三十九話
事実上の禁足令が発せられてから二時間が経った。外を出歩いているのは自衛隊・警察関係者が殆んどであり一般人の姿は少ない。
会社も営業を終了して二十四時間、営業のコンビニですら閉店する有り様だ。不良と呼ばれる人種が街を闊歩していたが、武装している自衛官に拘束され警察に引き渡された。抵抗する素振りを見せた少年は投げ飛ばされ、関節を固められている。
一般人でテロリストではないことが明白であったため曹候補生である少年は教官である三曹に報告して解放したが、抗議など不良少年にできるわけもない。十八歳以上の自衛隊士官学校に所属する生徒は緊急動員された。数は少ないとはいえ全員がエリート隊員であり武術の心得がある。
不審人物を発見し隊に報告する斥候の役割を果たしており、普通の自衛官と遜色のない動きを見せている。十四で入学して二十歳で卒業する頃には三等特尉として配属される。正式な任官が済んでいないだけであって訓練された自衛官であることは間違いない。
「こちら教育隊。都内を巡回していますが今のところ一名を拘束して警察に引き渡したのみで異常はありません。」
「本部、了解。指令部より暴動鎮圧の為に現場に急行する様に命令が下った。内容を復唱し直に現場へ急行せよ。」
「命令を受諾。暴動鎮圧の為に直ちに現場へと急行します。」
指定されたのは国会議事堂。ヤタガラス隊員が護衛している現場である。国家非常事態宣言が出ているのにも関わらず旭会のメンバーは抗議に来ている様だった。ここにいるメンバーは無事だが、事務所内は血の海となっているのにも関わらずだ。
警備を任された米田は護り易いように一ヵ所に国会議員を収容し警戒に務めている。不用意に近づこうとしようものならたちまちに拘束されるだろう。一般隊員には、敷地内の巡回させ、異常があった場合は直ちに報告が来るようになっている。
保護を求めて国民が押し寄せてくることも想定されており、議員とは別にして護衛している。先程から議員が煩い。自分達の身を自分で守れる訳でもないのに、警備に対して文句を言ってくる。佐藤大臣を初めとしたギフトホルダーを日頃からよく思っていない議員達が騒ぎ始めたのだ。
「おい。いつまでここに閉じ込めておくつもりだ。警備責任者は誰だ。」
「自分であります。佐藤大臣。最高指揮権を持つ中曽根総理からの命令であり、撤回が指示されない以上は現状待機となります。」
「私達、国会議員は忙しい。国務は君が思っているより楽ではないのだよ」
米田は面倒臭いと思いつつ、職務に忠実に返答した。
「要人たる先生方を護衛するのは任務ではありますが、総理より自身で身を護る自信のある議員は自衛隊の保護下より離れても良いとおっしゃっていましたが、責任は自分で取れとのことです」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているが米田も負けていない。
「佐藤大臣、これ以上、この場を混乱させるのなら如何に大臣と言えど身柄を拘束させて頂くことになりますが。どうされますか」
ここまで言われては黙るしかない議員達。仮にだが米田がテロリストであった場合、護衛がいなければ三分もしない内に全員を殺害できる。外が騒がしい事も米田は承知しており、本部に増援を要請したのであった。ノックして入室して来るものがいた。米田に向けて敬礼を行い。胸には最先任曹候補生である階級章がついている。
「只今、着任しました教育隊第一分隊の榊曹候補生であります。米田一等特尉でいらっしゃいますか」
「そうだ。榊曹候補生。直ちに指揮下に入り警戒を厳に行え、不審人物は例え自衛官や議員であっても拘束しろ。」
榊はヤタガラス隊への入隊が有望しされており、ヤタガラスの訓練にも参加したことがある。その時に大河の子息である大志の戦闘訓練を行うことがあったが、幼年学校に入学したばかりだというのに実力が飛び抜けていたのを覚えている。
訓練教官として椎名が着いて教えて貰ったが、きつい訓練に耐えられるだけ君も有望視されているだけはあるな。と褒められたのをよく覚えている。
「了解しました。教育分隊の指揮権は如何なさいますか」
「君が持っていて構わない。教育分隊は今を持って国会議事堂の警備を命じる」
反射的に敬礼を行う榊。敬礼は教官が満足いくまで何時間でもやらされる。最初は違いが分からないが士官学校で生活していれば嫌でも違いが分かるようになるのだ。
「教育分隊。集まれ。米田一等特尉より警備を命じられた。各自の判断で拘束して構わないが、なるべく殺害は避けろ。以上、散会」
回線を特殊部隊の周波数に合わせて任務に着く教育隊。日本人が殆んどだが、見学に来ていた外国人が目についた。英語で話しかけるが、たどたどしい日本語で答えられて驚いてしまった。何処か本当は流暢に話せるのにわざとそうしているかのような雰囲気だ。葛飾など昔の漫画で警察官が騒動を起こす話があったが余程の日本マニアでなければ、知っている訳もない。
「伊藤は一等特尉に報告。俺は時間を稼ぐ。」
VRインプラントを使った通信はギフトホルダーであれば殆んどの者ができる。ハンドサインでは伝えきれないこともあるのでこちらがよく使用される。聞き取りづらい日本語でも何とか意識疎通は出来るので、我慢して聞き役に徹する。
教育隊の一人が気を引いて話を長引かせている。米田は既に現着していたが、教育隊の言葉を鵜呑みにすることもできない立場なので様子を見ていたのだ。
VRインプラントを通じて離れるよう命令があったので少し距離をとって防御姿勢を取る。アサルトライフルは貫通しにくい素材のボディアーマーを着てはいるが何事にも完璧と言うことはない。
直ぐに発砲できるよう照準を合わせて移動する米田だが、射程外にも普通科分隊を配置している。米田が近づいたことで正体がばれたと悟った外国人は英語で喚きながらナイフを取り出す。
「普通科分隊はGIDを起動。警戒を怠るな。」
短い命令に即応する。ノーマルといえど、ギフトホルダーのテロリストを制圧する訓練を行っている。自分達の身を護れないで民間人を護ることなど不可能だ。
「一等特尉。CGIDの周波を確認。気をつけてください。」
言われなくても米田はその可能性を考慮しており、複数の周波によるギフト発現を阻止する対策を講じていた。特化型はその周波においては強いが、他周波には弱い。汎用型はあらゆる周波に対抗できるが、特化型には劣る。二つを上手く組み合わせる事で安全に制圧出来るように組み合わせている。
ナイフが米田の頸元を掠めるが薄皮一枚を切り裂いただけで逆に柔術によって取り抑えられている。米田と行動を共にしていた部下の二等特尉がGID拘束錠を男にかける。
「連れて行け。指令部には俺が報告する。議員を護衛している隊には警戒を促せ。」
「了解。」
「教育分隊。良くやった。引き続き警戒をしろ」
米田は直ぐに指令部に詰めている大河へと連絡を取る。
「倉橋隊長。不審者を一名確保。引き続き警戒を行います。」
「分かった。中曽根総理、経由で引き続き議員には議事堂に留まって貰うよう要請する。尋問はそちらに任して大丈夫か。」
「はい。新井一等特尉の部隊にはサイコメトラーの保持者がいます。詳しく分かり次第報告します。」
通信を切って緊張を解く米田。倉橋陸将補は普段は温厚な人物と知られているが戦闘になると獅子奮迅の働きを見せる。小隊長でも三等特佐で緊張するのに陸将補では緊張の度合いが異なる。
同格である新井に件のサイコメトラーを派遣して貰い、倉橋外務大臣の政務室で尋問を行う。米田はウロボロス構成員だと察していたが、目的が分からない。数名のテロリストを拘束したが、人数と目的が分からない限り警視庁のSPでは手に余るだろう。
米田が拘束した男のナイフ捌きは戦闘訓練を積んでいることが察しられ、素人でないことは確かだ。
「二等特尉。読み取れるか。」
「はい。精神プロテクトを剥がすのに時間はかかりそうですが、何とかしてみせます。」
十五分後、二等特尉が読み取ったのは、アメリカと日本の関係を悪くするために国会議事堂を襲ったという事実であった。米田が拘束した男は元米兵であり、ウロボロスの理想を実現するために同志となった。男はシールズ隊員として軍務についていたが、市民権を得た後に、妻を米国へと引き寄せた。
妻は至って普通の女性であったが、ノーマルによる無差別テロで命を落とした。妻を安全な場所に移すとの条件で日本に単身赴任したが、帰ってきたのは確かに自分が婚約指輪として送ったダイヤと左腕だけだけだった。米軍基地に隣接する兵舎にどうやって侵入したかは分からないが、犯人はSNSで米軍基地を襲うと犯行声明を出しており、ちゃんと警戒していれば防げるテロだったのだ。
男の様に親しい者を殺され、ノーマルを怨む者は少なくない。中東で活発的にウロボロスが活動していることは中尉をしていた彼の立場であれば簡単に調べられることだ。CIAの諜報員がウロボロスに潜入しようとしているが、ウロボロスの構成員をするためには出身国のノーマルを幹部の目の前で殺害しなくてはならない。
ノーマルを怨んでいるなら覚悟を見せろということなのだろう。隠れキリシタンに行われたとされている踏み絵を知った最高幹部が組織を統制する上で必要な事だと考え、行われている。日本の公安の人間も一度、潜入しようと試みたが、短期間とは言え民間人を殺すことを強要され、日本に戻ってきた時にはPTSDを発症した。命じた警察庁長官並びに警視総監は辞任したが、口外しないことを条件に国家賠償責任法に基づく慰謝料という名のもとの退職金が支払われた。
政府は闇に葬り去りたい過去だが、戒めるために代々の長官と警視総監には申し送りがされている。暗部は知らない方が幸せだということも多いのだ。海外派遣された自衛官も救出したは良いが過激派によって指を全て切り落とされた者や人間を的にして射撃練習をしているいかれたテロリストを目にしてきた。
それによって退職したものや要の様に心に傷を負う者などメンタルケアに精神科医や楓が開発した忘却薬。ギフトによって思い出さないように心理障壁を作り出すなどの対応することになっている。
米田は男の境遇には同情するが法治国家に務める自衛官としては解放する訳にはいかない。任務に徹することで考えないようにすることが精一杯であった。




