十九話
雄三は統幕の指示通りに旗艦と思われる艦の機能を奪うことに成功した。昴の情報処理能力がなければ索敵の時点で躓いていた可能性が高く、魚雷などの実弾を発砲することでしか人民解放軍の戦闘能力を奪うことはできなかっただろう。軍艦が軍艦を拿捕すると言う異例の事件は国民の目にさらされることなく秘密裏に行われた。
当然、王中校を始めとした今回の武装蜂起ともとれる行動を行った軍人は処罰されるだろう。表向きは降格で済むかもしれないが昇格することなく一生を窓際として過ごすことは人民解放軍にとっては痛手かも知れないが日本からしてみれば国内法で裁いても文句を言われる筋合いはないだろう。
引き渡しを含めて秘密裏に行われた会談は夜遅くまでかかり、三日間の心労から解放された中曽根は晴れ晴れとした表情で今回の事件の一番の被害者となった木野林檎の無事を喜んだ。
中国と日本の一触触発とも言える状況から最終的には実弾を一発も放たずに終わった局地戦だったが利益を逃したアメリカからしてみれば堪ったものではない。在日米軍を動かし中国に対して政治的圧力を掛けて得るものが何もないというわけにはいかない。雄三は敢えて見逃していたが人民解放軍の離脱艦は三で潜水艦は中国国籍に偽装されたアメリカの潜水艦だった。日本の戦力をこの際に正確に測っておきたいと言うジョージ・ブラウンアメリカ大統領の指示で派遣されており本格的に日本と中国が開戦した場合、一番先に撃沈されていた可能性があった艦でもある。
あくまでも非殺傷兵器で事件を収束させようとした日本は国として甘い国だとしか言えない。アメリカだったら首謀者が分からない状況でも開戦し圧倒的な軍事力を背景に敵を殲滅するまで手を緩めないだろう。そのあとに待っているのがゲリラ戦だったとしても国益を守りテロに屈しない姿勢を見せ続けてきたアメリカならではの作戦だろうが日本には馴染みがない。犯人に手厚い人権を認めているのもその証拠となるだろう。下手したら被害者が更に二次被害にあう国とは違いアメリカは証人保護プログラムや司法取引が積極的に行われている。日本も裁判員制度を導入してからかなりの時間が経っているが実際は形骸化している。加害者が非社会団体に所属している場合、その報復を恐れ出廷拒否するものが多く裁判官による通常裁判を行われざるおえない。殺人事件の場合も被害者がどの様に殺されたかを現場の写真を見せられ普段、人の死に慣れていない日本人にとって衝撃的なことも多くPTSDを罹患して国家賠償責任法に基づく損害賠償請求が行われ要求が認められた事例もある。
被害者の林檎の扱いも慎重にならざるおえない事情がある。二日半にもおよぶ監禁生活でどの様な心理的外傷を負っているか分からない。しかも犯人はすべて殺されており精神干渉系のギフトホルダーの影響を考慮しなくてはならない状況下に置かれている。心理カウンセラーを別の者を手配するとしても楓による精密検査は避けられない。超能力開発幼年学校内のイベントとはいえ成績優秀者で知られている林檎がチーム戦・個人戦ともに欠場となると要らぬ憶測を呼ぶことになる火のないところに煙は立たないというが火のないところに煙を立たせようとする連中が居ることは周知の事実である。
国家機密保護法により最低でも十年間は総理大臣と政府のごく一部の高官にしか知らせていい内容ではない。秘密を漏らしたものは暗殺されこそしないものの公安の要監視リストに名を連ね常に監視される生活を強いられることになる。秘密を知る者の数が少ないことは林檎にとっては良いことだったと思う。精密検査を受け安全が確認されるまではLV五のギフトキャンセラーが護衛官として就くことになった。もともとギフトホルダーは能力が変化しやすい十代に定期的な測定を義務付けているため超能力開発幼年学校から通院すること自体に問題があるわけではない。
一大イベントとなる個人対抗戦・チーム対抗戦に出場できないことは林檎の経歴上は好ましくはないが実力不足で参加できないものも多く、そもそも全員参加のクラス対抗戦とは異なり、任意参加の大会で出場できるだけで考課の対象になる。だらだら続けられる戦闘より高レベルの戦いが見られる。高レベルとは言っても所詮は子供の戯れレベルでしかないが大河が居た世代は黄金世代と呼ばれ要を始めとした優秀な人材が揃っていた。いま学校で噂になっているのは大河の息子である大志の実力を確認したい政府高官や自衛隊幹部達の思惑がある。自衛隊幹部といっても陸自の実質的ギフトホルダーの指揮官は大河であり空自・海自の幹部達が何としても接触を持とうとしているのである。大志としてみれば自衛官になって国を護ることはこうなっては仕方がないことだし、林檎誘拐の件があって諸外国に対しての危機感を募っていた。
大志自身は日本という国に対して思い入れはない。どの国で過ごそうが自身の安全と周囲の人たちの安全が守られれば良いとすら思っている。二歳年下の双子である憲治と真奈美と家族が護れれば良いのだ。憲治と真奈美は特殊なギフトホルダーである。倉橋家に発現する能力が二分割されそれぞれ与えられた。大志がトリプルホルダーとして有用性を認められているが双子は特殊系に分類される能力で将来を国に期待されている。しかも憲治と真奈美はお互いのみの限定される能力であるがテレパスを使え分類上はシングルホルダーながら実質はダブルホルダーである。
大志の母である楓は研究熱心な研究者であるため大志をはじめとする稀少なギフトの研究に余念がなく、憲治と真奈美もその被害にあっていた。国としては未成年者のギフト使用を厳重に管理している。精神的に未熟だとどのような事件・事故を起こすか分からないので当然ではあるが、ギフトホルダーを管理することで日本の秩序を守ってきたためそこまで可笑しいことではない。いまの関心は開催日が迫っている対抗戦に向けられていた。
対抗戦が開催される一か月前、実継はチーム戦にどうしても大志と参加したくて話をするべくタイミングを見計らっていた。大志の周りにはクラスメイトが同じように話しかけるタイミングを狙っていた。一年生の中では能力が突出している。三人一組となって闘うのが今回のルールなので一人一人の能力が高い方が良いのは言うまでもないことである。実継は将来、自衛官となり参謀になりたいと思っていた。大河は誰もが認める英雄であるが自分はそこまでの能力はないし、大河の副官として有名であった要に憧れを抱いていた。
親が自衛隊三佐であっても親族にギフトホルダーがおらず縁故がない状態で会うことは入隊後だと考えていたが、人伝に要が退官したと知った時には絶望したのである。その後、才能保持者保護法によって護衛官に任官された要が超能力開発幼年学校の教師になると聞いて入学を決意し、受験していて良かったものだと実継は考えていた。初めて話をしたときには、ものすごく緊張したのを覚えている。自クラスの担任ではなく、接点がない実継であったが自分が要に話しかけられたことに舞いあがった。要からしてみれば有望な生徒に話しかけ個人授業をするつもりで内閣府超能力管理局次長としての職務でもあったが、尊敬の念を向けられることは要にとって珍しいことではないので受け流しただけだ。
実継は実践が得意というわけではなく、あくまでも自分の身を守るのが精一杯だ。銃を撃ったことは当然ない。日本は銃刀法でまず警察や自衛隊関係者でない限りは触ったこともないのが当たり前だ。アメリカなどで暮らしたことがあるものやアメリカの射撃場で撃った経験があるものも考えてもそこまでの数はいないだろう。自分のギフトは戦闘系というよりは尊敬してやまない仙崎先生と同じで情報処理系になる。違うのは機械を通じて発動し、電子戦において無類の力を発揮しそうな能力というだけである。電子機器のメーカーからは実継を獲得しようとする動きがあったが、国家機関が運営している組織だけあって実継が既に自衛官士官学校に入学する意思があると知ると勧誘はなくなったが逆に情報部への任官を勧められるようになった。
本人の意思を尊重してくれる父が居るお陰で入隊後は強制的に情報部配属へとはならないだろう。自衛隊には役割に応じて色々な科が存在しているがギフトホルダーは本人の適性に応じて配属される士官学校を卒業した者はすべてギフトホルダーであり、国防の要になる。自衛官を辞められてしまうよりは本人の希望通りに配属してその能力を遺憾なく発揮してもらった方が国の為にも本人の為にもなる。実継はクラス対抗戦を通じて大志の能力を高評価していた。自分とチームを組むことで一年生とは言え上級生と戦える自身も持っていた。実継は期待に胸を膨らませながら大志に話しかけることとなる。




