四十七話
ログアウトした大志は凝り固まった体をほぐす為にストレッチをする。VRゲーム中は意識が肉体を離れ無防備となる。寝ているとの変わらないが脳の信号を無効化しているだけで実際に寝ている訳ではないので睡眠や食事は必要となる。
休校日である土日しか満足なプレイ時間を確保できないが元々、息抜きの為に始めたので問題ない。3日間の連休が控えているが、大河に半ば拉致されて行われるサバイバル訓練があるのでゲームをしている時間はないだろう。体のできていない子供にさせる訓練ではないが、死なない程度には加減されているので楓も容認しているのだ。
トリプルホルダーと判明した時から避けられない未来なので大志に危害が及ばない範囲で容認している。内容は児童虐待に近いものがあるがばれなければ問題はないのだ。
「キャンプに行くぞ」
大河は有無を言わせず、準備に取り掛かる。突然の訪問は何時もの事で時任も入校許可を出すあたり確信犯である。
「本当なら海外の山に行きたいんだが簡単に許可が降りる状況ではないし、国枝さんが国内でも一個小隊をつけるって煩いんだ。親父も心配するのは分かるが現役の自衛官である俺には不要なのにな。」
「父さん。テロがあったばかりだよ。中止にしない?」
「要とはゲームをするのに親子の触れ合いは拒否するのか薄情な息子だな」
「訓練じゃなきゃ喜んでいくよ。ダンデムとは言え夜に突然、起こされたかと思えば自衛隊機からの真夜中のダイブは胆が冷えたし、何よりこっちの都合は関係無いとなれば嫌にもなるよ。」
「あのなぁ~~大志。お前が平穏な人生を送れると思っているのか。本人に戦闘能力がないトリプルホルダーは大概が暗殺されるか拉致されているんだぞ。親父や俺が要職についている間は良いが、警備会社の護衛なんてたかが知れてる。大手でもない限りは、特殊部隊出身もいないしな」
「父さんからしたら弱いかも知れないけど一般隊員でも強い人はいるでしょ」
「ああ。本当の地獄を見てきた奴なら多少はやるだろうが大抵は先に心をやられる。幾度も戦場に立ち生き残ってきた要でさえ心に傷を負った。肉体的な傷は治るが、心理的な傷は治るとは限らない。要は頑なに精神感応系のホルダーによる記憶の封印を断り続けていたしな」
気配を消して近付いてきた要。大河は気付いているが大志は意識が散漫となっており、まだ気付いていない。
「大河。その話はそこまでだ。俺はその話をされるのは好きではないし、症状もここ一年で大分良くなった。」
確かに症状は大分、落ち着いてきている。薬を飲んで医者のカウンセリングも受けている。国が傷病者に対する治療費を全額負担しているので、費用はかからない。要の妻は昔に戻ったみたいだと喜んでいたが、子供が出来ない事は悩んでいた。不妊治療を行っているが中々、子供を授かる事はない。大志が仙崎宅を訪れると毎回、豪勢な食事が用意されている。
「大河。訓練もいいが、息抜きも必要じゃないか。葵が大志を連れて帰って来いって煩いんだ。何なら木野さんと小澤くんも連れてきていいから家に泊まりに来ないか。」
「話が違うぞ。そんなことしてみろ。俺が楓に怒られる。怒った楓は本当に危険なんだぞ」
一度、夏休みに強制的に楓に何も告げずにキャンプに出掛けたことがあった。連絡を忘れていた大河はそのあと数時間に渡って楓の説教を受け続けたのである。
「確かに怒った楓ちゃんほど恐いものはないね。ただ連絡しない大河が悪い」
「要くん、君とも話し合いをしなくてはならないのかな」
現れたのは苺を連れた楓である。苺がいる手前、怒気を抑えているが、要は機を見るのには優れている。
「必要ないですよ。大河に説教していただけですから。葵が大志を連れてこいって煩いんですけど連休の間の一日、借りても大丈夫ですか」
「要さん。俺は猫じゃないんですよ。葵さんには会いたいですけど。それは話が別です」
要としては何としても大志を招く必要がある。自分が駄目になっていた時に支えてくれたのは妻である葵だ。どんな些細なことでも可能であるのなら叶えてやりたいのだ。
「距離的には家に帰るのとあまり変わらないですよね。都心にあの規模の邸宅を構えるとなると天井知らずですし、家を建てた時に貯蓄の殆んどを使ってしまったんで補助金がなければ葵に警備もつけられないくらいだった」
「倉橋家の邸宅は昔からある古い建物だからな。維持費はかかるが要のように新築を建てるほど金はかからないし、浪費しないから貯まる一方だ。」
大志は何気にセレブ感を出している両親に苦笑いだ。名家である倉橋家の人間はお金で困ることはないだろう。大河自身が高給取りだし、楓も国家公務員なのでお金に不自由しないし楓の実家である一之瀬も旧家に名を連ねるほどの影響力を保持した家だ。その割には質素な生活を送っているので客が来た時くらいしか散財しない。
「なんなら家に葵さんを誘っても良いわよ。部屋も余ってるし、苺ちゃんも泊まりに来る?」
話を突然、振られた苺は千載一遇のチャンスと言わんばかりに頷く。
「大志も誘いたい友達がいるなら早めに連絡しなさい」
「楓。大志とはキャンプに行く予定なんだが。」
恐る恐る大河はそう告げる。
「休みは三日あるわ。所長にも有給を取れってせかされてるし、一日ぐらいなら問題ないわ。そんなにキャンプがしたいなら庭にテント張って寝ればいいじゃない」
「取り敢えず話は決まったみたいだな。そういう訳で大志、学校には外出許可をとっておいた」
「ブループラネットで遊びたいんだけど・・」
「多分、言っても無駄だぞ。大河はやると言ったら有言実行する男だ。」
一度、抵抗を図ったが無駄な努力に終わった。大志がしっかりしているのも大河を反面教師にしているからだ。源三は常識人だがその遺伝子は引き継がれなかったようだ。
「隆太くんも参加するの?」
「その予定にはなっているが柳が出張する可能性があるから今回は見送るかも知れん。」
子供達の安全を守るために大人達、自衛官は少しピリピリしている。隊を離れ、帯銃をしているとはいえ火力がある物を持ってくることが出来ないからだ。自衛官ではない要は当然、銃を扱う能力があっても銃を所持していたら銃刀法違反になる。
「何が起こるか分からん。準備だけはしておけ。」
言われなくても分かっている。本当に必要な事は事前に準備して置くことの重要さを非情なまでの現実が教えてくれた。
「実継。他人事じゃないぞ。多分、二・三年したら強制的に連れていかれるぞ。要さんもそのつもりで鍛えているだろうし。」
「聞いた限りでは死にそうになる訓練なんだろ。大志は良く体が持つな」
「慣れだよ。逆に言えば死なないギリギリを見極めているから毎回が地獄だよ」
とにかく休みは有効に使いたい。ブループラネットにログインする時間が取れなさそうなのが残念だ。訓練があるため、そもそも時間が限られている。限られた時間の中で月額料を稼ぐのは大変だ。食費、銃弾代、装備の更新費など上げたら切りがないのだ。現実世界を疎かにしたら直ぐに楓が、禁止令を出すので油断はできない。
「実継は休みの間はどうするんだ。」
「一応。実家に帰るから外泊許可はとったよ。父さんと久しぶりに会えるし、楽しみにしてるよ」
「そっか。毎朝の訓練は欠かさずやったほうがいいぞ。鍛え過ぎるのは成長を阻害するが、訓練しないと成長しない。訓練メニューは要さんが作ってるはずだから聞いておいた方がいい。」
苺は完全に蚊帳の外になっているが、一日でも大志と休みを過ごせるので機嫌は良い。だが休みの大半は姉である林檎が精密検査を受けている病院で過ごす予定だ。様々な検査を受けて肉体的には問題がないことは既に確認が取れているが精神精査には時間がかかっている。場合によっては機密情報を扱い、他国から命を狙われる立場になる自衛隊の幹部候補生は清廉さと愛国心が求められる。
不可抗力とは言え何者かに誘拐され精神感応系のギフトホルダーに操られているとなると惨事を生む可能性を否定できない。士官学校に入学すれば当然、火器を使用した訓練が行われる。指導教官もこの頃になると正に命懸けでの訓練になる。
曹候補生は勿論のこと、教官もピリピリしている。精神テストをクリアした者にしか許可が降りないとはいえ、許可が降りた者が乱射事件が起きないとは限らない。数年前にも一度、事件が起きかけた。
予知とテレポートが使えるギフトホルダーによって阻止されたが、一般人が巻き込まれる凄惨な事件になっていた可能性は否定できない。その時の教官は周囲が止めるにも関わらず退官し、傭兵となった。
傭兵と言っても、アメリカでPMCに所属しただけであるが、死傷率は決して低くはない。只でさえ一般人が銃を持てるのに加えて中東で行われるウロボロス鎮圧作戦に駆り出されるからである。元百虎隊長である白井も当然、中東で傭兵として活動している。仲間を殺された白井は復讐心がなかったと言えば嘘になるがウロボロスの思想は野放しにして良いものではないことも確かだ。多くのノーマルを蚊を殺すかのように躊躇いもなく殺す。ノーマルである人間には生存権すら否定する。
ギフトホルダーにとっては理想郷かもしれないが数の少ないギフトホルダーがノーマルを支配するならまだしも数は時として暴力となりうる。集団心理は個を殺し、国を殺す。ウロボロスにとっては理想なのかも知れないが、多くの一般人にとっては迷惑でしかなく言われるまでもなく危険な思想だ。日本であれば公安の要監視者リストに載り行動を監視されることとなるだろう。実際、要の戦闘能力を考慮し警察の上層部は監視を決定した。
一ヶ月、ニヶ月と時が過ぎてようやく監視が解除された経緯がある。倉橋家から圧力がかかったのは言うまでもないが、そうでなくてもテロを憎んでいる要がテロリストになることなどあり得なかっただろう。地獄の特訓はもう目の目の前まで迫ってきているのであった。




