大志の意識を刈り取る。
「やべ。やり過ぎた。」
「要。氷を用意してくれ」
用意が良い要は既に氷嚢を持って駆け付けて来ていた。
「大河。子供に本気を出してどうする。しかも今日は生徒が来る日だぞ。」
「済まん。動きが良くなっていたから少しムキになった」
骨折はしていなかったが結局、三十分ほど気を失っていた大志。手当てはされていたが、内出血を起こしている。大河はというと説教中だ。
「あなた何やってるのよ。手加減しなきゃ大志が耐えられる訳ないでしょ。大志がいくら早熟とは言えまだ九歳になったばかりなのよ。」
「楓。分かっている。ギフトを発現してたら殺してしまったかも知れない事も自覚している。」
大河は親として自分に何が出来るのかと最近では悩んでいた。身を護れる様にするのは最低限の条件でしかない。きなくさくなっている情勢に焦りが無かったと言えば嘘になるだろう。まして双子の憲治と真奈美の能力は異質だ。護ってやれるとしたら大志に任せるしかない。当然ある程度は倉橋家と言う名が守ることになるだろうが手段は多いことにこした事はないのだ。
「あなた最近少し疲れ気味なんじゃないの?」
大河の変化に気付いていたものの打ち明けてくれること待っていた楓。確かに最近の大河はオーバーワーク気味だ。
「そうだが休んでもいられない。抑止力となっている俺がいなければもっと大規模なテロの標的になるかも知れないし子供達が安心して育つ国を残さなければならないだろ」
「人が出来ることなんて限られているわ。それに確実な未来はどこにもなく自らの手で掴みとるしかないわ。」
強靭な肉体と精神を持つ大河でさえ最近の情勢を憂いている。地位があることは負担にしかならない者もいるのだ。国に縛られているのが悪いことだとは思わないが、責任は大河を安易な道に逃げる事を許さない。大河は国枝に電話をかけることにする。
国枝は大河のよき先輩として導いてくれた。自衛官となることを決めた時も大河がその道を選ぶなら俺が先に入って指導してやると言って実際に入隊してしまった。
「国枝さん。相談があるんですが、今夜あいていますか。」
「どうかしたのか。今日なら平気だ。何時もの所で良いか。」
「はい。」
電話を切る大河。息子の友人が訪ねて来るのにはまだ時間がある。要にも夜に話したい事があると告げる。心配そうな顔をされるがお前の昔に比べたらまだましだと思う大河。
「兄さん。今日来る方達はどんな人なんですか」
「実継は理系の学生って感じで苺は自信のない女の子だ。」
実継は眼鏡をかけているが眼が悪いという訳ではなくMUCDである。片手を塞いでしまうと戦闘時に不利になるし油断を誘うためでもある。実継が持つ電脳は機械を通すことで真価を発揮するためかけているというのが建前だ。
医療の発達によってより簡単により安全に視力の矯正が行えるようになった。同じ電脳を持つ雄三は腕輪型のMUCDを使用している。一度、実継に理由を聞いてみたが参謀ぽくて良いだろと分かるようで分からない返答を貰ったことがある。
苺に関しては自信を持てとしか言えない。能力はあるのに周囲に遠慮して実力を十分に発揮できていない。性格さえ治れば所持しているギフトは有用だ。自衛官の全ての者が強者である必要はない。後方支援だって必要なのだから。
「苺さんは兄さんの彼女さんなんですか。」
「違うよ。あくまでも友人だ」
真奈美は重度のブラコンだ。兄に近づく害虫を見逃す訳にはいかない。
「そうですか。会うのが楽しみです。」
そう言って黒い笑みを浮かべる。実継と苺が来るまでにはまだ時間があり、母さんは迎え入れる準備で忙しそうにしている。痛む身体を擦りながら二人の到着を待つ大志であった。




