八話
疲れた表情をしている要を源三は暖かく迎え入れていた。
「よく来たな要。元気にしていたか今回の事件の責任は要にはないぞ。ヤタガラスの警戒網を潜り抜けるとなると特異質系か操作系のギフトホルダーの仕業だろう」
「親父。そんなところで話をしていても仕方ないだろ。要も疲れているようだし話を手早く済まして寝かしてやろう」
「大河。源三さんすみません。本来であれば協力を要請した時点で挨拶をしにこなければいけないところを」
要の話を最後まで聞かずに遮る大河。
「ヤタガラスで俺の副官をしていたときから実務能力に疑問を持っていない。それに自衛隊内でならともかくあそこの管轄は総務省だ。いくら保護法に基づいた権限を有しているとはいえ役人からしてみれば要は邪魔者でしかない。」
その通りだと言わんばかりに頷く源三。
「総理大臣への報告は既に済ましてある。流石に状況が黒に近い以上は正式な非難声明を出すかは別として誘拐された少女を救出するのが先決じゃろ。」
外務大臣として派遣されている中国大使を呼び出し、鎌をかけた。中国大使は知らぬ存ぜぬを通しきったように思えたが狼狽している様子から源三には後ろめたいことがあるということを見抜かれていた。
「中国に後ろめたいことはあるのは間違いなさそうだが日本に直接手を出すなど馬鹿なことはしないだろう。韓国と今でも国境を分けて争っている北朝鮮が先兵となって行動した可能性は否定できん。」
要も自分が得ている情報を伝える。
「未だ見つかっていない木野林檎ですが、不審船から逃げたもしくは使用していた不正規部隊によって誘拐された可能性が高くなりました。都知事権限による都内のGID移動履歴を調べたところ校外に出た数キロのところで信号が遮断されており、現時点では都内に潜伏しているかは不明です。また木野林檎の叔父である木野雄三、三等特佐に協力を取り付け海保が拿捕した船員と船籍の情報を引き出すように動いてもらっています。」
大河と源三の二人は要の労を労う。
「佐藤大臣はギフトホルダーを差別する傾向にある。あやつの相手をするのは疲れただろう少し寝て行くと良い。」
事件発生から半日余り事後のことを二人にお願いして少しの睡眠につくのであった。
首相官邸
十二月十日 三時
中曽根喜一、内閣総理大臣は本日の執務を終えて眠りについているときに田中秘書官に起こされた。
「総理。倉橋大臣より緊急連絡です。内閣危機管理室の設置を求められています。」
状況を理解できていない中曽根だったが何か良くないことが起きたことだけは理解できた。
「わかった。いますぐに倉橋君に電話を掛け直して状況を説明してもらう。すぐに手配できるように準備だけはしておいてくれ。」
中曽根の言葉を聞いて動き出す田中秘書官。優秀な成績で大学を卒業しており官僚としての道を望まれていただけはある優秀な男だ。言われるまでもなく必要なことをこなすだろう。
中曽根は直に電話を掛け直した。内容を聞いて中曽根は現場責任者を責めるつもりはない。佐藤大臣には困ったものだ。ギフトホルダーを嫌う節があるが、本人が優秀なのは間違いない。ギフトを持たない人にとってギフトホルダーは確実な才能があるだけで羨望の的になる。能力的にも高いものが多い。そうなるとノーマルな人にとってギフトホルダーは本来であれば就くことが可能だった待遇を不当に奪うものに見えることだろう。実際は幾らギフトホルダーといっても同じ人間であり努力をしなければ優秀なノーマルに負けるだろう。
今回の状況は才能保持者保護法だけではなく、国民保護法で護られる存在だ。ギフトホルダーが現れ始めた頃には各国でギフトホルダーが誘拐される事件が起きた。外国が関わっている事件もあり外国からの拉致監禁に対して国が外務省を通じて返還要求もしくは交渉を行う法律だ。この場合はギフトホルダー・ノーマルに関わらず憲法で保障された生存権を護るために制定された。保護対象も海外から安全な日本に逃げてきた外国人も対象にするために日本国籍を有する者に対して行われる。
この頃だろうか。ギフト至上主義を語る団体ウロボロスが活動し始めた。活動拠点は良く分かっていないが各国に一定の支持者が居る様である。国民保護法が制定されるきっかけになったとされる組織だ。常駐する特殊部隊が少ないとはいえ、国内最高戦力とも言えるヤタガラスのメンバーが気づかなかった。二名だけでは探索範囲が狭められるが優秀な者たちなので今まで問題なかった。そもそも倉橋大志が入学することを契機に二名常駐で派遣することが閣議で決定された。佐藤大臣も渋っていたものの了承した。
防衛大臣からしてみれば将来の国防の要になる人材だし、文部科学大臣からしてみれば自己の管轄である学校施設で問題を起こされては堪ったものではない。警備は万全なはずだった。中国の介入と思われる不審船騒ぎやギフトホルダーを良く思っていない旭会。問題が多い世の中となってはいるがノーマルもギフトホルダーも共存しているし、これからもしていかなければならない。国の利益を考えればギフトホルダーは多いに越したことはない。そのための国費を投じての研究だし研究者達も投資に見合っているだけの成果を上げてきた。
医療技術の発展で既に癌は死病でなくなった。ナノマシンによる癌細胞のみに対しての攻撃を行わせることで副作用を限りなく抑え放射線治療の様な苦痛を伴う治療を行わなくて済むようになったのだ。相変わらず少子高齢化に近い状態だが寿命が延びて現役で得られる時間が長くなったことによる変化なので現状が維持できれば問題ない。クローン技術は人間に対して行うことは禁止されていたがクローン技術を応用した臓器の生成は認められている。九世紀ほど前になってしまうので詳しい当時の状況は残っていないが万能細胞による複製が問題になった細胞で昔の研究者が発見したIPS細胞と似たような原理を使って臓器を作っている。
この技術は軍事利用もされている。俗にいう強化兵だ。加齢に伴う筋力の低下をどうにかしようと開発された技術ではあるが、その有効性は民生用に留まるものではなかった。鍛えられた兵士を用意するのには時間とお金がかかるが、強化を行うことで少なくとも時間だけは短縮できるのだ。視覚・聴覚・筋力といった肉体を強化すればそれだけで脅威となる兵士が出来上がる。これにはギフトホルダー・ノーマルといったことが関係なく本人の意志さえあれば国が安全性を確認したうえで施術を許可している。もっとも肉体を人工的に強化することに違和感を覚えるものは多くまたパワードスーツという外部要因ではあるが強化も可能なので実際に行っているものは少ない。それに身体強化を持つギフトホルダーもいるので何とか一人一人の戦闘能力を向上させ平均化させようとした結果だ。
技術の進化について話してきたが、これからが核心だ。放射線マーカーによる人工衛星での捜索をしなくても良い便利なものがある。日本では戸籍を管理しやすいように住民基本台帳というものが昔あったそうだが今ではもっと便利になっている。個人IDを割り振られたナノマシンを出生後に体内に入れることを義務付けている。このナノマシンの情報はギフトホルダーの情報管理同様にアクセス権を持つものが限られる情報だ。
端末からも情報を調べることはできるが市役所などであれば、その範囲内のみで情報も戸籍情報ぐらいだ。また病歴などは日本医師会の認定医でないと見ることができない。その際には患者本人が設定したパスワードでロックを解除しないとみることは幾ら医師でも不可能だ。緊急手術などの場合すこし条件は緩和される。宗教的な理由で輸血を拒否する外国人もいる。また血液型が分からないと修復用のナノマシンを入れても失血死する可能性もある。これも追認の形で日本医師会に報告する義務を負い患者は個人情報を侵害されたとして医師を訴えることはできない。
ナノマシンは便利だ。これはギフトホルダーに限ってのことだが、現在位置をナノマシンで調べることができる。携帯用GIDでも可能だが未成年のギフトホルダーに限っては両親の説得もあり殆どのものが同意し、国による捜索に役立てるという場合においてのみ許可される。未成年なのでまず両親の許諾また内閣総理大臣の許可が必要だ。
ここで野党に批判されることを省みない中曽根の判断が木野林檎の命だけではなく日本の独立を護ることになることになるとはだれも知らない。




