五十一話
――警察庁庁舎――
新田は、警察庁長官に呼び出されて不機嫌な様子だ。上木田長官とは派閥が異なり、先に起こった日本を標的としたテロ事件さえなければ上木田が、長官になることはなかっただろう。上木田の命令によって警察庁から静岡県警に出向させられた新田からしてみたら無能なお前にだけは言われたくはないといった心境だ。
「新田警視。報告書は読ませてもらった。犯人を拘束したのも自衛隊で身柄を引き受けたにも関わらず、情報が引き出せないとはどういうことかね。」
刑事犯に対して精神感応系のギフトホルダーによって得た情報は、裁判において正式に証拠として採用されるが、裁判所の許可がないと証拠能力が認定されない。相手がウロボロスとは無関係なノーマルで構成された団体ということもあってか裁判所は許可を出すのに慎重に協議しており、結果がだせないのは新田のせいではない。
「取調官による通常の取り調べは行っていますが、どうやら一般人も混じっている様子です。行方不明になり捜索願が出されていた日本人も確認されております」
「それは分っている。」
上木田は短気な性格から自分の思うようにいかないやつあたりとして新田を呼び出したに過ぎない。机を叩いて威嚇しているが、どうしようもない性格だが警察庁長官はこの男だ。警察官を辞められない理由がある新田としては、嫌々ながらこの上木田が望む結果を出す必要がある。
「白虎隊隊長をしていた白井警部は確か新田警視の幼年学校時代からの知り合いだったな?白井を匿っているのはお前なんじゃないか?」
既に新田は公安による調査を受け身の上の潔白を証明している。今、一番心配しているのは弟の様に白井を可愛がってきた新田を除いたら肉親ぐらいしかいないだろう。だが白井は失踪する前後から連絡をとっておらず両親からしてみれば驚愕するしかなかった。
「公安の調査によってその可能性は否定されたはずです。私が白井の事を思うなら、身柄を拘束して馬鹿な真似を起こす前に自分で止めて見せます」
「わかった。東京までわざわざ呼んで済まなかったな。静岡の干物は美味いらしいじゃないか。今度送ってくれ。」
退室する間際にも嫌味をいう上木田。査問として呼ばれているのであれば、新田に味方する者も多いので、報告という形で面会することを許可した上木田の小賢しさに頭にくる新田であったが今はそんなことを考えている場合ではない。何故か上京することを知った自衛隊幹部である倉橋陸将補その人に内密な話があると呼び出されている。呼び出されたのは警視庁警備課が警護する倉橋邸をわざわざ指定してきた。警備を担当している者は新田が良く知るもの達であり、密告されるリスクはないと判断されたのであろう。
倉橋邸に到着した新田であったが、事前に連絡を入れていたにも関わらず、警官による誰何を受けた。警察手帳を提示し、身分を明かすと警察官は黙って門を開けてくれた。見たことのある顔だなと考えた新田であったが、先方をこれ以上待たせる訳にもいかないのでそのまま車で入る。
案内され一息ついた新田であったが本題はここからである。出されたお茶は一口、口をつけるだけに留め、大河が来るのを待つ。
「お待たせして申し訳ない。ご存知かと思いますが外務大臣をしている父、源三です。」
親子であることは国民であれば誰でも知っている様なことだったが、大河だけではなく現役の外務大臣が出てくるとは思わなかった。着用が推奨されてはいるが公務中の警察官がGIDを着けることはまずない。何かあった時に臨機応変に対応できるように自らのギフトを素早く発現できる様にしておくのだ。慌てて敵意がないことを示すように腕輪型のGIDを装着しようとした新田であったが大河に止められた。
「新田警視。GIDは装着しないで結構です。あなたに敵意があるとはこちらは考えていません。」
門を入る際にも、SPによる身体検査を受けなかったギフトホルダーだろうがノーマルであろうが大河がいるこの場所で源三を害せるものは少ないという判断でそれは間違いではない。落ち着きを取り戻した新田は本題である何故、自分が呼び出されたのかを問うことにした。
「ついて早々で申し訳ないですが、本題に移らせて頂いても構いませんか。報告の為、上京したとはいえ警視である私には山の様な仕事が待っています。」
源三は徐に口を開く。
「所属不明の勢力により警察が襲撃されたことを君はどう思う。」
少しの間を開けて新田は問い質された事に対して持論を述べる。
「間違いなく、演習で毎年ヤタガラスが来ることを知っていた者による犯行でしょう。静岡県警に属する者であれば公開された情報ではありますが、一般人には公開されていない事です。警察内部に協力者がいる可能性がありますが同じことが自衛隊にも言えます。」
「そうだ。それを基にして自衛隊の内部調査を行ったが不審に思われる事柄は出て来なかった。旭会に所属する者が隊内にいないとは考えにくいが入隊前の素行調査で引っかからないことを考えると上層部は問題がないもしくは対処できる範囲内だと判断したのだろう」
「警察官になるためにも素行調査は行われます。危険思想を持つ者は警察官にはなれません」
確かに警察官も自衛官も素行調査は徹底的に行われる。警察は特に市民の身近な存在として問題ある者が警察官になれない様に気を配っている。自衛隊ではギフトホルダーに対しては執拗とも言えるような徹底した調査が行われる。士官学校に入学できる者はその条件を満たした者だけであり、銃の訓練前には再度の精神調査が精神感応系のギフトホルダーによって行われる。自衛隊の銃の管理は徹底しており、生体認証をしたものではないと使用することは不可能だ。更に定期的にチェックが入るので問題行動を起こす前に自宅謹慎となるか銃を持たない内勤に回されるかのいずれかの対処がとられる。
必ずしも警察官や自衛官が協力しているとは限らないが警戒するにこした事はない。魔法使い級のハッカーが情報を管理するサーバーを痕跡を残すことなくハッキングしている可能性もあり可能性を考えたらきりがない。
「富士山の麓での襲撃事件は非公開になったのは既に知っていることだと思う。」
「はい。どの組織に所属しているかも分からない人間に襲撃され負傷者を出したなど公開できる訳がありません。それには警察庁内でも異論はでなかったと聞きます。」
「上木田くんは他人の失敗なら喧伝するかも知れんが自己の失敗を公表する訳がない。大した能力もないのに他者を蹴落として長官になった様な男だからな。」
「辛辣ですね」
苦笑することしかできない新田であったが、源三が放った一言は的を得ているので反論しようがない。他閣僚の管轄とは言え、名門である倉橋家は他方に顔が効くため情報収集に抜かりはないのだろう。
「ゲストを呼んでいる入ってきたまえ。」
入ってきたのは制服に身を包んだ警察官であり、新田が倉橋邸に着いてみたことがあると考えた警察官である。
「もしかしたら新田くんは知っているかも知れないが、富士山襲撃事件において最初に犯人達と遭遇した滝本巡査だ。」
彼を呼んだのは源三であり、警視監をしている県警本部長に呼び出されたとあっては巡査である滝本に拒否権などある訳がない。滝本巡査も尊敬している巡査部長が負傷したことで動揺し、真相が分かるのであればと思い命令に従った。所属も源三の推薦によって静岡県警交通課から警視庁警備課へと異動になり、SPとして外務大臣である源三の警護に今後あたることになっている。
当然ノーマルで新卒巡査でしかない滝本の異動を不審に思うものもいたが、彼はノンキャリアであるが彼の実家は代々、警察官僚を勤める家であったため表だって文句を言う者はいない。中曽根の懐刀と呼ばれ現役の大臣の意向に表立って異を唱える事が出来る者は皆無だった。
「私は滝本巡査です。事件に遭遇し、襲撃を受けた身でもあります。」
新田は見たことがあるはずだと思った。重体となった巡査部長に警察は目が行き勝ちではあるが、確かに滝本巡査はその場に居た。最初の襲撃に遭遇したのは彼とその上司であった巡査部長しかいないのだから事件を担当した新田の記憶に残っていても不思議ではない。パトカーは防弾仕様となっているが予算の関係もあって拳銃は防げてもライフル弾は防げない。安全に気を配ることを忘れない椎名の性格もあってクラス三の防弾車を指揮車として使用した大河であったがもし通常の防弾ガラスであったら銃弾が貫通し少なくない犠牲者が出ていたことは間違いないだろう。
「そうか。君が滝本巡査か。無事で何よりだ」
キャリアかノンキャリアかで他人を見下す事は新田の性格からしてあり得ない。部下が有能であればそれが例えノーマルであったとしても使うのが新田の信念でもある。良くも悪くも実力主義なのだ。
「光栄であります。」
緊張するなと言う方が無茶なことではあるが滝本が見聞きしたことは事件の核心に迫る大切な鍵となる。
事件の発端は女性の声で入った不可解な通報から始まった。予知のギフトを有しているギフトホルダーだと推測されているが巧妙に素性を隠しているため、分かったことと言えばそのぐらいである。機械を使用すれば声を変えることも可能だ。何故、予知を有しているか判断されたかというと通報された音声は警察指令センターに保存され、虚偽の報告があった際には、逮捕する為に使用されるからである。
警察庁の分析官が解析したところ声紋が、道庁人質事件で通報してきた者の声に酷似していたことが決め手となった。調査の後に判明したが分析官が優秀なこともそうだったが世論で批判を受けていた警察が信用回復に努めた結果でもある。
一番近くを巡回していた滝本達に指令がおり、念のために調査をするために派遣された。その結果が襲撃であり、第一通報者である人物の調査が行われたが、判明したことは少ない。テロリストの一員だと主張する者もいれば、低レベルのギフトホルダーであったため名乗らずに通報したと主張する者もいる。一連の事件を紐解く上で重要な位置を占める人物であるが未だ特定には至っていない。
警察は通信会社に情報公開を迫ったが、裁判所の令状がないため拒否された。通常の事件とは異なり、日本を標的にしたテロリストに迫る鍵となる可能性は高かったが、人の人生を左右してしまう決断を司法関係者が渋ることは仕方がないことだ。検察官に起訴されてしまえば、九割以上の確率で有罪判決が下される。検察から提示された情報を基に裁判が進められ被疑者には弁護士をつける権利があるとはいえ国選弁護人の能力はたかが知れている。有名な弁護士を雇うにはそれなりの財力がいる。滝本巡査の放った一言は波紋を広げることになるが本人は気が付いてなかった。
「Sって誰でしょうか?」




