『魔法使い、偽物勇者の後を追う』の巻 そのご
「・・・」
「やっぱり大きいね、この砦・・・」
丘の上に立った二人は、しばし呆然として砦の事を見下ろしていた。
中で動く人こそあまり数は見られないものの、その気になれば1000人近い人間を配備出来そうなその砦の外見にはさすがのバクも辟易した。
明らかに、ただの盗賊のアジトとは思えないその規模は、必要以上に警戒心を持って当たらなければならない事が明白だった。
下手につついたら、何が出てくるかわかったものではない。
「・・・どうする?やっぱり、近くの街を探す?」
妖精さんは改めてバクの表情を窺った。
街を見つけたからといって事態が好転する可能性は低いかもしれない。
なにせ、この規模の砦を持っている奴らのことだ。近隣に村や街があったとしても、そこの住人も恐れていて手を出していないからこそ、ここまで堂々と人目につく巨大な砦を築いて維持することができているのかもしれない。
さらに状況が悪ければ、村や街に対して影響力を強く持っている可能性だってある。領主と結託して、半ば公認のように盗賊業を営むものも少なくはない。盗賊達に商隊を襲わせ、申し訳程度の戦闘で下っ端の何人かを捕らえ、馬鹿みたいに軽い刑罰を与えて釈放する。そうして得た不正な利益を、自らのものとして溜め込む領主が多いのだ。先代の勇者が忽然と姿を消してから急速に国力を衰えさせ始めた南の国ブバトでは、自衛を目的として特にそういった行為を働く輩が多いと聞いていた。
しかし国力こそ豊かなものの、現在の王が公吏の取り分を厳格に削った、この中東の国グローリアにおいても、自らの富を蓄えようとそのような行為を働く者が後を絶たないのだという。
「・・・いい」
バクが小さく横に首を振るのをみて、精霊さんはため息をついた。
「仕方ないわねぇ・・・どうしてもやるの?」
「うん」
「相手の戦力もわからないのに?」
「・・・」
「あのドラゴンだって、どうしても助けなきゃいけないってわけじゃないのに」
「・・・」
「・・・危ないわよ?」
「・・・」
「やる?」
「・・・うん」
「はぁ~・・・」
「・・・逃げて良いよ」
「・・・何言ってんのよ、手伝うわよ」
「・・・いいの?」
「当たり前でしょ。その、なに、あれじゃない」
「・・・?」
「・・・友達でしょ?」
そう、精霊さんが鼻の頭をかきながら呟いた言葉に、バクは目を大きく見開いて精霊さんを振り返った。
「な、なによ」
「・・・」
「ちょ、ちょっと、なによ、黙ってないでなんか・・・」
「・・・ありがとう」
「・・・別に、久しぶりに人間と喋ったから、気まぐれよ」
「・・・うん」
バクが微笑むと、精霊さんは耳まで赤くなりながらボリボリと頭を掻いた。
「こういうキャラじゃないんだけどなぁ・・・」
そう言って、精霊さんは調子の狂った顔のまま、詠唱に入った。
ひとしきり印を結び終わったところで、精霊さんは閉じていた目を片方だけ開けてバクに向かって頷いてみせた。
「あたし、マナ収集をやるから」
「うん」
「バク、あんたが攻撃を担当しなさい」
「わかった」
精霊さんの言葉に、バクもすぐさま印を結び始める。
「広域氾濫術式展開、標的は設定せず。倍率は1を設定、様式は流水を選択。目的地点は視認済みの点を設定」
「狭域収集術式を展開、標的は単数。倍率は10を設定、様式はマナ元素を選択。目的地店はバクを設定。同時展開。広域搬送術式を展開、標的は設定せず。倍率は2を設定、様式は風を選択。目的地店は設定せず。バクの術式を追随するものとする」
二人の詠唱が同時に周囲にこだまする。
程なくしてバクの周囲には青いマナが、精霊さんの周囲には緑のマナが収束を始めた。
(すごい・・・)
術式を展開しながら、バクは自分の視界の隅で行われている精霊さんの術式に感嘆を覚えた。
(二つも術式を同時に展開してる・・・)
精霊さんは自分の頭の耳飾りを触媒として用いているようだった。頭から伸びる四本の羽のような飾りのうちの二本に手を添え、マナ収集の術式に続いてバクの水の術式を増幅するために風の術式まで展開しているようだった。
(倍率も、すごい、私の倍くらいの量のマナを一度に・・・)
精霊さんが決定していく解放威力の設定にも驚きを覚える。
この精霊さん、精霊族の中でも相当有力な力の持ち主なのかもしれない。広域の術式を威力設定2以上で使うばかりでなく、しかもマナの術式を全力で解放しているのだ。
並大抵のマナの操作量ではなかった。
並の魔道士であれば、確実に中毒症状を起こしているほどのマナの量だ。
(これなら・・・)
精霊さんの真剣な顔に、バクも自分の気持ちが一層引き締まっていく感覚を感じた。
術式の展開において、段階というものが存在する。
大まかに分けて三段階の内容は、
第一の段階はマナの収集。
第二の段階は術式の構築。
第三の段階はマナの解放と物質への干渉。
各段階に重要な要素を含み、同時に、各段階で術者に危険をもたらす可能性がある。
また、術式には単独で行うものと複数で行うものがあり、特に複数で術式を重ねる場合は第2段階で行われることが望ましいとされている。まだ明確な解放形式をとっていない素のマナに干渉することで、解放段階において他者のマナや意思が影響を受けやすくなるのだ。例えるなら、焼く前のパンにくるみを練りこむようなものだろうか。小麦の段階で混ぜても意味はなく、焼きあがったあとに付け加えようとしてもうまくはいかないのだ。
第2段階における魔道士同士の干渉方法は、介入、反発、増幅、制御の四つ。
介入は相手の詠唱を邪魔し、マナの暴発や効果変化を狙う攻撃的な干渉方法であり、反発も同様にマナの逆流を狙って術式が術者本人に向かわせようとするものである。
一方で増幅は相乗とも言われ、一方の術式に自分の術式の持つ物理的・マナ的な効果のメリットを付加させその威力を倍増させようと狙うものである。
制御は特殊なもので、あまり行われることはない。
新人の魔道士が自分のマナを制御しきれないときや、余りにも強大なマナを有する者が適度なマナを開放できるように複数人でそのマナを押さえ込もうとするとき、また、マナを封印する目的などで用いられることがある。
街への飛行術式を行おうとした際にバクがやってしまったことは、精霊さんの術式の第二段階に強制介入して術式の内容をまるっきり書き換えてしまうことだった。
しかし結果として起こった転移は、分解、座標の設定、移動、再構成といった人間の演算能力では到底不可能な情報量とマナや物質への神同様の理解がなければ不可能とされる術式であり。過去の勇者が行ったとされる記録を除いて実行されたことのない、いわば幻のような術式であるのだった。
「・・・」
「・・・」
バクの周囲のマナが杖の先から一気にバクの体内へと流れ込んでいく。体全体がうっすらと青く発光し、バクの意思によってマナの性質が変化をしていく。
「発現します」
バクが閉じていた目をうっすらと開くと、バクの周囲にゴォッ!という轟音とともに一瞬にして、何もなかった空間に巨大な水塊が出現した。
そのあまりの巨大さに、一瞬精霊さんは息を呑んだ。
(な、なにこの量・・・これ、明らかに周囲から集めたような量のマナじゃない・・・この子の中にあるマナの量が・・・馬鹿みたいに多いんだ)
長い時を過ごして来た精霊さんにとっても、初めて見るような規模の水の術式だった。
(この子・・・すごい!)
バクの顔に視線を移すと、ぼんやりとした表情で自分の頭上に浮かぶ水塊を眺めている。
「・・・良かった、今日は、うまくいった」
(・・・?)
どういうことだろうか?
「発現」
バクのつぶやきに僅かに疑問を覚えたものの、精霊さんも気を取り直して術の発現を行う。
今頃、砦からもバクの水塊は視認されていることだろう。
モタモタしているような時間は、ない。
ゴッ!!!!!!!!!!!!!
精霊さんのマナの解放によって、バクの術式に合わせて調整された風が一気にバクの水塊を包み込む。
やがて風と水塊は混ざり合わさるようにその形を変化させ、空間に浮かぶ巨大な渦へとその形態を移行させた。
バクの額に、一気に汗の粒がびっしりと浮かぶ。
形態を維持するために、マナの連続供給が行われているのだ。
(まだ若いのに、ほんとにやるわねこの子)
いくら自分が外からもマナ供給を行っているとはいえ、あの術式を構築しているメインパイプはあくまでもバクだ。
これほどの規模の術式を発現させ、展開を維持しているその技量とマナの量は常軌を逸しているとしか思えなかった。
(でも、今は・・・それどころじゃないわよねぇ!)
違和感を感じ、視線を砦の方向へと素早く動かすと、砦の内部でも強大なマナの展開が行われている光が発現している。
誰かが、危険を察知してこちらの術式を迎撃しようとしている。
(・・・向こうにも化け物みたいなのいるわねぇ・・・)
「バク!!!!!!」
「・・・うん」
精霊さんの怒鳴り声に、汗を滝のように流しながら、バクが歯を食いしばって媒介である杖を砦の方向へと振り上げた。
「ドラゴンの場所は!!!?」
バクはその問いにも苦しそうに頷く。
「マナを、感知してる。避けれる」
その答えに、精霊さんも力強く頷いた。
「あたしもサポートする・・・バク!!!!!!!!!やっちゃえ!!!!!!!!!」
「解放します」
その言葉と同時に
爆音があたり一面に轟いた。
今までバクの頭上でグルグルと渦を巻いていた水塊が、一瞬にして意志を持った生き物のようにうねり、蛇のような形をとり、恐ろしい速度で打ち出されるようにして砦へ向けて一直線に放たれたのだ。
地を這うようにして放たれたその水の矢は間にある木々や草を器用に避け、目にも止まらぬ速度で砦の柵へと激突を
しようとした瞬間だった。
ゴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
砦の柵の内側から突然出現した巨大な氷柱が、バクの術式に突き刺さった。
爆風が起こった。
凄まじい風が少し離れた地点にいたバク達にまで襲いかかる。
バクが意志をもって避けた木々が一気になぎ倒され、地面はまるで水面をえぐるかのようにいとも簡単に掘り返されて土砂をそこかしこに降り注がせた。
「な、なななななななな!!!??????」
爆風に吹き飛ばされまいと、バクの帽子にしがみついていた精霊さんが驚愕の声をあげる。
「相殺された!!!!!!???????」
「・・・」
激しい土煙で、砦の様子は正確にうかがい知ることができない。
しかし、あの土煙の中にこちらを認識し、明確に敵意を持っている魔道士がいる。
早く、次の手を打たなければならない。
「もう一度、術式を・・・」
そう、バクが精霊さんを振り返った瞬間だった。
「あんたぁぁああああああああああ」
「!?」
「ひぎゃぁあああああああ!!!!!?」
「どこのぉおおおおおおおおおおおおおお、こむすめぇええええええええええええ?」
いつの間にか
自分のすぐ後ろに、けばい達磨がたっていた。