『魔法使い、偽物勇者の後を追う』の巻 そのさん
『なぜなに偽物勇者☆』(プロットの一部を公開)
魔獣・妖精・精霊:ドラゴンは巨大な体躯を持った魔獣である。魔族というよりも、魔力を大量に有した獣という分類がなされる。それほど高度な知性は持ち合わせておらず、よって明確な意志をもって人間を侵略しようとする魔族には分類されない。言語などは用いないが、先天的な種族の特性として魔族と同じ橙色のマナを用いて術式を発動させるため、一般的な獣ではなく、『魔』獣と言われているのである。また、魔獣と同列に位置するものとしては他に「妖精」が存在する。妖精は魔獣と同様、それほど明確な意思は存在しないとされ、その生態には未だに不明な点が多い。精霊と混同されることが多いが、精霊が術式によって明確に認識できるように形どられ、人間とも意志の疎通が可能なのとは違って妖精とは確立されたコンタクトの方法は見つかっていない。精霊が「場所」に住み着きテリトリーを有して単独を好むのに比べ妖精は一つの「物」に複数が同時に寄生し、集団で行動する傾向が見られている。先天的に用いるマナは人間と同様に青。水や氷の術式を詠唱や印を用いずに突如発現することが可能とされている。このことから精霊が確立された一個の生命体であるのと比較し、妖精は人間のマナにおける活動の予期せぬ副産物としての精神体なのではないか、とされる説を唱える者も多い。
「ちょっとバク!待ちなさいってば!」
バクは精霊さんの静止も聞かずにずんずんと森の奥へと進んでいく。
「もーいうこと聞かないんだから!ドラゴンよドラゴン!あいつら凶暴な事で有名なの知らないの?」
そういう精霊さんに、バクはちらりと視線を送った。
「・・・知ってる」
「だったら!」
「でも、あの声」
「声?」
バクは声が聞こえた方に視線を戻すと、それきり再び黙り込んでしまった。
声が、なんだというのだろう。
精霊自身も、子供のドラゴンの声は聞いたことがない。ドラゴンは生息する場所が限られており、目にすることは非常に珍しい魔獣なのだった。
「ねぇ、声がなんだって言うの?」
黙ってしまったバクにやきもきとしていた精霊さんは、我慢ができなくなって再びバクに声をかけた。
バクは再びちらりと横目で精霊さんを見ると、そこで一度足を止めた。
「ど、どうしたの?」
「声、聞こえなくなった・・・」
言われてみれば、確かに森の中にさっきまで響いていた声のような音は今は聞こえない。
「本当、どうしたのかしら」
「・・・」
バクは再び足を動かし始める。
精霊さんも、それに合わせて慌ててバクの後を追った。
「ねぇ、ちょっと、本当にドラゴンのところに行くの?」
「うん」
「なんで?」
「あの声」
「だからー声がなんなのよ」
「困ってる」
「はい?」
「だから、困ってる。あの声」
「・・・?」
どういうことなのだろう。ドラゴンの子供が、困っている?
何か怪我でもして親を呼んでいるということなのだろうか。
「だとしたら、余計危険じゃない。親のドラゴンがくるわよ?というか、鳴き声がやんだんなら親のドラゴンがその子のそばに来たんじゃないの?」
「・・・そうかも」
「だったら・・・余計に行く必要ないじゃない」
「・・・でも」
「何よ」
「・・・心配だから」
そう言ってバクは、余計に歩調を早めて歩き出す。
「なんなのよぉ~一体・・・魔獣のことなんてほうっておけば良いのに・・・って、ブッ!?」
突如として、バクが歩みを止めた。
結構な勢いで飛んでいた精霊さんは急停止が間に合わずにバクの背中に顔から激突した。
「ちょ、ちょっと~今度は何よ?アイタタ・・・」
「静かに」
「ん?」
「居た」
「へ?」
「ドラゴンの、子供」
そう言われて精霊さんが、しゃがみこんだバクの指差した先を見ると、なるほど、確かにそこには小さなドラゴンが居た。
「あらま、本当にドラゴンの幼生だわ・・・、随分珍しいわねぇ・・・ていうか」
「・・・。」
ドラゴンは、捕らえられていた。
檻に入れられ、猿轡をされ、うめき声をあげているのが聞こえてくる。
「何あいつら。ドラゴンの子供をさらったの?命知らずねぇ・・・」
妖精さんが小声でバクに話しかける。
ドラゴンの檻の周りには数人の人間が立っていた。檻の中を覗き込み、何事か相談しているように見える。
「まともな人間・・・には見えないわねぇ」
「・・・。」
その人間たちは、身なりとしては冒険者のような格好をしていた。
剣を装備しているところをみると、ソーサラー系の人間はいないようだったが、明らかに街の人間とは違う独特のオーラを放っている。
「盗賊、かしら?」
「・・・うん」
「なんで盗賊がドラゴンの子供を・・・」
バクはなんとなく、わかっていた。
恐らく、売り飛ばすつもりなのだろう。
珍しいものをコレクションしたがる人間など、ごまんといる。
生きたままにせよ、死んで剥製になったものにせよ。
人間を奴隷として売り飛ばす者たちがいるのと同じように、愛玩物として魔獣を売り飛ばす人間もいるのだ。
許せない、と、バクは思った。
自由に生きる権利を理不尽に奪い、物を扱うようにぞんざいに命を扱う行為がどうしても許せない。
自分が生きるために殺すこととは一線を画する、その歪んだ感情が許せない。
見過ごすわけには、いかなかった。
「広域凍結術式展開、標的、8、倍率は1.2に設定、様式は・・・」
「ちょちょちょちょっとー!何してるのよバク!!!」
突然術式を展開し始めたバクに精霊さんは度肝を抜かれた。
こんな近くで術式を発動したら、マナの光で発動仕切る前に絶対に気づかれる。
運良く当てられれば良いが、確実に何人かは回避行動によって難を逃れるだろう。
そうなれば確実に反撃を受ける。悠長に術式など展開している暇はなくなるのだ。白兵戦になる。
絶対に、無事ではすまない。
「ムグッ・・・」
「落ち着きなさいって!」
精霊さんは体当たりするようにして全身でバクの口に飛びついて詠唱を塞ぎにかかった。
「ムグググ」
「ダメよ!危ないって!ドラゴンの子供を助けるにしろ、こんなことじゃ助けられないわよ!?冷静になってよ!」
「・・・」
「今はあいつらをつけて行き先を突き止めましょう?それからでも助けるのは遅くはないはずよ。ね?」
「・・・」
「落ち着いた?」
精霊さんの言葉に、バクは渋々といった表情で小さく頷いた。