五十話
「木野三等特尉。悪くない判断だったぞ」
そう誉めたのは柳だ。
「うちの連中が反応が遅れるなかで、君だけが対処できた。相手の脅威度をはかり損ねた俺のミスだ済まなかったな」
「いえ。命令に従って後方待機していたからこそ気付けたのだと思います。」
「一度、本隊に合流するぞ。」
部下達を纏めて撤退する。
「隊長。こちらでは戦力が足らず一度、撤退します。」
「了解。戦力はどうだ」
「素人ですね。しかも明らかに銃に慣れていない集団でした。何人かはそこそこ戦えるみたいですが、戦場には立ったことはないでしょう」
「そうか。敵に背を向ける撤退は難しい。へまするなよ。」
「了解」
通話を終えた大河は今、得た情報を国枝へと伝える。警察では対応できなかったのは油断していた所を狙われたからだろう。取り敢えず増援さえ到着すれば、難なく制圧できる。
一方、大志達を預けた椎名は大河と合流するため移動していた。殺気に反応して咄嗟に身を屈めたが、跳弾が脇腹を掠める。
「くそ。ドジったか。」
悪態をつく椎名であったが、事態が好転するわけではないので、鎮痛剤と止血用ナノマシンを投与してこれ以上は悪化しないように、手当てをする。数を撃てば当たると言わんばかりに銃弾をばら蒔いているがそこには椎名の姿はない。
「隊長。すみません。跳弾を受けて負傷しました。動けない訳ではありませんが無理をすれば長期入院は避けられないでしょう」
「それでもヤタガラスの隊員か。単独でいたところ襲撃されて仕方がないかも知れんが直ぐに合流ポイントまで自力でこい。回収の為に隊員は割けん。」
「了解」
海外で非合法活動をしている男達は、手を出してはいけない相手を怒らせてしまったことを後悔していた。パトカーを襲撃した所までは順調に進んでいたが、相手が反撃をしてきてからは徐々にではあるが戦力を削られている。日本人に大金を積まれてやむおえなく受けた依頼だが、前金として半額は既にもらっているため依頼を完了するまではこの場を離れる訳には行かない。
男の弟はグレネードで反撃しようとした所で手を撃ち抜かれてそのまま倒れ込んだ為、無事ではいないだろう。私怨ではあるが弟の仇討ちをしなくては気が済まない。一時撤退をしたみたいだがこちらを全滅させるまでは敵も攻撃の手を緩める事は出来ないだろうから仇を打つ機会はやってくるだろう。
依頼を未達のまま、逃げることはあり得ない。そんなことをしていたら狭い業界なので依頼主が現れることがなくなり組織として緩やかな死が待っている。どうせ死ぬのであれば、一矢報いてから死ぬのも悪くはない。
元々、野垂れ死ぬ所を拾われてこんな仕事をするしかなくなった連中だ。ギフトホルダーを部隊に入れるなと依頼主からの指示がなければ、もっとこちら側に有利に事を進められたはずなのである。組織もリスクは大きくリターンが少ない今回の依頼を新人研修の絶好の機会だと考えて、銃をまともに扱った事もない素人ばかりで対応させる積もりだ。
歴戦の兵士は平和惚けしている日本には過剰な戦力だというのは理解できるが、怪我から復帰したばかりで感覚を取り戻していない者に新人を監督させようとしたのだから本当に依頼を達成するつもりがあるのかは疑問だ。死地であることは間違いないし、相手は統率された軍隊だ。勝ち目がないことを自覚しながらも死地へと舞い戻る男達の姿がそこにはあった。
指揮車で作戦の推移を見守っている大河はパトカーのサイレンの音に気が付いた。椎名が所有している車ではあるが、いまは自衛隊旗を掲げ所属を明らかにしている。パトカーもそれに気付いた用で国枝から聞いていた部隊だと気付いたのだろう。
防弾盾に身を守られながらいかにもキャリアですと言わんばかりの風貌をした男が、車に乗り込んでくる。
「スナイパーが確認されていないとはいえここも安全ではありません。無茶はされない方が良いかと愚考しますが。」
「冗談は時を考えてしてもらいたい。指揮官の倉橋陸将補であられますか。」
「そうだ。現場指揮を国枝大臣に命令され、非番であるのにも関わらずかりだされた。」
「富士山で訓練ですか。毎年の事とは言えご苦労なことです。紹介が遅れましたが、私は新田で階級は警視です。簡潔に述べます捕らえた犯人を引き渡して貰いたい。」
「生憎だが、多勢に無勢だ。隊員はGID拘束はしたみたいだが、撤退を優先させたため放置してある。勝手に回収する分には文句は言わないが責任はちゃんととれるんだろうな。」
「それで結構です。こちらも警官が重体になっている以上は警察の威信がかかっています。道庁人質事件が起きて間もないのにこれ以上の失態は犯せません。」
テロを未然に防げなかった警察と自衛隊は批判を浴びたが、自衛隊が突入する前に現場指揮を執る警部が強行突入を図ったこともあって警察は批判の矢面にたたされた。幹部が引責辞任をしたことで批判は収束していったが本当に責任をとるつもりであれば辞めるべきではないと大河は個人としては考えていたが、日本の慣例でもあるためどちらにしろ辞任は避けられなかっただろう。
辞めた幹部はきちんと退職金を受け取っているのだから殉職した警察官の感情悪化も仕方がない事である。減額されているとはいえ要職に就いていた幹部の退職金は一千万円を越えるだろう。全国の警察官が善意による寄付をしたとされているが、金額はたかが知れている。
「我が自衛隊は批判が少なかったとはいえ本来なら出なかったはずの犠牲者が出てしまった事を遺憾に思います。しかし、過激派として知られているテロリスト共は爆発物によって悪戯に人質を殺害したと聞いています。私が指揮官でも突入は躊躇わなかったでしょう」
「現場指揮を執った白井警部は現在は行方が分かっていません。正義感の強い男でしたから何かをしでかす前に居場所を特定するため警察は躍起になっていますよ。」
「自衛隊に入ってきた情報は確かだったのか。実力があり部下に慕われていたのであれば確かに心配ですね。」
ここでの用件は終わったと言わんばかりに警察官に護られながら辞去する新田。警察との連携も確かに重要ではあるが、制圧する実力は自衛隊の独力だけで十分だった。現に五名と少数ながら相手を圧倒し、柳達は捕虜を一名だけ選別して捕らえている。必要な情報源を確保しているからこそ余計な人員を割く訳にはいかない。
ジュネーブ条約で守られるのは国軍に所属している者だけであり、PMCに所属している傭兵は戦死者にも含まれない。アメリカは世論の批判を避けるために大手PMCと専属契約しているが日本には警備会社はあっても国内においては火器の所持が違法行為となるため火器を保有しているPMCは存在しない。中には海外で法人化してPMCとして活動している会社もあるが十指にも満たない数しかないだろう。増援が到着したところで衛生兵に椎名を任せて包囲戦に入る。練度の低い部隊を制圧していくのは最早、作業といって差し支えがないほどだ。背後関係を洗うにしても制圧することは必須だ。
「周囲は完全に包囲している。悪いようにはしないから大人しく投降しろ。」
「こちらも仕事なんで無理な要求だな。人形の中には一般市民もいるぞ。」
自衛隊は民間人に被害が出ることを嫌う。暗示を受けた人間は確かにいるが全員がノーマルでギフトホルダーはここにはいない。
「そういうのであれば容赦なく対応させて貰う」
実弾から麻痺弾に装弾しなおしているが対人用ではないので下手をすれば心臓麻痺が死因となる事もあり得る。実弾よりかは危険性が少ないというだけで立派な殺傷兵器である。
麻痺弾は着弾すると同時に高圧電流を流す。熊や猪などの野性動物を捕獲するために使用するのが本来の使い方である。応援部隊に持ってこさせたのも相手を制圧するのに有効だと大河が考えた為であり、狙撃手は実弾を使用する手筈になっていた。
「柳。部隊を率いて後方から急襲しろ。前面はこちらで引き受ける。」
「了解」
要は犯罪を犯したギフトホルダーを逮捕する権限を持っており、超法規定行為に該当するため戦闘に参加することは可能だ。例え逮捕した人間がギフトホルダーでなかったとしても捕まえてみないと分からないため、ノーマルを捕まえた場合は私人逮捕となる。
「遠慮なくやれ。」
大河の命令を受けた自衛官は一人ずつ戦闘能力を奪って行く。多少の負傷者は出たが中国製のコピー武器を使用しているためか射撃精度はそこまで高くはない。グレネードを使ってきたことから防爆仕様の盾も用意され、一人ずつ制圧して行く。最後の一人は最初に降伏勧告に対応した男だ。C四爆弾を体に巻き付け既に起爆スイッチに手をかけている。大河は部下に狙撃命令を下す。
「絶対に外すな。一発で仕留めろ」
射撃のギフトを持つ隊員はヤタガラス隊において並ぶ者がいない凄腕だ。狙いを外すことはなく。頭から血を流して倒れる。倒れた拍子に起爆スイッチを押さないように素早く体を支えるヤタガラス隊員。
「作戦終了。後は警察に任せて訓練に戻るぞ。余計な時間を使ったから時間は少ない。生きて帰れるといいな。」
訓練が中止になると思い込んでいた参加者は少し憂鬱そうだ。命は誰にもひとつしかないし。実戦に勝る訓練はない。
「椎名が負傷したから一名欠ける。誰か暇な奴はいないか」
代表して一名が答える。
「倉橋陸将補。我々は任務中です。残念ですが中止にされた方が賢明かと。大志くんと隆太君も警察が保護しておりますので身元引き受け人である陸将補がいないと警察署からでることは出来ません。」
「なら今回は延期にするか。」
指摘した一般隊員に良くやったと視線を向けるがここで引き下がる大河ではない。
「ならテロ対策の為に予算を貰って中隊規模で訓練するか。必要な事だし国枝さんも断らないだろう。貴官の所属・官名を名乗れ。良く動いてくれたから訓練をつけてやろう。」
「大河そこまでだ。楓さんに事情を説明しないと明日の朝日を拝めるか分からんぞ。」
「やべ。楓を怒らせると命の保証は出来ないからな。大人しく帰るとするか。ヤタガラス隊員であればいつでも訓練できるしな。」
ほっとする一般隊員。倉橋陸将補の訓練は厳しい事で有名だ。確かに実力は上がるだろうが、訓練に耐えられるだけの体力がなければ話にならない。こうして所属不明勢力からの襲撃は負傷者こそだしたものの無事に解決したのであった。




