五十二話
「Sだと。そんな報告は無かったぞ。」
報告が無かった事に怒りを露にする新田。事件を担当し全ての情報に目を通したのだから報告がなされていない事に対して怒るのは当然だった。
「新田君。少し落ち着きたまえ。」
「失礼しました。滝本巡査。続きを頼む。」
「はい。報告しなかったのは突然の襲撃を受けて動揺し、聞き間違えたのだと思ったからです。聞き間違いでないと発覚したのは後日、内閣調査室の調査官による精神探査を受けたからであり、国家機密保護法によって情報の漏洩を禁止されたからであります。」
外務大臣である源三は政府に独自の情報網を築いており、内閣調査室もその一つだ。
「一般的にSと言ったら間諜を指す。政府とて一枚岩ではない。ノーマルの高官の中には佐藤大臣の様にギフトホルダーを嫌う者もいるのが事実だ。」
だからと言って情報を流すかと言ったら微妙な所だ。大臣などをしていればいくらでも利権があり、政治資金規制法に抵触しないかぎりは企業の支援を受けても問題はない。限度を守れば国民は黙認するしかない。その昔、号泣県議と揶揄された地方議員がいたが今の世の中では政治資金を私用に転用することは不可能だ。個人認証用ナノマシンを介してでないと政治資金は一切使用することはできない。発覚すると分かって法に触れる行動を取る者が議員になれるはずもなく、親の票田を引き継いでも一期の任を全うすることさえ不可能だ。そして秘書が知らないうちに勝手にやりました等と言う言い訳も出来ない。旭会と通じていると考えられている議員もいなくはないが公安の調査で否定されている。
「Sが人名を指しているのか、スパイを意味しているのかは今の所は調査中だとしか言えん。警察官が襲撃されたのもたまたまだという可能性は完全に排除できてない。」
「新田君。君に頼みたいのは警察内部に内通者がいないかを捜査することだ。」
新田からしてみれば、警察官に裏切り者がいない事を祈るが状況がそれを許さない。白井は白虎隊長として倉橋陸将補とも面識がある。逮捕した者が全てノーマルだったという事実を考えると今回の事件に失踪した白井とその部下は関わっていない可能性が高い。だが完全に関与を否定できる証拠もまたないのだ。ウロボロスのテロによって職を失い失踪したが、過激な思想に傾倒する可能性はゼロではない。
「分かりました。警察内部の事はお任せください。緊急連絡には何を使用すればよろしいでしょうか。」
大河は携帯端末を新田に手渡す。
「盗聴対策が取られた大臣専用回線に繋がる様になっている。盗聴の可能性は限りなく低いがこの暗号文を打電してくれれば情報を盗まれる可能性は更に低くなるだろう」
「分かりました。不審に思われてもいけないのでこれで失礼しても宜しいでしょうか」
「新田君には仲間である警察官を疑うという損な役回りをさせて済まないと思っている。何かあったら全力で倉橋家が君を守る事を約束させて貰う」
源三の力強い言葉を聞いて倉橋邸を後にする新田。彼にはやることができた。このまま直帰する予定だったが、静岡県警本部に用事が出来た。同期の伝を使って調べ物をするため車を走らせる。
「新田。何かあったのか。」
尋ねたのは、静岡県警本部に集約する情報を担っている明石警部だ。同期ということで新田に対して敬語を使ったりはしない男だ。本人もかなり優秀でこんな誰でも出来る様な雑用をするだけの仕事をさせるのは能力の無駄使いでしかなかった。
「まぁな。警察庁に呼び出されたのはお前も知っているだろう。調査不足を指摘されて再調査だよ。こっちだって暇じゃないのに背広組は暢気なものだよ。」
「お前も一応、背広組だろ。同期の出世頭だろうが」
「そうは言っても警視長になることは上木田長官の間はあり得ないだろう」
「叔父が警視監とはいえ大分、組織として硬直しているから望みは薄いだろうな」
新田の言っていることは間違いではない。上木田が警察機構の頂点である警察庁をを牛耳っている限りは、警視庁で権勢を誇っているとは言え、新田派に出来る事は少ない。前の警察庁長官は穏健派であり、優秀な人間が集まる新田派を重宝していたがトップが変われば組織も変わる。
実績よりも他人を蹴落として出世してきた上木田の派閥にはコネで実際の実力に似合わない職に就いている者が多い。自衛隊は何時の時代でも一貫して実力主義なのに対して警察は腑抜けていると批判される所以である。
「何が調べたいんだ。俺のIDなら大抵の事であれば調べられる好きに使っていい。」
明石は警備畑を歩んできたが、肩書きに縛られる様な男ではなく、上木田派に疎まれて、資料整理という窓際に追いやられた。明石をよく知る者は 警察を辞めるのではないかと危惧したが、明石自身が市民を一番身近で守る警察官であることに誇りを持っていた為に警察を辞めないでいる。
明石の様な警察官は多く中には辞めてしまった者もいる。自衛隊は能力があればそれが例え元警官であろうが優遇する。人員交流制度があり嫌気がさした警察官がそのまま自衛官になることも珍しいことではない。
新入隊員の様に半年に及ぶ訓練は避けられないが、その後は多くの者が三曹として遇され、中には尉官になるものもいる。警察官と自衛官は同じ治安を守るものではあるが、警察官が一般の犯罪者を相手にするのに対して、自衛官は大抵の場合、訓練された兵士を相手にする。殺らなければ殺されるのは自分であり、力を持たない市民だ。自衛官から警察官になるものも一定の割合でいるがそう多くはない。
新田は明石のIDを使用して早速、調べ物に入る。一連の事件の起こりは林檎誘拐事件であり、真相は謎のままだ。だが鍵はそこに必ずある確信めいたものを胸に秘めながら新田の戦いは始まったばかりであった。
訓練が中止になったことで参加者は倉橋邸で会議の席を設けることになった。大河はヤタガラス隊員から情報が漏れたとは考えていない。誰が情報を漏らしたか重要な事ではあるが、ギフトによっては全くの部外者が知る事も不可能ではない。
「内部の裏切り者は考えたくないが、あり得なくはない。」
通報者の身元を調べることと並行して行われたが、分かったことはないと言っても良い。簡単に分かるようなら既に誰かが疑問に思い追及しているだろう。長くいても怪しまれるので作業は捗らない。科学捜査研究所に持っていけば声紋から詳しいことが分かるかもしれない。音声は多くの情報を与えてくれる。伝はあるが上木田長官にこれ以上、警戒されるのは愚かだ。脳内で知人で適した人物がいないか検討しながらいつの間にか新田は夢の中へと旅立っていった。
――倉橋邸――
誰かが来訪したみたいだったが大志は自室に籠って調べ物をしていた。
「うーん。これだと苺の出番がないし、実継の能力を活かす事はできないか。」
時間ができたので装備の更新を含めて戦術の見直しを大志はしていた。重要なのは接近されないで敵を殲滅することにある。近接攻撃ができない訳ではいが、万が一がある。要はいとも簡単にキラーベアーと退治していたが現実世界でも鍛えてきた経緯があって初めてできる芸当である。ミテネ連邦に所属するギルド員が言っていたように初期装備に近い装備しかしていない大志達は要が近接戦でキラーベアを抑え込みその隙に銃撃することで何とか倒せた。要一人であれば、遠距離からの銃撃、近距離でのナイフ戦などとれる幅は大きい。プループラネットをプレイすることも訓練の一環だと考えている要は最初の頃はフォローしてくれるだろうがある程度、自分達で何とかできるようになれば基本的には監督するだけに努めるだろう。
対人戦では衛生兵である苺の能力は制限される。衛生兵は拳銃以上の火力を持つことができず、使用も正当防衛に限られるのだ。そのかわり、敵が衛生兵を殺害した場合のペナルティは重い。対変異獣では制限はなくなるが、そもそも衛生兵は戦闘向きの構成ではないため、純粋な支援職であると言える。
「苺が役に立つのは寧ろ戦闘以外でだ。継戦能力はいつ襲撃してくるか分からない敵に対しての備えになる」
実継は大志が選んだ司令官より多くの軍に影響を与えられる参謀を選択している。大志は未だ新米も良いところなので指揮下において活動出来るのは多くて五名だ。ジョブレベルが上がれば数万の軍隊を率いることも不可能ではないが効率良く統制するためには、参謀が必要になる。要はただ単純に必要になりそうだからと狙撃兵を選んだ。
ジョブによって与えられる恩恵は大きいが、リスクも大きい物となる。司令官の場合は生存していれば麾下の部隊に対してステータスアップの恩恵をもたらすが司令官が戦死すると部隊の士気は落ち、混乱や逃亡などのバットステータスに陥ることになる。
初級指揮官より中級、上級と範囲が広くなるほどリスクが大きくなる。一番の例が超長距離射撃が可能なスナイパーによる不可視の一撃だ。その一撃で混乱した所に急襲などされたらいくら指揮が出来る下級・中級指揮官がいても立て直す間に殲滅戦となり一兵も残らず敗退するだろう。
人気があり過ぎてソフトを入手出来ないことも問題だ。入手出来るのであれば学校の生徒を誘おうかと考えている。隆太もソフトを手にしていたがあまり興味がなく、押し入れの奥に放置されているとの話だ。正規で購入すれば一万五千円だが、ネットオークションで購入しようとすると五万円では利かない金額になるのだ。
政府がスポンサーになっているし校長は色々な所に顔がきく時任だ。正規のルートに乗らない物を学校の優秀な生徒に与える理由もある。ゲームとはいえ優秀な人間が多くプレイしている。優秀な者が優秀な者に教え導かれる事で能力を開花させる事を狙っているのだ。
「実継は士官学校入学を目指しているけど苺はどうなんだろう」
そこが問題だ。苺なら後方支援が向いているのはまちがいない。大志や実継と同様に士官学校を目指しているなら要は協力を惜しまないだろうが本人の意思が無くては意味がないのだ。科が別れるのはまだ先だが一度、苺の意思を問いただす必要があった。
まだ不透明な将来の話だが、必ず選択しなければならない時は必ずやってくる。その時に迷えば良いと考える人もいるかもしれないが、そうなった時には遅いということも多い。子供には無限の可能性があるが成長するという事は可能性の幅を狭めて行く事に他ならない。誰だってスポーツ選手やアイドルになれる可能性はあるが、成長するともに自分の身の丈にあった選択を迫られ、夢を諦めていく。苺のギフトがあれば充分、自衛官としてやっていく事は可能だ。後は苺の意思次第である。
「取り敢えず隆太君をブループラネットに誘うしかないか。」
戦闘が出来る人間は貴重だ。柳の息子で長子である隆太は柳一刀流の一子相伝の技も習っているに違いない。ギフトに似たスキルも存在しており何もかもが現実に即している。開発者の謎は深まるばかりであるが利用できる物は積極的に使うべきだ。
大志は例えゲームだとしても手を抜く積もりはなく、ギルドを立ち上げ惑星を支配することを夢見ていた。現実のお金にもなり自身を成長させてくれるまたとない機会だ。現実世界では自衛官となりくにを護ることに不満はない。出来るのが自分しかいないのであれば尚更だ。大志にとってブループラネットが第二の現実になる日は近い。それが良いことなのかは別として大志も選択を迫られているのかもしれなかった。




