六話
沈黙の三日間。それは木野林檎が突然いなくなり担任をしていた要と元上司である大河が林檎を救い出すために要した時間であり、日本の対中・対北政策を転換させるきっかけにもなった事件を指している。実際にはギフトホルダーが一時的にとはいえ、誘拐され、しかも国家に保護されたのは十四歳の少女だということもあり世間には公開されなかった。
事件の発覚は十二月九日の二十時過ぎ。普段なら寮に帰ってきている時間なのに同室に住む妹である苺が帰ってこない姉を心配し寮監に報告して発覚した。その時点で警備責任者である要の元に寮監から連絡が入った。寮監は一般人であり、素性は確かな者であったが有事に対しての訓練は行われておらず、マニュアルに従って報告する義務があった。食事を摂っていた要は警備室へと駆け込み異常がないか常駐の警備員・監視員に報告させたが異常は認められなかった。
この時点で既に何かが起きている可能性が高いと判断した要の勘は正しかった。警備責任者として内閣府超能力管理局に緊急通信を行う。しかし要の判断を先走りだと考えた当直職員によって警戒レベルが三だと判断している要に対して考えすぎだとしかもその当直職員はこんな時間に緊急でもない用件で電話をかけてくるなとまでいって電話を切った。
この当直職員は勘違いをしていた。教師として派遣されているが肩書上は次長クラスの権限を持つ要に対しての暴言である。超能力管理局に所属する要であるが一般の職員がデスクワークなのに対して現場で警備・教師をしている要の名は組織内で良く知られていないことが裏目に出た。電話を切った職員に対して怒っても仕方がないので管理部長に電話することにする。
第一報はあくまで管轄である超能力管理局に入れることになっており、正規の手続きを踏んでいないといくら内閣総理大臣署名の命令書があっても効果をなさない。保護ランクは低いが才能保持者保護法に関した緊急要件である。時間を問わない対応をして当たり前であり総務大臣の署名がなければ組織を動かすことはできない。
「管理部長。夜遅くにすみません。特異事件が発生し現在警戒レベル三と思われる消息不明の少女がいます。名前は木野林檎。六年生で次席を務めています。報告者は妹である木野苺です。学校内の捜索を順次行いますが念の為に東京都都知事による保護命令を出させるように要請してください。」
管理部長は要の職歴を知っており、要が判断したのであれば間違いはないだろうが責任をとらされるのは困るといった雰囲気で回答する。
「仙崎君のいうことは尤もだが事態が確定していない現時点で都知事に対する保護要請は出せない。しかし所轄警察署の署長に対しての保護要請ぐらいなら今すぐにだそう」
責任をとりたくない管理部長の言動にいら立ちながらも警察官を使っての捜索ができるだけましだと考える要。
「分かりました。更に事態が急変した場合のみ報告させて頂きます。捜索のため用件のみとなってしまいましたが失礼します」
自衛隊に所属しPKOなどで海外派遣された経験をもつ要からしてみれば管理部長の言動はただの責任逃れであり事態を深刻化させる悪手でしかないが戦争がなく自衛隊にでも所属していない限りは海外の紛争地域に派遣されることのない一般人はこの程度の危機管理能力もないのかとどうしても考えてしまう。
大河の元で働いていたときはこのような事態が起きた場合は迅速に処理することを許可してくれた。要自身も分かっていない直感のようなものでも可能性がある限りは検討し大河の責任において行動することを直に指示された。様々な理由で紛争地域へ派遣された大河であったが要の能力を信頼して任せることで死者を出さずに乗り越えてきたと今でも考えている。息子がトリプルホルダーと判明し自分の手許から離れる際にも負傷を理由に退官し必ず大志を護ることを約束してくれた要の事を信頼していた。
佐官であった要の給料はいまに比べるまでもなく高い。危険手当を含まない金額にしても今の給料額であれば半額に近いはずだ。目の治療を手配し尽力してくれた自分と父に対しての恩返しだと考えているのだろうと大河は思っていた。
このとき動員された警察官は百名。行方不明となっている少女がギフトホルダーだと考えると少ない。行方不明になってからすでにニ時間~三時間が経過していると思われるが車であればすでにかなり遠くまで移動できるし、テレポーターによる移動であると想定すると国内から脱出する準備を整え終わっている可能性もある。
そのための都知事による保護命令なのだが管理部長は理解していないみたいだった。ギフトホルダーの国内の移動には基本的には制限はないが記録を残すことを義務付けている。更に未成年のギフトホルダーに対してはギフト無効装置「GID」の装着を義務付けている。
識別番号による検索をかければ居場所を特定することも不可能ではないが、都道府県知事以上の役職者か総務大臣の許可が必要になる。警備上の理由で超能力幼年学校内でのみ使える端末があったが捜索前に起動してみても林檎の反応はなかった。
居場所は完全に分からなくなり捜索する集団も機械に頼らない少ない人数での人海戦術になる。内心は毒づきながらも職務である林檎の捜索をする。
大河に電話することと苺から事情を聞くのも忘れない。既に日にちは変わり十二月十日になっている。日付が変わる前に解決しておきたかったが正直なところだが上司が有能でも解決には時間を要していたことは間違いないだろう。
明日は教壇に立っている時間はないだろうから代わりの先生を見つけておかないとならない。学校を封鎖して授業を中止するかについては校長と話す必要性が出てくるだろう。校長はあくまでも文部科学省の人間なので生徒の安全については要に委任しており要が望めば休校にしてくれるだろうが他の生徒に対しての影響力を考えると林檎は体調不良による欠席にするしかなくなる。
頭を悩ませる要であったが事態は悪い方向へと進んでいた。
林檎が目を覚ました時、目の前はアイマスクをされており見えなかった。体も拘束具で固定されているため動かすこともできない。更に悪いことにGIDによってギフトが無効にされている。薬効強化なので妹と違って外部に連絡をとることはできない。しかも学校の備品であるGIDはどこにあるか分からなかった。普段は左腕に装着する形で起動させているが校内は固定型で無効化しているため寮の中でしかつけていなかった。
最後に覚えていることは、保健医の杉崎先生と別れた後に後ろから何かの薬品を嗅がされて気絶したということだけだ。距離が離れていると苺によるテレパスも効果がなくこちらから連絡する手段を持たない。なおかつ相手の目的すら分からないのだから下手に動くと事態を悪化させる可能性の方が高い。持ち前の観察力で冷静さを取り戻した林檎であったが正体のわからないものに身柄を拘束されているのは不安を掻き立てる。
しかも近くから聞こえる音は車か何かで移動する際に出る音だけであり犯人につながるものは残っていないと考えるが妥当だ。自分で動いて解決できるのであればそうすべきだが林檎自身の戦闘能力は低い。女性で唯でさえ筋力が劣るのに蛮勇に走って殺される可能性を高めることはない。超能力幼年学校を襲った犯人からすれば誰でも良かったという可能性はあり得るがそうでなかった場合、木野家に保管されていた隕石が目的なのかもしれない。発見当初は隕石に注目するものは少なかった。ロシアなどでもたまに隕石が墜落することもあるのでたまたま人が少ない北極に落ちただけだと考えられていた。
自衛隊員達は珍しい隕石を各家庭に持ち帰った公務であったとはいえ休憩は隊員達にも与えられておりその休憩時間にわざわざ採りに言ったのだから国としては接収することはできず個人の拾得物として認めるしかなかった。北極はどこの国にも属さず土地の所有権を主張する国家もないそこに隕石が落ちてきたのでこのような処置になったとされている。
木野家の祖父に当たる人物が持ち帰った隕石は拳大の大きさで比較的小さな分類になるがこれ以上は手に入れることのできない物質であるため非常に価値は高い。また研究機関が買い取ろうとしてもギフトを与えているのがこの石に秘められた力だと考えるものが多く隕石一つに対して巨額を支払おうとしてもなかなか手放そうとしない。楓の研究によってそれが真実だと分かると価値は更に高まったが遺言によって国に寄贈され木野家には使用優先権が与えられることになった。
そんな事情が林檎を今の窮地へと貶めているのかもしれなかった。




