四十六話
多くの初心者にとって天敵とも言える存在がいる。食虫植物が大型化し、人間すらも対象としてしまったサイレントプラントである。身体能力では他の大型獣には敵わないが、火器が効き辛く、装備に余裕のない者がその餌食となる。普段は大地に根を張って気配を消して生活をしているが、栄養が足らなくなると大型獣を狩りにきた人間を食料にするのである。
「何もないところだな。大志も早く大型獣と戦ってみたいと思わないか。」
「実継。こういう何も無いところが危険だったりするんだけどな。苺は疲れてないか」
「大丈夫だよ」
疲労システムと空腹システムのあるブループラネット内では何もかもが現実に即している。武器を新調したが、食料を買うことができなかったなどは初心者が陥り易い罠でもある。
「少し休憩をとろうか大志は疲労してないだろうが、木野さんは辛そうだ。」
大丈夫だと抗弁する苺だったが、要は武器の最終チェックをする必要があると押し切り小休憩をとることになった一行。
「仙崎先生。マガジンは三つあれば足りますか。」
「サブマシンでもこの辺りにいる大型獣であれば対応が可能だそうだから小澤くんはがく撃ちしないことに気を付けることと仲間を誤射しない様にすれば充分だよ」
「分かりました」
準備を整えた一行は逸る気持ちを抑えて、対大型獣戦に挑む。衛生兵である苺は後方支援が主な仕事となるが対人戦ではないので小銃だけをホルスターにいれいざとなった時には、自分の身を護る武器となる。苺が武器を取り出す時には、戦線が崩壊したときなのだが、備えておくに越したことはない。
「そろそろ大型獣の領域に入る。周囲に気を配って警戒を怠らない様に。」
要はゼロイン調整を済ましたアサルトライフルを構える。口径が小さい為にスナイパーライフルよりかは、有効射程距離が落ちてしまうが、選り好みはまだ出来ない状態なので我慢する。
学生時代にはサバゲーで本職の自衛官に混じってよく戦ったものだ。高度な戦闘技術をみておくことは悪いことではない。変な癖がついてしまうと困るのでその度に矯正していく。
痛みがないことは実戦感覚を鈍らせる。もしかしたら本格的なウロボロスとの抗争になる可能性もある。自衛官に復職することは不可能なので警備会社を設立するか、超能力管理局で出世して政治的に支えるかの何れかになる。
過去の事を引きづり過ぎてもいけないが、テロで亡くなった少女のことは要の記憶に残り続けるだろう。それが護れなかった者の義務であり、次の被害者を出さない為に必要なのだ。感傷に浸ってしまったが今は楓に頼まれた引率をこなすべきだと意識を切り替える。
「目標を確認。攻撃に入る。それぞれの射線上に入らない様に気を付けて」
要はスコープ越しに目標を捉えていたが、肉眼ではまだ確認できない距離だ。雑談を止め、戦闘態勢に移行するが、大志はともかく、苺と実継は余計な力が入っている。油断するよりかはましだが緊張は動きを鈍らせる。
本人に言っても緊張するなという方が無理なので、慣れるまでは無理をさせない様に気を付ける必要がある。大志はというと至って普通である。突然に連れて行かれる山での訓練に比べれば造作もないことだ。素人が何の準備をしないで山を登るのは自殺行為だ。例年、無謀な登山で命を落とす者は後を断たない。ザバイバルのプロである自衛官が帯同するとは言え子供に無理をさせるなと毎年おもう。
冬山での訓練はまだしたことがない。楓が大河に諭していることもあるが冬の山は危険度が高いという判断のもとで、もう少し大志が大きくなったら、容赦なく放り込まれるだろう。目の前に大きな影が視認できる。今回の目標である人喰い熊だ。
体長は二メートルを越え、大きな腕は簡単に人間の頭蓋骨を粉砕する力を宿しているだろう。先制攻撃のチャンスなので要は、音を立てずに銃を構える。必殺の一撃をキラーベアに向けて放つが一瞬だけ発した殺気に反応して避けられてしまう。
「こっちに向かってくるぞ。点ではなく面で制圧射撃をするんだ」
避けられるとは思ってもみなかった要は少し動揺したが、直ぐに平静を取り戻す。あらゆる場面を想定し対策することが求められる。指揮官が動揺していては、部下を統率出来ない。大志と実継は既に銃のセーフティを外しており、迎撃態勢を整えている。
「実継は右を狙ってくれ。」
銃弾がキラーベアの体を貫くが、致命傷を与えるには至っていない。苺は少し離れた場所から戦闘の経緯を見守っていたが、気がおかしくなりそうだ。ライフルを構え、牽制している要だが、埒があきそうにないのでナイフを取りだし、構える。初心者が大型獣に接近戦を挑むなど普通のプレイヤーであれば自殺行為に等しい。
レベルが上がることでステータスが向上するが、現実で出来ないことはブループラネットでも出来ないので、要の戦闘技術は経験によるものだ。
身体強化の使えない要は力で押しきる戦闘スタイルではなく、技術によって差を埋めてきた。新入隊員に負けているようでは大河の副官など務められる訳がない。
「小澤くん少し無駄弾を撃ちすぎている。当たらない弾は意味がない。」
ばっさり斬られて落ち込む実継だが、キラーベアから目を離してはたちまち喰われることになるので何とかその場に踏みとどまる。
「仙崎先生は訓練でも本気を出した事はないだろうなとは思っていたけど、ここまでの実力があるとは思わなかった。」
実継は要が戦いの邪魔になるので苺の所まで下がっている。所持していたマガジンを撃ち尽くしていたのでこれ以上は無謀と判断したためだ。大志は要の援護射撃を続けている。殺しにきているキラーベアからは少なくない血が流れていたが、体重に比例して血液量も増えるので動きは鈍っているがまだまだ余裕がありそうだ。実際に山籠りをしている際に熊をナイフで倒した事がある要はまだ体力的に余裕がある。手の腱を切り裂き片腕を封じることに成功した要はあとの事を大志に任せて後ろに下がる。
「後は大志が何とかしろ。ピンチになったら介入するから存分に戦うんだ。」
無茶を言うなと内心思う大志だったが、逆らえる訳もなく頷く。狙いは体皮で覆われていない目と関節部だ。残弾数が心許ないが、節約しながら戦っていたので倒せるかどうかは微妙な所だ。接近されない事に注意を払いながら銃弾を掃射していく。
残り一マガジンとなったところで目に着弾して隙ができる。機を逃さない大志はマガジンを取り換えここぞとばかりに発射する。土煙が晴れた頃には、座り込んでいる大志と動かなくなっているキラーベアの姿があった。無線機で回収業者を呼ぶ要。自前で車を持っていても自家用車では運べない位にはキラーベアは大きい。討伐報酬の一定額が請求されるが持ち帰れずに捨て置くには、資金的にまだ余裕がない大志達はできない。スキルのレベルも上がり、経験値的には美味しい相手だが要がいなかったら発見した時点で逃げたすのが賢明である。
「何とか倒したか、良くやったな。」
乱暴に髪を扱われ、鬱陶しそうな大志。要がいなければ治療院に運ばれていた事が容易に想像できるだけに、されるがままになっている。安心した所で要が警戒を促してきた。
「気を付けろ。何かが近付いてきているぞ。」
殺気に反応した要だが、周囲に動く物はない。あるのは植物だけだ。実継は不用意にも植物に近付き過ぎていた。
大志が気付き警告を発しようとしたが手遅れだった。実継を襲ったのは、消化液を撒き散らしながら口を開けているサイレントプラントだった。
呑み込まれた実継は意識を手離した。救出されたのは五分後だった。回収車に同乗していたミテネ連邦に所属するプレイヤーが助けてくれた。初心者が出せる報酬などたかが知れているので助けてくれたプレイヤーは報酬を要求しなかった。そのプレイヤーも要に質の良いナイフを貸し与えただけなので気にしてもいない。
「助かりました。まだ慣れていないので、子供達も不用意に近付き過ぎたので後で言い聞かせておきます。」
「気にしないでください。寧ろその装備でこの辺りでは強MOBであるキラーベアを倒した事の方が驚きです」
衛生兵である苺が治療をして意識を取り戻した実継はどこか気不味い雰囲気だ。
「仙崎先生。すみません。」
「戦場では油断した者から死んでいく。ゲームだから良かったものの現実だったら死んでたぞ。」
要は大志と実継が士官学校に入学する際には、知り合いの自衛官に頼んで入学させる積もりだった。推薦した者が退学ともなれば推薦者の立場がなくなるので慎重にもなる。心構えは早めに出来ていた方が良いので訓練の際には自衛官たる者の心構えも同時に教えていた。
大志は自衛官に混じって訓練もしているし、大河がいれば不要だ。英才教育は留まる事を知らない。大志が寝静まったところで大河と楓が口論をした事も一度だけではない。源三は大志の教育に自分が関わるべきではないと考えているため無関係を貫いている。
「とにかく無事で良かったです。変異獣との戦闘がトラウマになってゲームを辞めてしまう者もいるので何事もないのが一番です。よかったら街まで送って行きますけどどうしますか」
「お言葉に甘えさせて頂きます。」
そうして変異獣との戦闘は幕を閉じたのであった。




