十七章 僕と春香=無二無三
「そういえば翔威、よく、お父さんとお母さんが駆け落ちを許してくれたよね」
「………へっ?」
おじさんとおばさん、そんな事言ってたっけ?
俺の記憶では、『始っていた』は覚えているけど、駆け落ちオッケー!なんて言って無かったよなぁ。
「だって、あんな狂言で私を連れ出そうとした翔威に『春香をよろしく』なんてさ」
おおっ、思わずブラボーと叫びたくなるくらいに、素晴らしく自分に都合の良い脳内補完しとるな、こいつは。
(駆け落ちが正当化しそうで、後々の事を考えるとちょっと、怖い気もするが)
「……あ…ああ、そうだね」
回答の選択幅が物凄く狭いような……。
シフエの事は言えないし、駆け落ちの件は……今、否定したら『三度目の三途の川』行き決定だろうし(怖)
まあ、こんなに上機嫌の春香を見ていると俺もうれしいから余計な事はいいたくないかな。
すると残るは、やっぱり言葉を濁すしか無いじゃんか。
そんな俺の葛藤をよそに、ベッドで嬉しそうに飛び跳ねている春香。
本当に、本当に嬉しそうな表情で。
◇ ◇ ◇
俺は、シフエの現れる時間が気になり、腕時計ばかり見ていた。
そろそろバスにシフエが現れている頃だな。
もしもの襲来に備え、俺もシャワーを浴び、春香と共に身支度を終えている。
「随分と時間を気にするんだね?」
しきりに腕時計をチラ見する俺に対し、少し左に首を傾げて、まるで小動物の様な仕草を見せる春香。
「ちょっと、気になる事があってね」
俺は腕時計から目を離さずに春香の質問に答える。
「心ここにあらずって感じね、私よりも大切なぁんですかぁ~?」
子供の様に拗ね始めた春香の背後に、突如人の大きさ程の黒い影が、まるで風船が膨らむかの様に現れた。
(なにぃ、もう見つかったってのか? いくらなんでも早すぎじゃんか!)
「春香、俺の後ろに隠れてろ!」
自分の後ろへと春香を誘導し、臨戦態勢をとる俺。
そして黒い影は、少しずつ人の形へと変わっていって、シフエになった。
「バスにいねえと思ったら、俺様を回避してこんな所に逃げてるって事は、てめえ、ジェットラグ使いだな?」
翔威と対峙し、しかめっ面で不機嫌なシフエの第一声。
(なんでバスに現れてから、こっちに逃げていた事がばれたんだ?)
「ちょっ、翔威、この女って何なの?」
突如、現れたシフエに戸惑いうろたえる春香。
「大丈夫だ、俺がおまえを守るから心配するな」
春香に振り向き、微笑みまじりに諭す。
だが、じつのところ俺はこの時、シフエと対峙しながら、ここから脱出する術を模索していた。
なぜなら、未だ俺はシフエ対策に有効な手段を見出せずにいたから…。
「そんな大見得を切っていいのかい? 可愛い彼女の前で恥を晒す事になるぜ!」
悔しいけど、こいつの言うとおり大見得かも知れない。
でも……それでも、俺は……。
「おまえの言うとおり、今の俺じゃ春香を守りきる事は出来ないかもしれない……。でも、だからって指を銜えて見てるなんて、できねえだろうが!!」
単なる玉砕戦になろうとも、今の俺に出来る事をするまで。
「おまえには何も出来ねえよ! そこで、黙って女が誘拐されるのを見てるんだな」
俺は瞬時にSSSを用いてシフエの眼前に移動し、握りしめた拳をシフエの人をバカにした薄ら笑い目掛けて振り抜いた。
「パチン!」
「……!?」
振り抜いた拳は、虚しく宙を切っただけだった。
そして、そこに居た筈のシフエは一メートル程後方に移動していた。
「甘いっつってんだろ、青二才が」
勝ち誇ったシフエの表情とは対照的に苦虫を噛み潰したような表情の翔威。
(どう見てもSSSと同系列の瞬間移動系だと思うんだが、テレポ系じゃ無いってどういう事だ? それに、ここの場所も簡単に突き止められるし、これじゃあ逃げようがないじゃんか!)
「この勝負、おまえの持ち駒全てを使うまでも無いようだな。じゃ、女は連れて行くぜ!」
そして、シフエの姿は翔威の眼前から消えた。
慌てて視線を春香に向けると、春香の後ろにはシフエが…。
「あっ、待てっ!」
俺は二メートルも無い距離にいる春香に、一歩踏み出しながら右手を差し伸べた。
「翔威ぃ! 助けて!!!!!」
その時、背後のシフエに気付き自分が誘拐される事を悟った春香は、右手を翔威に差し伸べ悲痛な叫びを上げた。
パチン
その乾いた音が俺の耳に届いた時には、もう……。
「……俺は……好きな女も助けられないのか…」
「………待って……待って…くれよ…頼むよ…」