十八話
李国家主席による中国人民解放軍の撤退は迅速に行われるべきはずだった日本政府に政治的切り札を与えてしまったことは痛い失点ではあったが、中国政府としても現時点で日本との戦端を開く訳にはいかない事情があった。共産党は中国国内で権勢を誇ってはいたが、影響力は昔に比べるとかなり低下していることも事実だ。
功を焦って軌道エレベータの建設に失敗したときは、国内の批判を抑え込むのに苦労した。党の手足となって活動してくれる賛成派の富豪達が死亡していた為に国内を纏めるのに時間がかかったということもある。いま問題なのは中国が一枚岩でないことであり、まさか国家主席である李の撤退命令を無視する艦が出てくるとは思いもしなかった。艦隊を率いているのは李国家主席の息がかかったものであり殆どの艦隊は撤退命令を受諾し中国海域へと引き返すことになる。引き返さなかった艦は三、潜水艦一であった。
日本の政治的配慮からやむなく決めた撤退であるが、これを履行しないと全面戦争になりうることは間違いない。世界でも高額な軍事費を計上し、軍備を拡大させてきた中国と言え、日本の最新兵器の様な性能はなく中進国が相手であればまともに戦闘することは可能だが日本の様な先進国を相手にするのには戦力が足りない。兵員の数は世界で一番多かったが兵器の質が劣る現状では万が一にも勝ち目はないだろう。
仮に日本とアメリカが開戦した場合においても今は第二次世界大戦ほど技術力や国力に差がなく数年もしくは数十年に渡る長期の戦闘が行われるのでないかというのが一般的な考え方だ。中国は日本と戦闘が始まれば制空権を把握され領海に配備した艦隊は撃沈されるだろう。衛星を仲介した軍事システムの構築はかなり前から実用化されていたが、多くの場合は偵察がメインであり攻撃には実戦投入された兵器が必要になることは変わらない。
日本の領土・領空・領海を網羅したシステムは穴が殆どないことで有名だ。人を介した徹底的な監視、機械的に日本国籍・軍籍を持たない機体が侵入すると航海・航空申請と瞬時に照合を行い許可が出ていない場合はスクランブル発進が掛けられる。ステルス技術と索敵技術は常にいたちごっことなり最新技術を持つ日本に対して遅れている中国が発見されることは当然のことであった。
護衛艦「昴」CIC
雄三に向けて状況を報告する為に橋本は席を離れる。
「艦長。中国艦隊の殆どは撤退の動きを見せましたが、一部艦は戦域を離れず依然侵攻中です」
「橋本一尉。統幕へすぐさま報告。対応を請え」
橋本は統幕へ連絡するが、現海域での待機と攻撃された場合のみ反撃を許される専守専衛を指示された。
日本艦隊と中国人民解放軍の離脱艦は距離を縮めていく。日本艦隊は現場待機を命じられた為、これ以上後退はできない目的の分からない艦隊に関して近づいて偵察するということは日本側にできないことを知っての行動だと考えられた。旗艦「昴」CICでは状況の変化を統幕へと報告する。雄三としてもここでの開戦は避けたかった。中曽根は外交を通じて中国との対話を陸将補ある大河は自分の姪である林檎を救ってくれた。今度は海自の意地を見せる時だ。そのためにも今まで秘匿してきた特殊兵器を積んでいる。
あくまでも大和プロトタイプを使う時は戦端が開かれ敵を殲滅するしかなくなったときのみだ。圧倒的な軍事力は周辺国や大国に対して切り札になるが自国を窮地に追いたてる可能性の高いもろ刃の剣だと言うことを忘れてはならない。人類は核をエネルギーとして使用してきたが原子力爆弾を落とされ唯一の被爆国となった日本は過去を忘れない。経年劣化による風化はあったが最新の技術を使い広島にある原爆ドームは維持されており平和の象徴としての役割を失っていない。
果断な決断をした将として名が残るか、愚かな決断をした者として名を残すかの瀬戸際である。源三は麾下の艦隊に対して迎撃態勢をとるように指示を出す。電子特化艦である昴から離脱艦に向けセンサーによる索敵を行う。正確な情報があれば弾道ミサイルを撃墜できる能力がある。中国人民解放軍が標準搭載している魚雷であれば簡単に爆破することも可能だ。そのための準備は抜かりなく行われ結果を各艦に送信する。
今回の作戦に参加したもの中で一番位が高いものは雄三と柊の三等特佐だ。他の艦を預かるものも三佐ではあるが、ギフトホルダーであり、自衛隊士官学校を卒業しているものは通常の階級より一つ上の扱いをされるためこのような形になっている。能力次第ではギフトホルダーでも将になることは可能だ。実際、大河は陸将補になっておりこのまま順調にすすめば陸将になる。文民統制の関係上、自衛隊のトップにギフトホルダーがなるのには問題があると指摘する者もいるがほぼ旭会の関係者であるため完全に無視できないものの世論として批判される程には問題視されていないものであった。
人民解放軍の離脱艦を指揮する王偉中校は李国家主席の政敵である政治家を支持する派閥に属する。李国家主席が失脚すれば自分達の派閥が共産党を支配でき思うがままに権力を振るうことができるようになる。王からしてみれば軍内で出世が確約されたようなものであり軍需で利益を上げてきた王家としては無視できない利益を提示されたため協力しているに過ぎない。
自家主導で開発した兵器に絶対の自信を持っている王にとってアメリカが警戒している新型兵器など実在していても大したものではないと考えていた。見慣れない艦があるがそれも実験段階の新造艦であるとしか考えていない。日本はいまは所属不明艦を撃沈することも可能としているが本来は警告をし領空・領海外へと退去させることで対応することが長かった国だ。捕鯨国として調査船を出し、妨害に遭いながらも退けてきた。
破壊することに特化することがアメリカやロシアであるなら無効化することに特化してきたのが日本の自衛隊であった。音や光を使って無効化することは可能だ。昴の能力を使って電子的に艦を沈黙させる手段をとるのが堅実といえた。日本からしてみればいかなる理理由があろうと中国からの日本に対する侵略であり、自国防衛の為に現有戦力を使い排除することは当たり前のことだ。中国もそのことを了解しているだろう。
王中校は艦を前進させようとしたが一瞬目の前が光ったと思うと戦艦全体が加熱され蒸し暑さを感じた。過電圧がかかったことにより発熱したのであった。王が指揮を執っている艦はEMC対策こそしているもののそこまで強度の高いものではないが操艦不能になるまでのダメージは残らず魚雷発射の制御も今のところ可能だ。王は危急の判断が必要と感じ日本艦隊に向け魚雷発射を麾下の艦に指示する。
上官の命令に従わせる為に階級があり、軍人として働くことがあるものであれば、まず上官の命令に疑問を持たず実行することを徹底的に叩きこまれる。王の部下である艦長達も同志であり同じような環境で育ってきた者たちだ。命令に疑問を持つ者たちはいないわけではないが反日教育をされてきた艦員達は命令を実行した。十五にもおよぶ魚雷は直線を描いて日本の艦へと迫る。しかし二度目のEMC攻撃によって王を指揮官とした艦隊の砲撃コントロールを失い魚雷は自動操舵が不可能となり直進する爆薬となり果てた。しかし数十キロから数百キロにもなる爆薬の一つでも被弾すれば撃沈する可能性がある。今回の作戦では潜水艦は配備されていないが、最新素材を使っているとはいえ昴はまだ試験運用艦であり不測の事態に対応できない可能性が高い。
大和プロトワンを指揮する柊は離脱艦が現れた時点で搭乗待機から発進待機へと命令を変更して雄三にいつでも発信できるよう態勢を整えていた。陸上戦を想定されている大和プロトワンだが陸・海・空で戦闘を可能にし宇宙での運用も視野に入れている兵器であった為、想定外の事態に対応するべく動き始めた。試作機段階で既に核エネルギーを使用した原子力艦より推進力に優れ瞬間的なパワーも出る。
今のところは長期間の戦闘を考慮されていないので、戦闘継続時間は実用兵器とは言い難いがそれでも給油などが必要になる戦車や航空戦力と同等には戦える能力を有している。オーパーツとも言える超電導コアは解析に時間がかかっており作成する為の素材がなかった。新素材が発見されるたびに莫大な資金を投じて再現をしようとやっきになっていた試作エンジンができたときの研究者の喜びは凄まじいものだったと聞いている。
いまいましく思っている王だったが戦端を開くきっかけとなったのは自分たちでありここから時を引き戻すことは人間である王にはできるはずもなかった。




