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十七話

十二月十一日 午後二十時十分


大志の携帯電話が突然なる。この着信音は母である楓のものだ。情報処理を続けて流石に八歳の大志は疲れていた。休憩を入れようとしていたこのタイミングはちょうどよかったのかもしれない。


「もしもし母さん。父さんからも状況を聞いていると思うけど忙しいんだ。何かあったの?」


楓は大志に全くと言っていいほど連絡を取らない。研究で忙しい楓は家のことも雇っている家政婦に任せている。祖父である源三も現役の外務大臣だ。家事は嫌いでない楓は時間があれば自分で料理するがあとは家政婦任せだ。大志の教育に至っては放任主義だ。


「大志。良く聞きなさい。研究所に林檎ちゃんにしか教えていない暗号通信があったわ。職員によると二十分前のことよ。横浜中華街近辺で数秒だけだったらしいけど情報解析が得意な職員が行ったことだから間違いない。直に大河か要さんに報告しなさい」


「ありがとう。母さん。」


休憩を切り上げ身辺警護を行っている分隊長の柳は大河への報告に椎名は要に報告する為に端末で通信を行う。


大河の判断は迅速に行われた。国枝防衛大臣を通じて中曽根総理への作戦の承認。警察を始めとした公的機関に対しての通知の実行。十分で態勢を整え、並行して軍用機でヤタガラスの第二分隊を横浜に送る。情報処理は既に要が行う範囲になっており量子コンピュータの能力では過剰スペックになるため大志は手持無沙汰にしていた。


「父さん。確実だとは言えない状況でよく判断ができたね。僕なら大使館を疑い、範囲を領事館へと広げて捜索する確実な方法をとるよ」


大志が言っていることも間違いではないが大使館はあくまで治外法権にある。日本国の法律は適用されないし、国際才能保持者人権団体(IGHHR)に参加していない中国は要請があっても聞く耳を持たないだろう。捜査には時間がかかり長引けば林檎が生きて生還する可能性が低くなることは間違いない。


秘匿回線はごく一部の要人を警護する為に本人に悟られないように知らされる。大志も身辺には警視庁のSPが付き当然ギフトホルダーによる警護もされている。これは大志がトリプルホルダーだからではなく祖父が現役の外務大臣で父は現役の陸将補という状況から国指定の特殊関係者に分類されるからである。一般人である林檎に警護がついていたのはあくまでも木野家に対する海自の配慮からだろう。


「大志。林檎ちゃんの居場所が知れた数少ないチャンスだ。数秒の通信だったことを考えると未だ犯人による監禁は継続中だろう。しかも正規の認証用ナノマシンは破壊されている状況で楓がカスタマイズしたVRインプラントからの連絡を無視できるものではない。」


状況からして自分でも同じように行動するだろうと考える大志であったが、特殊部隊員の行動としては少しちぐはぐな感じを受ける。本国との連絡が取れない状況では現地工作員の判断で行われるがここまでの行動は犯人が中国で日本との開戦を望んでいるように動いている。海自が引き出した拿捕された船長の発言は間違いないだろうし中国政府の関与はこの時点で否定できるものではない。気になるのが朝鮮系の人物がいたことだ。


「無視できないのは分かるけど中国人が横浜中華街に逃げ込むってこの状況でもおかしくない?国として犯行を認めることを李国家主席って人がどんな人か知らないけど認めるとは思えないけど。」


「それはわかっている。だがあくまでも中国との開戦を防ぐために必要なのは林檎ちゃんを確保した事実と中曽根総理が中国に対して戦争を行う必要がないことを李国家主席に伝えることにある」


確かに政治的なことは分からないが第三国の思惑が見え隠れする今回の事件は大志に少なくない疑義を埋め込むことになる。入ってきた状況は既に自分以外の者でも処理できるものだ。量子コンピュータによる未来演算の試算では林檎が無事に救出される可能性は六十パーセントとなっており、日中開戦の可能性を五パーセントと試算していた。不確かな情報から未来を予知している為、根拠のない数字だが、大志の中には確信があった。先進国は対立し常任理事国中心による第三次世界大戦が起こる可能性の高さを子供である自分にはどうしようもないことだが、ギフト・超電導コアなどのオーパーツとも言える技術、地球における黒船が近づいているのかもしれなかった。


十二月十一日 午後二十時五十分


横浜中華街にあるとある一室で林檎は恐怖のどん底に落ちていた。身体的に傷は一切負っていないが心理的な傷は大きい。動かなくなった中国人。救出部隊が突入してきたのではなく初めて見た人物が次々と襲って殺して言ったのである。


「お前は何も見ていないし何も知らない。言わざる。聞かざる。見ざるを実行しなければいま命が助かっても必ず殺すことになる。俺にそうさせないでくれ。分かったな」


当て身を受けて気絶する林檎。救出部隊であるヤタガラス第二分隊が突入したのはその五分後であり血の匂いから救出対象が死亡している可能性があったが突入しない訳にもいかないので突入を敢行したのであった。


突入の指揮を務めた田上竜平たのうえりゅうへい一等特尉は要保護対象である木野林檎の無事を確認して状況終了を本部へと連絡を入れた。サバイバルナイフと思われる傷口からみて相手は相当な腕を持つものだと考えられた。警察官による周囲の閉鎖を指示して田上は現場を後にする。林檎には悪いが首相官邸へと護送するまでが田上の任務であり、そのための医官も傍に控えている。覚醒するために薬を使う必要も今のところない。いくら自衛官を目指し士官学校に入学が決まっていても少女に与えた心理的なダメージは計り知れない。未来ある林檎が今回の事件で志を折られないようにと願うしかない田上であった。


首相官邸


いまかと連絡を待っていた者たちにとって林檎保護の情報は安心させるものであったが中曽根にとってはここからが本番だ。補佐する立場にある源三もこの時間であるにもかかわらず在日大使を呼びだした。


「簡潔にいう。貴国が仕掛けた不正規作戦は失敗した中曽根総理からも李国家主席に連絡が行くと思うが、日本は中国との開戦を望まないがやる以上は徹底的に行う」


ハト派で知られた中曽根が開戦を決意したら中国が頭を下げても無駄になる。日本からの最後通告ともいえるべき事態に大使は驚いている本国にいくら問い合わせても連絡がないのだ。


「倉橋外務大臣。こちらとしても国家主席の判断がどうなるか分からない以上は返事のしようがない。はっきり言って私は今回の事件を知らないし本国が関わっているか知らない立場にあることは先日の呼び出しで申し上げた通りだ」


中国大使に裏がなさそうだと考える源三。共産党が支配しているとはいえ既に貧富の差は大きく資本主義と変わりがない。昔のようにとある地域では四本足のものは椅子以外なんでも食べると言う時期は過ぎている。猫・犬・猿の脳みそなどは未だに民族料理として食べる風習が残っているらしいがそれもごく少数の懐古主義者ぐらいのものだろう。


「大使ご足労だった。こちらとしても看過できない事態であったために何度も呼び出して申し訳ないと思う。事件の結果次第だが強制送還という形で中国人船長の身柄を引き渡せるかどうか交渉してみよう」


今回の事件で圧倒的に政治的不利な立場に追いやられた中国。しかもまだ日本近海に展開中である艦隊は日本へと向けて依然、侵攻中である。開戦をしていないので停戦もあり得ないがこの時点ではまだ演習と誤魔化せる範囲であり、日本も受け入れる用意がある分まだ状況は差し迫っているものの望みがない訳ではない。その望みが中国にとって望ましいかどうかは分からないが。


中国政府執務室。


李は国家主席として遂に判断を迫られることになった。日本の中曽根総理から人質の救出を伝えられ中国に対する非難声明をすることは可能だが、事件を穏便に済ます用意があり、艦隊さえ引けば外交上の失点にはなるだろうが、政権を維持できる可能性はまだ李にはあった。自国の特殊部隊と軍部に関して情けないと思いつつ手がないないこともまた事実である。軍部へと撤退の命令を出し、事態を収拾させることを決断する。この決断は間違いではなかったが正解でもなかったことはこの時点では誰も知らないことだった。


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