十一話
十二月十日 十八時
木野林檎、救出の目途は立っていなかった。どこにいるかは定期的に自衛隊に属するダウンジングのギフトホルダーに探させてはいるが有力な手掛かりはない。警察官による検問も実施しているが有力な情報は入っていない。外務大臣として大使を呼びだした源三だったが二度目の呼び出しにも関わらず中国大使は事態の把握をしていないようであった。
国家主席である李が日本政府に対して中国国民の返還請求をしている時点で今回の事件に中国政府が関わっていますと公言しているようなものだ。船長も載せた人員が中国人であることを認めている。船籍が分からないように偽装されていたがエンジンが中国社製で他社には搭載されていないエンジンであったため疑いようはない。一つ気になるのが一人だけ明らかに中国人ではなく韓国人もしくは北朝鮮人と思われる男が乗っていたことだ。
しらを切っているのではなく本当に中国政府が関わっていない可能性もわずかにあるがリーダーとなっていた国籍不明の男を確保すれば事件の解決となる。逃げられても今回の事件を教訓に法改正を行えばよいだけだ。もし今回の事件が明るみになった場合、中国政府は世界中から非難を受けるだろう。昔から傲慢な態度で嫌われることが多かった国なだけある。もちろん全ての中国人が悪いと言っている訳ではない。良い人もいれば悪い人もいる国民性の違いによって誤解を受けやすいと言っているだけだ。
警察庁長官は朝の時点で全国のNシステムを稼働させ自衛隊の協力を経て複数処理、並行処理のギフトホルダーによる情報解析も進めている。幼年学校を中心として徐々に範囲を広め今では日本全国の情報を一括して処理している。情報解析班のリーダーを務めるのは要だ。最も犯人を見つける可能性が高くまた軍事的権限を超能力幼年学校内に限定されている要の有効活用を外務大臣の源三とその息子であり現役の陸将補である大河が中曽根に対して直訴したからだ。
これには防衛大臣である国枝も反対しない。ヤタガラスは防衛大臣直下の特殊部隊になるがあくまでも自衛隊の最高司令官は内閣総理大臣である中曽根だ。しかし中曽根には軍事的な知識が乏しく、軍事に長けた国枝大臣の指揮のもとで行動させる方が効率がよい。歴代の総理大臣も政治ならともかく軍事は専門家に任せた方が、遥かに効率が良いことを理解していたので拒否する者はいなかった。
直属の上司となる国枝とその部下の倉橋大河、二人の関係は幼年学校時代まで遡るが、国枝も元自衛官であり現状を変えるために政治家を目指した優秀な人物であることには違いない。要は睡眠時間を削り脳に掛けられる負担ぎりぎりまで粘って処理を続けている。午前十時の時点で横浜方面へと逃げる不審車両と埼玉方面に逃げる不審車両が見つかっており埼玉方面に逃げた車両は別の監禁事件の被害者を乗せた車両だった。
不審車両から少女を救出したと一報が入った時には安堵の雰囲気だったが逮捕されたものがノーマルだったことそして少女が十歳に満たない年齢であったことから別事件と判明した。警察庁記者クラブの記者の中には今回の事件に勘づいているものもいたが敢えて警察庁には取材の申し込みをしていなかった。中曽根は総理大臣としては被害者が救出されたことは喜ばしいことだが警察の特殊部隊【白虎】の投入を要が大河に進言したことから二人の中では林檎とは無関係な事件だということが分かっていたのだろう。
テレポーターが移動するには少女を連れていては目立つ。才能保持者保護法が制定され未成年のギフトホルダーを成人したギフトホルダーが帯同して移動しても問題はないが、実生活のなかではギフトの使用を制限している現代社会において法律で認められているギフトの使用要件は厳しい。ギフトを使用していれば一目でわかるテレポーターにとって通報されるリスクを負ってまでは移動しようとはしないだろう。そんな目論見もあって不審車両・不審船舶を捜索していたが迂回して西日本に逃げる可能性、Nシステムにわざと映って情報かく乱を行う可能性も踏まえて慎重に探していた。
中曽根は全国で警察官を動員して検問を行っていたが年末に向けての強化期間であり毎年のことなので気にするものは少ないが免許証の提示以外にナノマシンチェックを行う検問を行ったことで重大事件が起きていると誰しもが考えていたので救出された少女には悪いが情報操作を行うことにした。
警察庁長官が行った緊急記者会見は概ね好意的に捉われ少女を無事に救出したことから国民が納得いく会見となった。実際に起こった事件で林檎誘拐とは関係がなかったが解決したことは事実なので問題にされるはずがない。ノーマルの女の子だったが犯罪者がギフトホルダーであることが珍しくない現状では警察が行った行動は寧ろ評価されるに値する働きだった。
二十時となり林檎が誘拐されてから丸一日が経とうとしていたが、手掛かりは一向にないままだった。
一日ものあいだ厳重な警備が張られ大志はうんざりしていた。父の部下であるヤタガラスの隊員は顔見知りのものも多く、話し相手になっている。大志が今できることは勉強をし体を鍛えることであったが木野林檎が誘拐されている現状で暢気に授業を受けている場合ではないと考えている。まずは自分にできることをすることにした。
「椎名さん。父さんと連絡が取れる通信機械を貸してください」
椎名と呼ばれた男はヤタガラスの隊員であり、大河の部下であることから何度か家にも訪ねてきたことがあり顔見知りだ。椎名は内心このままおとなしくしていてくれないかなと考えていたが事前に要から通達があったようにおとなしくしているはずもないと椎名桔平も考えていたが特殊部隊も出動し、国家規模で動いているところに子供が出て行ってもなにもできないし邪魔になるだけだ。
「すまない大志。要さんからそのような要求があっても応じないようにと厳命を受けている。知り合いが攫われたことで動揺しているのは分かるが大人しくしていてくれ」
その返答は予想できていたものであり、対策も当然ある。
「椎名さん。大人しく渡してもらえると助かる。」
才能保持者保護法では未成年に対する制限は多いが保護者との直接交渉権は侵害されないものとされている。護衛官である要を解任する気は大志にはないが、判断を不服とした場合に保護対象が親権者の同意を経て解任することも可能だ。また殆どのギフトホルダーが親元を離れて八歳で超能力開発幼年学校へと入学するため親子の通信は被疑者と弁護士の関係のように秘密交通権を行使できる。法律に明記されていることであるがそこまで気にして生活している未成年のギフトホルダーは少ない十歳にも満たない年齢だと考えると異常とも言えた。
「椎名さんを秘密交通権の侵害で国際才能保持者人権団体(IGHHR)に訴えたくはない。もちろん要さんを解任する必要もないと考えてます。ただ父と話がしたいだけなんです。」
日本政府が否認したとしてもギフトホルダー個人が訴えれば確実に他国の眼を引くことになる。トリプルホルダーが日本にニ十人に満たない数しかいないことを考えると注目を浴びることは何としても避けたい。大河に連絡をすることは可能だが話の内容によっては自分の責任問題に発展する可能性がある。
「わかった。ただし隊長は忙しい三分だけだ。これ以上は幾ら大志が望んでも隊長が許可しないだろう。」
諦めて大志に暗号処理が施されたインカムを手渡す。各国が独自に開発しているものであり技術大国日本の製品は世界から見ても一級品だ。ヤタガラスは部隊の性質上、日本の機密に関わる作戦に従事することが多く防諜対策もしっかりされている。
インカムを受け取った大志は大河に通信を試みる。個人携帯用のインカムは作戦毎に暗号が変わる【エデン】と暗号入力して通話可能な状態にする。暗号を教えてないにも関わらず大河と話はじめる大志を見て椎名はため息をつく。国内や海外の諜報機関に情報が漏れることを気にしなければ大志は学校にあった端末からでも大河に連絡をとっただろう。
一日大人しくしていたのは要が対応に追われ状況の把握に努めていたように大志も授業を受けながら個人携帯が許可されている高性能デバイスで情報をかき集めていた。本来なら禁止されているが緊急事態の場合、未成年のギフトホルダーでもギフトの使用を許可される法律を盾にギフト使用を続けていた。発現が確認されてから訓練をしてきたために大志のギフト使用の技術は学生では敵わない。正式に任官している自衛隊士官学校の卒業生でも熟練度は低いだろう。
VRインプラントと呼ばれている高性能デバイスは緊急連絡用に祖父である源三が買い与えた。父である大河も持っていた方が良いと考えており、セキュリティレベルも軍用に準じており遥か昔に開発されたスーパーコンピュータ【京】の演算能力を遥かに超えている。携帯電話・パソコンなどの機能は高性能化したが、VRインプラントは一般には普及していない。脳内に擬似タスクを開くことができ、開発当時、一世を風靡したVRギアを発展させたものなのだが、思考のみで動かすことはできるが現時点では実用性に欠けている。慣れないと起動すらさせることが難しく個人用にカスタマイズする必要が出てくる。特殊ナノマシンを使った弊害ともいえ脳内の活動領域が多いギフトホルダーでないと扱うことができない。ノーマルにとって脳にかかる負担が大きいとされ実験に協力した様々な年代の男女は不調を訴えるものが多かったが、普段からVRデバイスを多用している人には適性が高い傾向が分かっただけでも収穫だったとされている。
大志は大河との会話で自分にとって必要となる情報を引き出していくそれは事件の解決に必要なものでありエデン作戦の成功に重要な位置を占めることになる。




