四十八話
~横須賀基地~
木野鶇、三等特尉は突然の出頭命令に戸惑いを隠せないでいたが命令を無視する訳にはいかないので指令部へと出頭していた。
「失礼します。」
「入りたまえ。」
指令部には、一等特佐をはじめとする幹部が勢揃いしており、その中には父である雄三もいた。
「三等特尉。君の自衛官としての経歴は一度、抹消される。いいたいことは分かるな?」
特殊部隊への異動か懲戒解雇になるときしか経歴が抹消される事はあり得ない。鶇は優秀な成績で士官学校を卒業し、不祥事を起こしていないので、前者に該当する。無論、鶇には配属を拒否する権利などあるわけもなく異動は既定事項だ。
「木野二等特佐は青龍への異動を進言したが、ヤマタノオロチの隊長である柊三等特佐が君を欲しがっており、優秀な人材は確保すべきだと私は考えている。」
発言したのは海野海将補だ。
「そこで一度、両隊への訓練に参加してどちらの隊に入隊するかを決めて欲しい。」
「了解しました。」
海野海将補は鶇からしてみれば雲の上の様な存在であり、普通であれば面識を持つことは不可能だが、海自の重鎮である木野家の人間であれば大抵の幹部とは面識がある。
「他の者は退出し、木野二等特佐と木野三等特尉のみ残りたまえ」
他の者は席を外し、秘書官すらも部屋の外からだされる。
「鶇。見ないうちに大きくなったな。突然、災害派遣に志願したかと思えば、立派な顔をするようになったな」
「おじさん。父がこんな性格をしていますから子である私にも遺伝したのでしょう。それが木野家の男児たる気風というやつです。」
「二人に話したいのは本家の林檎ちゃんについてだ。精神操作された形跡は今のところ見つかっていないが、万全を期さないといけない自衛隊において林檎ちゃんは爆弾となりかねない。」
「父から聞いています。陸自の倉橋陸将補をはじめとして士官学校に入隊させるべきだと主張してはいますが、空自の幹部達は難色を示しているそうですね。自分としては林檎の志を折ることなどしたくはありませんが。新米三等特尉である自分にできることはありません」
「鶇。強力な味方はいる。倉橋陸将補と知己である国枝防衛大臣は入隊に反対していない。寧ろ擁護してくれてさえいる。海自の中でしか発言権のない我が木野家とは違って倉橋家は代々、続く名家だ。政治の事は干渉したくはないが、そうも言ってはいられない。」
雄三は懐から一枚の紙を取りだし鶇に渡す。
「これはヤタガラスからの招待状だ。倉橋陸将補をはじめとする猛者達からの挑戦状とも言える。他の者が居たからあえて言わなかったが、ヤタガラスも入隊を打診してきた。陸自の特殊部隊が海自の隊員を勧誘するなど異例の事だが決めるのはお前自身だ悔いのないようにしろ」
特殊部隊員に成れるというだけで全自衛官から羨望の眼差しで見られることになる。訓練は厳しくついていけない者は、容赦なく切り捨てられる。
「お前は会ったことはないかも知れんが、倉橋陸将補の息子である大志も参加するようだ。苺と同い年で懇意にしているらしい。誘拐事件でも非公式に協力し、成果をだしている。改めて礼を言っておいてくれ。」
退出した鶇は気疲れしていた。いずれは特殊部隊員になりたいと考えていたが何の実績のない自分が推薦されたのかは謎だし、毎日の訓練を欠かしていないとはいえ、特殊部隊員からしてみれば準備運動にもならないだろう。
受け取った辞令書をなかったことに出来ないかなと考えてつつもチャンスであることは間違いないので活かすも殺すも自分次第だ。鶇が特殊部隊に入隊するのもきなくさくなって来ている情勢に対して先手を打っているだけに過ぎず、中曽根が本気でウロボロスを潰滅させるためには必要なことだと考えたうえでの行動だ。
いくら危険な思想を持っているウロボロスでも犯罪を犯していない時点では、所属していても罪に問うことはできない。共存が出来ないのであれば隔離するか滅ぼすしかとれる手段はない。人間にとって地球以外の惑星では生きるだけで困難を極めるが唯一の例外がある。それは火星だ。
火星移住計画によって少しずつだが人が住める様にテラフォーミングされてきた。今は宇宙飛行士により、人体に害がないかを確認中である。数年から数十年の時間を置かなくては実際の健康被害などは分からないが、もし住むのが死刑囚だったらどうだろう。
司法取引をすることに反発を抱く人間は多く出るだろうが、増えすぎている人類を養うには今の状況では負担が大き過ぎる。地球が死の星になってから行動しても遅いし、今の科学技術を持ってしても人工的に人類が生きていける場所を作るのは既存の惑星を利用するので精一杯だ。一般人には秘匿されている情報で科学者のなかでは定説となりつつあるのは、人類とは別に高度な知能を持つ知的生命体の存在である。
地球に人類がいるように宇宙は広い。どの様な過程で発生したかはまだ謎に包まれているが、原始生物がいれば、哺乳類が誕生し知能を持つことは不可能ではないだろう。環境が異なれば進化の過程も異なり地球より遥かに発展した惑星があっても不思議ではない。超伝導コアもその文明が産み出した可能性があるのだ。一人の天才が基礎研究理論を固め、VRゲームに使用されている基幹システムのように開発されていた可能性はあるが、明らかなオーバーテクノロジーであり場違いな工芸品に分類されるものだ。
核の危機に曝されてはいたものの文明は滅んでいない。人類最悪の兵器と言っても良い核だが、危険はあるが再生可能エネルギーとしては優秀である。超電導コアは人が産み出すには数百年は時間がかかりそうなものだが理解してしまえばこれほどシンプルな構造もないと断言できる代物だ。無重力下で使用されることを前提に作られてはいるがある程度までは重力圏でも使用できる。地球より重力が軽い惑星で開発されたと考察されているが本当のところは確かめる術を持たないため謎に包まれたままである。
――倉橋邸――
「よし。出発するか」
ヤタガラス隊員は現地集合するが、要は近所に住んでいることもあって一緒に出発する。今回の目標は富士山である。護衛任務を受けたと想定して、隊員が潜む山の中を護衛対象を護りつつ 踏破しなくてはならない。護衛対象は勿論、大志であるが今回は鶇も対象となっている。
「要さん。今回が初めての人もいるみたいだけど明らかに特殊部隊員ではないよね。新入隊員なの?」
「大志。彼は木野二等特佐の子息の木野三等特尉だ。士官学校を卒業したばかりだが、なかなか見処のある青年らしい。」
「ギフトホルダーは見た目で判断することは出来ないけど。木野二等特佐に似なくて良かったね。」
「こら大志。鶇くんに失礼だろ。今回の合宿も入隊テストを含めての訓練だ。陸自とて一枚岩ではないがテロの際に意見が割れていて国民を助けられませんでしたでは話にならないだろ。人員の交流をしてこそ意思疎通もしやすくなるものだ。今回も手加減はしないから死んでこい」
「いやだよ。今回も死なない程度には頑張るけど。まだ九歳だってこと覚えているのかな」
九月に誕生日を迎えて大志は九歳になっていたが、まだ十年も生きていない少年に課していい訓練ではないが、大河は都合良く忘れることにする。
「九歳なら充分じゃないか。訓練メニューを増やすか。」
「笑えない冗談だね」
大河の眼は真剣そのものでそれが冗談でないことを物語っている。
「楓から医療用ナノマシンを預かっている後で鶇君にも渡しておけ。」
情勢が悪化している中で楓の行動は決して過保護という訳ではない。寧ろ大河が放任主義が過ぎると言っても良い。
「分かった。ちゃんと渡しておくよ。」
富士山までは流石に距離があるので車での移動になる。毎年恒例の訓練とは言え私用なので公用車ではなく、自家用車での移動になる。
ドライバーは椎名が務めその為に倉橋邸に車で来ていた。頑丈が売りの武骨な車だが、防弾仕様になっており、同乗者の安全は保障されている。襲撃がないとも言い切れないので火器が積み込まれている。スナイパーライフルのように精密射撃は出来ないが数十メートルであれば的を外す事はないだろう。
大河ほどの重要人物になれば、いつ狙われるか分からないので携帯許可が出ている。ヤタガラス隊員である椎名は護衛という訳だ。
「本当なら銃なんて要らないんだが国枝さんが持っていけって押し付けられたんだよな。GID錠とCGIDは流石に持ってきたが、それ以外は邪魔になるんだがな。」
国枝の過保護ぶりに辟易する大河。尊敬する先輩とはいえ少し度が過ぎていると考えている。ナイフ一本で熊と戦える人間にはそれで充分かもしれないが殆んどの人間には不可能な芸当だ。敵対勢力が重火器を使用してきた場合なすすべもなく殲滅されることは誰でも予想できるだろう。
大河からしてみればただ携帯許可をとるのが面倒だと理由の方が大きいが。自衛隊の備品である銃は基本的には基地内もしくは駐屯地内で使用されるものだ。当然、射撃訓練で使用した銃弾の数も国に報告する義務がある。北海道でテロリストを射殺した際にも辺り一帯を封鎖して銃弾の回収と現場検証を行った。
作戦指揮官となった大河は書類整理に追われ息抜きは査察と言う名の訓練参加のみであった。まだ全ての書類を処理した訳ではない。膨大な書類は指揮官は敵より多くの書類と戦っていると揶揄される程だ。
「楽しい訓練の始まりだ。大志、許可をとってあるからギフトを発現しても構わないがエリアには気をつけろ。警官に介入されて中止とか話にならないからな」
「父さん。分かってて言ってるでしょ。要さんが何とかすると思うけど鶇さんは戸惑うはずだからフォローしてあげてよ」
「俺を誰だと思っているんだ。気配りの達人だぞ」
「はいはい。そうですね」
鶇は要と話し込んでいた。椎名は運転に集中して会話に参加していない。椎名は一度、休憩を入れるためにパーキングエリアへと方向指示器を操作する。大志は油断していなかったが、初参加である鶇は既に訓練が始まっていることを知らないのであった。




