三十八話
道庁人質事件では特に変わったこともなく、白虎隊も突入をためらっており既に立てこもりが発生してから一時間の時が経っていた。朝倉は既にテロリストに抗う力はなく精神感応系ギフトホルダーによる精神操作を受けている最中だ。テロ事件を想定して知事室は頑強な造りになっている。立てこもることで重要情報の流出を防ぎ、対策を練り実行するだけの時間を稼ぐためだ。
ここにいるのはウロボロス構成員と朝倉だけだ。当初の予定通り、朝倉には生きて救出させる必要がある。無意識化においてウロボロスに都合の良いために行動させるように短時間の操作に留め、高位ホルダーによる検査でも検出が不可能なレベルに抑えることに成功している。ここで立てこもっているのは注目を集める為であり、逃げる手段も既に用意されている。ただテロリスト側からしてみれば警察の特殊部隊とSAT部隊が邪魔で逃走にも困難が待っている。人質を肉の盾にしても良いが日本を煽りすぎるのも支部長に禁止されていた。
日本全体がウロボロス排斥へと動けば少なくない数の死傷者が出る。それが今回の作戦をきっかけとしたものであれば支部長としての発言力が低下する。示威行為であり日本を疲弊させるのが今回の主な目的だ。その為に組織に大きな損害を与えるのであれば話にならない。標的のどちらかを殺害することに成功すれば、損害を上回る利益を手にすることができるがそこまでの大きな賭けをするなら戦争地帯で民間人を洗脳した方が男にとっては面白いし、ギフトホルダーを捕まえることができれば戦力の強化と満足感が得られ一石ニ鳥である。
ようは日本支部長の男にとっては人生における暇つぶしであり、ギフトホルダーが不遇されている現状に不満を持っているが自分以外の他人がどうなろうと関係ないのだ。享楽主義者ともいえる男が初めて人を殺したのは十ニの時である。過酷な環境で生き抜いてきた彼にとっては死は隣人であり、ありふれたものである。人を殺さなくては生きられなかった環境のせいでもある。ギフトホルダーは忌み子として扱われ、人間扱いを受けていなかった。彼の母もギフトホルダーを授かったばかりに謂われもない差別を受け男が十の時に十分な治療を受けることなく亡くなった。
男がノーマルを恨むのはそうした経緯があり、仕方がないことだったが、成長し戦闘技術に磨きをかけるとノーマルの敵に対して虐殺行為を行うようになったのだ。強度の高いボディアーマーが誕生すると兵士は死ににくくなったが着弾の衝撃が全て吸収できるわけではない。関節部は装甲が薄くならざるおえなくなり、そこを狙い撃つだけの戦闘技術を男は身に付けていた。仲間であってもギフトホルダーは優遇し、ノーマルは冷遇する。そんな男にとって傭兵は天職であり、ウロボロスに所属したあとは自身の才覚のみで順調に出世してきた。
好きな事をしていて尚且つ報酬は高い。いいこと尽くしだ。十六の時に自分を捨てた父親と住民を殺害したが男は人を殺すのに慣れすぎていて何の感情も浮かばなかった。人は環境に慣れる生き物であるが、もし生まれたのが平和な日本であったのであれば不遇な人生も彼の手によって殺害されることなく多くの人が生活できただろう。
平和な日本でも殺人事件は起こるときは起こる。ただ識字率は殆んど百パーセントと言っても過言ではないし何らかの障害をおっていない限りは成人した人間が読み書きができないということはない。まして小さな子供が銃を持って戦場を渡り歩くなどあり得ないことだ。
男は過去を振り返らない。無駄だと悟ってしまっているのだ。自分の為に人を殺す事を今更やめられる訳もなく、いつか報いを受ける時が来るだろう。その時には潔く死ぬだけだ。叶うなら夢を実現して自分の様な人間が出ないことを祈っている。
道庁の作戦もうまく行っている。次は沖縄で地震を起こすだけだ。最終的に何人死ぬかは分からないが、男の中では必要な犠牲で何の感慨もないやると決めたことを確実になすだけだ。何時もの様に少し強い酒をお茶で割って良い報告を待つのであった。
――沖縄某所――
男達は戦闘服に身を包んで時を待っていた。同志達は順調に作戦を成功させ自分達もそれに続くだけだ。ふと空を仰いだときには隣の男が倒れこんだ。
「狙撃だ。遮蔽物に隠れて狙撃手の位置を特定しろ」
敵は高所に身を隠しているらしくヘッドショットによって仲間が倒れていく。
「位置の特定はまだか。」
内心、焦りながら作戦の決行を強行するが、また一人と仲間は死神に命を刈り取られて行く。
隠密作戦で位置を特定された時点で作戦は失敗だが、男は諦めなかった。理想郷の実現を見ないで死ぬのは心残りであったがギフトを発現して何とか地震を起こす事に成功する。男の意識は消滅し、二度と立ち上がることはなかった。
「二等特尉。報告します。銃装備した敵性勢力の制圧が完了しました。」
報告を受けた柴田は作戦の成功を聞いて安心する。
「分かった。異変はないか。」
「最後の目標を狙撃した直前にギフトの発現を確認しました。政府には既に報告し、警戒を促しています。」
ギフトホルダーを相手にするとき狙撃は実に有効的な手段だ。それに見会うだけの技術を要求されるが訓練された狙撃手にとっては造作のないことだ。
北海道で人為的に地震を起こされたと知った大河は部下に命じて狙撃チームを地質学者が示した地点へと派遣した。阻止できるかは分の悪い賭けだったが何とか成功したらしいと安心したところで地震は起きた。
震度六。プレートを刺激して起こされた地震だが多くの人間には不可能なことだ。成功したのも日本と言う地理的な条件が揃い時期も適していたに過ぎない。何もしなくても地下に溜まったエネルギーは地震となって襲っていたのは間違いなく早いか遅いかの違いでしかない。
防波堤である程度は防ぐことは可能だが、想定外の出来事に現場は混乱することになる。構成員の決死の行動は日本にとって最悪の形で降り注ぐことになった。崩壊する建物は少なかったが死傷者は大勢でた。昼時で昼食を用意していた世帯では出火している所も少なくない。
寿命が延びたことで動けない人間も増え、消防局には通報が殺到しオペレーターは対応におわれている。親しい者の安否を確認しようと通話やメールをするものが増え回線がダウンして緊急回線以外は不通となる状況が続いた。沖縄知事は自衛隊に対して災害派遣を要請した。
全国の自衛官は非常事態宣言から防衛出動待機となっており、直ぐに応じたことで被害を抑えることはできたがそれでも死者は出た。政府と自衛隊を批判するものは出たが北海道と沖縄では数は少なかった。それもそうだ被災者として自分達は食事や睡眠を満足に取らずに手を差しのべてくれたくれたのは自衛官達だ。昔の様に自衛官は日陰者ではない。
公共の利益のために働く者を国民は尊敬している。確かに国民を護るのは力を持っている自衛官の義務だし給料を貰っているのも事実だ。だからと言って自衛官も人間だから自分達を認めてくれる人間には対しては好意的になるし敵意を向けられれば表には出さないが良い気持ちではないだろう。不審な武装集団を排除した自衛官達は死体の収容を行ってから現場を後にする。地震によって自衛官にも負傷者はでたが部隊行動に支障のない者は駐屯地に移動して発せられるであろう災害要請に備える必要がある。
初めて人を殺害したことになった新人を除いては動揺はなかった。殺さなくても拘束する手段がない訳ではないが、結局のところ国内法では終身刑が言い渡され、凶悪なテロリストが野放しとなる可能性があった。GIDも完璧ではないので拘束する際に負傷者が出ることを考えれば妥当であり、例え生きて拘束することが出来ても奥歯に仕込んだ毒薬で自害されることを考慮すれば無用なリスクを取ることはない。
ウロボロスの構成員の多くは狂信者で理想のために簡単に命を捨てる。その様に洗脳された人間は手におえるものではなく命令を遵守しただけだ。責めを受けるとしたら護るべく人々を無惨にも死なせてしまった場合のみであり、責任は中曽根や国枝、大河など然るべき人間がとる。中曽根は上がってきた情報に頭を悩ませている。武装勢力は国籍はバラバラであり、司法解剖してみないと分からないが全員がギフトホルダーだろう。
犯行声明は行われておらず、公安でマークしている人間も大人しいものだ。国際指名手配を受けない限りは思想的に問題がある人物でも日本に入国することを拒否できず出来るのは監視ぐらいだ。
数年前には正規の手続きを踏んで入国すれば良かったのだが、中には観光・労働査証で入国し難民申請を行う者たちがいる。斡旋していた組織は警察の強制捜査によって摘発されたが、難民申請をしてきた人間は百名を越える。日本がいくら平和惚けしていても調査は徹底的に行い十数人にしか在留許可を出さずに残りは国外退去にした。
仕事の斡旋などを行い、五年以上犯罪を犯さずに税を納めれば日本国籍を取得することができ、それまでは慣れない環境で苦労の連続であることは容易に想像できたが元の国で生活するよりかは楽であることは間違いない。
難民申請をしてきた者の出身国の多くは中東であり、ウロボロスの活動が活発とされている地域だ。許可が降りた者はギフトホルダーもいればノーマルもいた。精密検査を受けレベル六以上の人間が数名いたが、特に怪しまれることなく生活してきた。
テロリストの多くは密入国するが時として難民として紛れ込むことがあるので出入国管理局は気が抜けない。密入国を無事に果たした者は日本海域を守護する自衛隊・海上保安庁の監視網を潜り抜けたプロだからだ。
データベースから沖縄で射殺されたテロリストはウロボロス構成員として国際指名手配を受けている者が一名。この人物はギフトを死の直前に発現しており、気付かれないように接敵することが困難なことから阻止することができなかった。
GIDも完璧な機械ではないしまして扱うのは人である。結果的には、ギフト発現を許してしまったが現場を指揮した柴田二等特尉を責められる者はいないだろう。大河の指示も可能であれば捕縛しろとのことだった。準備を済ませいつ実行に移されるかなど判断できるものではない。
断片的な情報からウロボロスの犯行だと推測していたがこれで確定となった。理想を掲げるのは簡単だが実現は難しい。今の世の中に問題がないわけではないが、各国は一生懸命にギフトホルダーとノーマルの共存を目指して活動している。
それを壊してでも実現したい理想郷とはなんなのだろうか。テロリストの心情など考えても無駄であると中曽根は思い、決裁待ちの書類を一つずつ処理していくのであった。




