表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

Episode 06







艱難(かんなん)に会って初めて真の友を知る。だそうだ」


 それは太く低い声で、突拍子もない事を口走る。


「突然なんだ」


 その言葉に反応したのは、襟周りにファーの付いた白いコートに黒いジーパン姿の巧だった。白い木製のベンチに腰かけ、太股の上に両肘を乗せ猫背になっている。

 そんな彼は、自身のコートのポケットに収まる携帯電話、61の言葉に眉根を寄せた。


「誰だったか、昔の人はそういったそうだ。本当に苦しい時に手を差し伸べる友人こそ、真の友と呼べる。だったか?」

「…何が言いたいんだ?」


 語尾はやや弱く、確認を求めるかのように問い返す61。巧はそんな61を邪険にあしらい、手持ち無沙汰な両手の指を絡ませながら、視線を動かし周囲を見渡す。

 今巧が居るのは、海上都市でも有名な地下ショッピングモールだった。地下二階まであるモールは休日など多数の人で賑わい、海にも近い施設ということで週末には何かにつけて催し物が開催されている。

 天井は思ったよりも低い閉鎖的な空間ではあるが、ずらりと横一列に並ぶテナントには今流行の店が揃っていた。

 テレビで紹介されるような人気のデザートや、今時の若者が好む服装やアクセサリー、子供を対象とした玩具などといった物も見受けられる。

 そんな賑わう場所が、今では人っ子一人いなく閑散としていた。


「嫌味だ」

「そうかよ」


 61の言葉に、半ば苛立ちさえ感じる巧がそれを隠すことなく口にする。

 モールの中は照明の殆どが落ちているために薄暗い。非常灯こそ点いているが、それでも数メートル先は目を凝らさないとまともに見えない程だ。

 各テナントの出入り口も、防火用のシャッターが下りており中へ入ることは出来なくなっている。そもそも店員さえいない現状で買い物など出来ようはずもなく、そこに入る理由もなかった。


「しかしまあ、薄気味悪いこって」

「そうだな…」


 人気のない薄暗いモールの中、巧は一人白いベンチに腰掛ため息をつく。音もなく静かなモールの中で、そのため息は嫌になるぐらい耳に響いた。

 その時だった。薄暗いモールの奥から人の足音が聞えてくる。

 小走りで駆けるような速さで、それは巧の方へと近づいていた。


「だーめ。やっぱ何処も閉まってるよ」


 薄暗い通路の奥から現れたその人物は、そう言って落胆のため息を零す。


「そうか」

「一階に続く道は全滅かもね。向こう行ってみる?」


 そう言い、右手の指で自分の背後に広がる薄暗い通路を指差す。

 しかしそんな言葉に巧は返事をすることなく、静かに立ち上がるとその人物が指を刺した方向へと一人歩き出した。その背を慌てて現れた人物が追いかけ、巧の横に並ぶ。


「いい加減打ち解けても良いんじゃないの」


 無愛想な巧のそんな態度に、隣に並んで歩く人物が言う。


「…」


 ため息を零し、巧は隣に立つ人物に顔を向ける。

 その姿を見て、巧はまたため息をつく。


「溜息ばかりでは幸せが逃げるなんて言われてるぞ」

「うっさい」


 61がケタケタと笑い、巧が鬱陶しそうに答える。


(まったく、なんでこんな事に…)


 なんともいえない状況に置かれ、さりげなく隣に立って歩く人物へと視線を向ける。その姿を見て、巧はまたもため息を漏らしそうになった。

 何故巧がこんな状況に陥っているか、それは3日と数時間前にまで遡る事になる。






     ◆◇◆◇◆◇◆◇






 ジャスティスとの交戦から一週間が過ぎた。

 巧は体力も回復し、いつも通りの日常生活を送れるまでに回復していた。医師からは、骨折等はなく骨にヒビも入っていないのは奇跡とまで言われた。

 確かに、アレだけの事があり打撲や打ち身だけで済めばそう言われもするだろうか。

 しかし最初の二日間に至っては、まるで全身が筋肉痛にでもなったかのような鈍い痛みでベッドから起き上がることも難しかった。

 毎日のように現れる萩李やアストの存在もあってか、退屈することだけはなかった。

 やがて一週間が経過し、身体に痛みもなく巧は久々の自宅へと戻れるようになる。

 ところが一週間も部屋を空けていたためか、先輩であり友人でもある蓮にはそれなりに心配をかけていたらしい。久方ぶりに帰宅すると、偶然にも鉢合わせとなりかなり追求される事となった。

 巧の見送りに同行した石垣の機転もあり、実家に帰っていたということでその場は誤魔化すことに成功した。ただし、心配をかけたことに変わりはなく、後日何らかの形でお詫びをしてもらう。などと蓮が言う。

 そんな事もあり、一週間ぶりの我が家へと帰宅を果たした。

 緊張の糸が緩み、つい力が抜けてしまいそのまま寝室のベッドへと向かった。ベッドに大の字になって寝転ぶ巧。見慣れた天井を見上げながら、何をするでもなく久々の自室でのんびりと過ごしていた。


「…冬休みに入ってて良かったよ」


 大学は現在長期の休みであり、出席日数や単位こそ足りてはいるものの毎日欠かさず出席することにしていた。

 ふと、枕元に置いた携帯電話へと視線を向ける。

 携帯電話の画面に映し出されるドクロマークの61は、珍しいことに大人しかった。

 画面に映る61は目を細め、大きなドクロの頭が上下にフラフラと揺れる様は、まるで眠っているかのようだった。


(機械も寝るんだな…?)


 画面に映った61を指で突付きながら、巧はそんな事を思う。

 大人しいのなら今の内にと、ベッドから身体を起こす巧。携帯電話とコンセントをケーブルで繋ぎ充電を始める。

 そして再びベッドへと、今度はうつ伏せに寝転ぶ。


「…ん?」


 携帯電話が振動する。一定のリズムで振動するそれは、メールが届いた事を知らせるバイブレーションだった。施設では常にマナーモードだったため、解除する事を忘れていた。

 コンセントとケーブルで繋いだまま、巧は携帯電話を操作し届いたメールを確認する。

 送り主は、向坂香奈美からだった。

 メールの内容としては、蓮から巧の事を聞いて安心したという。あんな小さな子にまで心配をかけていたかと思うと、巧はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 そのまま携帯電話を操作し返事を送る。手馴れた操作で文章を打ち込み、返信のボタンを押す。


「香奈美ちゃんにも迷惑かけたな」


 返信が終わった携帯電話を二つに折りたたみ、ベッドの枕元へと放る。自然と眠気が増してゆき、両目の瞼がゆっくりと閉じられる。

 ふと、またも携帯電話が振動する。先ほどのメールとは違い、その振動のリズムは電話着信のものだった。巧は寝転びながらも、再び携帯電話へと手を伸ばす。

 先ほどのメールもあり、香奈美からの電話かなとでも思っていた巧だが、その予想は外れた。


「石垣さん…?」


 画面には、つい先ほど別れた石垣の名前が小さく表示されていた。

 何事かと思い電話に出ると、手にした携帯電話を耳へと近づける。


「はい」

「巧君かい? ごめんね疲れてるところ」


 電話口から聞える石垣の声は、普段と変わらぬいつも通りの様子だった。巧は軽く返事をし、何事かと尋ねる。


「実はさっき、萩李さんから新しい指示があってね」


 眠気のある頭をたたき起こすと、巧は身体を起こしベッドの端に腰かける。


「三日後、ちょっと会って欲しい人が居るみたいなんだ。出てこれるかい?」


 三日後と聞いて、巧は予定を思い出すため部屋の壁にかけられたカレンダーへと視線を向ける。

 特に用事もないことを確認し、巧は了承する。


「ところで、誰に会うんですか?」

「さあ…。そこまでは聞いてないけど」


 石垣も巧と会う人物についての情報は知らされていないと言う。

 だが、萩李の話では今後の調査活動において有益となり得る人物ということで、現地での協力者として巧には会わせておきたい、ということらしい。


「じゃあ三日後にまた連絡するから」


 そう言い残し、石垣が電話を切った。

 巧は携帯電話を折りたたむと、それを手にしたままぐったりと項垂れる。

 項垂れたまま視線を窓の方へと向ける。カーテンの間から差し込む日差しは明るく、細く伸びた光が部屋に差し込む。日差しこそ冬の中では温かい方だが、外に吹く風はなんとも寒そうだった。







「反対です」


 にべもなくアストが言う。

 巧が久々に自宅のベッドでのんびりと過ごしていた同時刻。ここは萩李専用のオフィス。

 アストが表情こそ普段と変わらない無表情であったが、色の違う二つの瞳は不快感を露にして、チェアに腰かけ足を組む萩李を、デスクを挟み正面から睨んでいた。

 対する萩李はこちらもいつも通り余裕の態度で、デスクに右膝を乗せ頬杖をついている。


「不満かい?」

「はい」


 萩李の言葉にアストは即答する。


「あんまり我侭を言わないでおくれ」


 真面目なアストとは対照的に、萩李の方はまるで手の掛かる子供でもあやすかのように言い聞かせる。ため息を零し、やれやれと言いたげに肩を竦ませる。

 かれこれ数十分、そんなやり取りが続いていた。

 二人の主張は終始平行線であり、互いに譲歩もないため、当然だが進展もない。


「もう決まったことだ。PAL(パル)だって了承している」

「だから反対です」


 PALという言葉に、アストは更に嫌悪感を増す。


「前回の一件で、現場での危険性が再認識されているんだ。事を万全にするためには、こちらの戦力は多い方が良いってね」


 アストが押し黙る。

 ジャスティス襲撃により、萩李は自分が所有する私兵部隊ではあまりにも分が悪いと再認識した。自衛官などから秘密裏に引き抜いてきた人材が主とは言え、最新技術による不条理な力の前では、人の力など比べ様もなかった。

 ならばデータを所有するアストや巧が居る。だがそれでも万全とは言い難い。


「僕個人としても、毎度あんな死線ばっかりとかナンセンスとしか言いようがない」


 あの場こそジャスティスを見事撃退してみせたが、それに対し萩李はまぐれだ、と辛辣な意見を突きつける。

 確かにあの状況から、実力による撃退と捉えるのは難しいかもしれない。何より、萩李は運や勘といった曖昧な物を信じず、寧ろ嫌っている節がある。

 それでも納得できないと言いたげなアストに顔を向けながら、尚言い聞かせるように言葉を重ねる。


「それに、君達にもしもの事があったらどうする」


 萩李は心にもない言葉を口にする。

 依然として沈黙するアストの視線は、萩李の顔を見つめたまま微動だにしない。

 その時、デスクの上に置かれた電話の呼び出し音が鳴る。萩李が受話器を取り、耳元へと運ぶ。


「それじゃあここに呼んで。それと…(まゆずみ)もここに来るよう手配して」


 二、三相槌を打った後、萩李が受話器を戻す。

 話はまだ終わっていないという視線を向けるアストを見て、萩李はため息をつく。


「分かった分かった。今回だけは君を外そう、それでいいかい?」

「…もうそれでいいです」


 まだ納得していないと言いたげな目をするアストだったが、最早進言するだけ無駄だと覚ったか諦めの言葉を示す。

 そんな様子に、萩李は疲れたかのようにため息を漏らしつつも、顔に被った御面の奥底では楽しそうに口端を曲げ微笑んでいるかのようだった。

 萩李が座っていたチェアから腰を上げ、視線を窓の外の景色へと向ける。


「焦らずとも、最後に笑っているのは君だよ」


 眼下に広がるビル郡と海上都市を見下ろし、萩李が言う。

 その言葉に答えることなく、アストはその背を見ていた。






     ◆◇◆◇◆◇◆◇






 時は進み三日後に至る。

 巧は今、海上都市の地下ショッピングモールを訪れていた。

 学校等が揃って長期の休みとなっているため、平日の昼過ぎという時間帯ながら子供や若者の姿が非常に目立つ。

 そんな中に紛れ込むかのように、巧はモールの地下二階にある喫茶店の中でコーヒーを啜っていた。店内は外のモールとは違い、木製の壁や床が寂れた印象を思わせるが何処か落ち着ける雰囲気だった。

 木製の丸いテーブルを囲うように椅子が設けられているが、その椅子に座るであろう人物は、まだその姿を現していない。

 テーブルの上に置いた携帯電話を手に取り、現在の時刻を確認する。


(まだ少し時間があるか)


 石垣からの連絡により、今日会う人物とはこの喫茶店で落ち合う事になっていた。結局石垣からは相手の人物に関する情報は得られず、巧は不安を感じずにはいられなかった。

 白いカップに注がれたコーヒーは、半分ほどまで減っていた。

 店内から窓越しに外のモールを眺める。行き交う人々は楽しそうに笑っており、巧にはそれが酷く遠いもののように感じてしまう。

 つい、ぼうっと呆ける巧。


「あんまり間抜け面は晒すなよ」

「…もっと言い方があるだろう」


 店内は人も疎らであり、61は周囲に人気がない事を確認しながら話しかけてきた。

 それでも人目がある事に変わりはなく、傍目から見れば巧が独り言を呟いているようにしか映らない。周囲を気にしつつ返事をする巧。


「しかしまあ、人間ってのは無駄な娯楽が好きだな」


 モールを行き交う人々を眺めながら、そんなことを呟く61。


「人生の半分は暇で出来てるんだから、楽しくなるような工夫は必要なんじゃないか?」

「ものは言い様だな」


 巧の言葉を鼻で笑い飛ばしながらも、61はくくっと嘲笑する。

 そんな彼の言葉はいつもの事と、巧は気にする様子もなく再びカップの取っ手を摘まみコーヒーを啜る。

 コーヒーを飲み干すと、自然とため息が零れる。

 巧は右手で頬杖をつきながら、再び窓の外へと視線を向ける。


「だがその通りかもな。娯楽っていうのは、人が人間のため、人間しか興じない遊びだからな。知的生物故の膿というか薬というか」


 巧と同じく窓の外を眺めつつ61が言った。それが何を言いたいのか分からずに、巧は首を傾げる。


「人間の自衛精神には恐れ入るって事さ」

「意味が分からない」


 視線はそのまま、巧が言う。大した意味もないのか、61はケタケタと笑っている。

 喫茶店の出入り口である扉が開き、店内にベルの心地よい音色が響く。出入り口である扉に吊り下げられたそれは、来客を知らせる合図になっている。

 自然とそちらの方へと視線を向ける巧。

 そこにはいつもの背広姿をした石垣がいた。手提げ鞄を右手に持ち、店内を見回している。


「やあ。お待たせ巧君」


 やがて視線を向ける巧に気付き、石垣が歩み寄る。

 その石垣の後から、こちらも同じく背広を着こなしたがたいのいい大男が続く。その姿には見覚えがあるのか、巧は記憶を探る。


「会うのは二度目だな」


 威圧感のあるその強面にこの体格。


「あっ、あの時の…」


 そこにいたのは、巧がジャスティスを撃退した際に雛乃を預けた大男だった。

 体格のいい大きな身体とその強面は一度見たら忘れることも間違うこともないだろう。ただ、あの時とは違う背広姿に巧はすぐに思い出せなかった。

 巧が椅子から腰を上げ、軽く頭を下げる。

 背広姿の大男が、そんな巧の態度を見て感心そうに唸る。


「若い奴にしちゃあ礼儀正しいな。どっかの馬鹿とは大違いだ、なあ?」

「だ、誰の事ですかっ」


 強面ながらに顔に笑みをつくり、大男が石垣に目線を向ける。そんな大男の態度に、石垣は強気ながらに反論するも、完全に腰が引けていた。

 大男が巧に向けその大きな腕を差し出す。


黛司(まゆずみつとむ)だ。よろしくな坊主」


 差し出されたその手を握り返し、互いに握手を交わす。大男、司のその大きな腕は見た目通りの握力であり、巧は咄嗟に声を漏らす。

 そんな巧に、司はがははと豪快に笑う。

 坊主と呼ばれることには多少の抵抗はあるものの、巧は自分と会う予定である人物の事を石垣に問いただす。


「俺じゃあねえよ」


 巧の視線が司へと向き、その意図を察してか司が答える。

 違うとすれば一体何処だろうか。

 巧が疑問に思い顔を左右に向けて周囲を見る。相変わらず客入りは少ないが、強面とそのがたいのよさで威圧感を持つ司の存在もあってか、こちらをチラチラと見るような視線は感じられる。


「ああ、それなら…」


 石垣の顔が司へと向けられる。だがその視線は微妙にずれており、正確には司の背後を見ていた。

 司の背後に隠れていた人物が一歩踏み出し、その姿を巧へと晒す。


「───っ!?」


 巧が勢い余って仰け反るよう下がる。

 だがすぐ後にあった椅子に蹴躓き、倒れそうになるも椅子の背もたれに手を伸ばして掴む。何とか倒れずに済んだが、巧の表情は困惑しており現れたその姿を凝視している。

 その動揺を察したのか、61が巧を見る。現在携帯電話の画面は、窓の外へと向けられており、現れた石垣や司などに背を向ける形になっている。

 巧は何かを言いかけ口が半開きとなるも、混乱により上手く言葉が出てこなかった。


「な、んで?」


 ようやく絞り出したその声には、混乱の様子がありありと感じられる。

 だが、その混乱は尤もだった。

 司の影から現れたその人物は赤く長い髪に、目尻がつり上がった黄金色の瞳。巧よりも身長が低く、赤いスカートに白いキャミソールは短く、その上に黒いパーカーを着ている。

 両手首には銀色に輝くブレスレットのような輪を下げているが、大きすぎるそれは今にも落としてしまいそうである。


「ハァイ、お兄さん」


 困惑する表情が楽しいのか、その人物は笑みを浮かべながらにこやかに挨拶をする。


「白咲…雛乃」

「なにっ!?」


 司の背後から現れたのは、巧を襲った少女、白咲雛乃だった。

 完全に想定外であるその人物の登場に、巧はどうしていいかわからず硬直する。

 その一方で、巧の口にしたその名前には61も同様に驚きを隠せなかったようだ。声を荒げその人物を確認しようとするも、画面は未だに窓の外を向いているため姿を確認する事が出来ない。


「ぐっ…! た、巧。ちょっと画面そっちに向けろ…」


 自力ではどうしようもないと分かりきっていながらも、後を向こうと必死になる様は見ている分には面白かった。

 しかしながら、最近の携帯電話ではカメラの機能は標準仕様となっている。そのレンズを介せば、後方も確認する事は可能かもしれない。

 ただし、巧の携帯電話に備えられたカメラのレンズは、現在テーブルに置かれた土台の方の本体に付随してあるために何も映し出さず真っ暗だった。

 未だ混乱する巧が、ぎこちない動作で携帯電話の画面を雛乃へと向ける。


「…なんてこったい。化けて出やがったか」

「勝手に殺すとか失礼じゃない?」


 画面に映し出された61の声に驚いた様子もなく、寧ろその言葉に対して雛乃は嘲笑する。

 まるで状況が把握できない巧は、石垣と司を交互に見やる。


「まあとりあえず座って。最初から説明するから」


 石垣がそう言い、テーブルを挟んで巧の正面の椅子に腰掛ける。手にしていた手提げ鞄を床に置くと、離れたカウンター席の奥に居る定員に声をかけ、コーヒーを注文する。

 巧は雛乃を警戒しつつも、再び椅子へと深く腰かける。

 すると彼女は、巧の向かって左側の席へと座った。両膝をテーブルへ乗せ両手の指を絡ませながら、その上に軽く顎を置く。


「この間はお世話様」


 巧の顔を見つめながら雛乃は友好的な微笑を見せる。

 何故襲い掛かった相手にそのような表情を見せられるのか、巧は疑惑に満ちた眼差しで見つめ返す。それはテーブルの上に乗せられた61も同様であり、こちらは画面一杯にドクロマークの顔が映し出され威嚇でもしているかのようだ。

 なんともかみ合わない空気の中、司が雛乃と向かい合って座ると、石垣は話を切り出した。

 何から放せば良いかと思案げに唸っていると、先ほど注文したコーヒーを定員が運んできた。ティーカップには熱を持つ黒い液体が注がれており、石垣はテーブルの上にあらかじめ置かれていた、角砂糖の詰まった瓶に手を伸ばす。


「俺もコーヒーを」

「私カフェオレで。あっ、ケーキあるの? じゃあティラミス」

「巧君はどうする?」


 司と雛乃が自分達の注文を定員に伝え、角砂糖をコーヒーの中に投入しながら石垣が巧へと声をかける。自然とそこに居合わせた皆の視線が巧へと集まる。


「…コーヒー、お代わりで」


 掠れるような小声で、そう小さく搾り出す。

 定員が注文を確認しカウンターの奥へと消えた事を確認して、巧は正面でコーヒーを啜っている石垣に顔を向ける。


「で、どういうことなんですか?」


 雛乃に視線だけを向け、石垣へ問う。

 

「掻い摘んで言えば、彼女も巧君と同じ協力者という立場になったんだよ」

「その経緯を聞いてるんですよ」


 今にもテーブルを叩きそうな拳を両手に作り、巧が声を張り上げる。そんな声に店内にいた少ない客の視線が集中し、巧は咳払いし視線を逸らす。

 やがてその視線も感じなくなった頃合を見計らって、石垣が語りだす。


「彼女を萩李さんの所に護送した後、データを回収しようとしたんだ。ところが、土壇場になって萩李さんが雛乃ちゃんと話したいと言ったのが切欠でね」


 カップの取っ手を摘まみ、再びコーヒーを啜る石垣。


「しばらくしたら、あろうことか彼女も協力者にするとか言い出してね。そりゃもう大変だったよ」


 巧は空いた口が塞がらず、なんとも解せないと言った表情で眉根を寄せる。

 その時、店員が各々が注文した物をトレイに乗せ運んできた。一つ一つ丁寧にテーブルの上に置き、一礼して去って行く。


「あはっ、きたきた」


 雛乃が、運ばれてきたティラミスを小さなフォークで切り分け口へと運ぶ。その甘い感触を舌で味わいながら、目を細め笑みを浮かべる。その様は、以前のような敵意あるものではなく、屈託のない歳相応の笑顔だった。

 その様子を横目で見ていた巧は、完全に毒気を抜かれてしまいため息をつく。


「…あの人は一体何考えてるんですか?」

「さあね。正直、萩李さんって変わり者だから」


 巧の言葉に苦笑する石垣。

 萩李がどういった理由で雛乃を味方につけたかは分からない。実際どうやって雛乃を説得したのかさえ、石垣達は知らないと言う。

 渦中の当人はといえば。


「ん~…やっぱりケーキはチーズ系が一番よねぇ」


 幸せそうにティラミスを頬張っていた。


「そんなわけで、以降は巧君と雛乃ちゃんはチームとして扱われるからそのつもりで…」

「オレは反対だ」


 説明を終えようとした石垣の言葉を遮ったのは61だった。

 テーブルの上に置かれた携帯電話の画面には、いかにも不機嫌である態度を隠そうともしないドクロマークが映っている。


「あの男が何を企んでいるのかなんざ知らないが、敵だった奴なんかと組まされちゃあ何時寝首を食い千切られるわかったもんじゃねえ」


 不機嫌そうに語る61の言葉は、確かにその通りだった。一度殺されそうにもなった相手ともなれば、それは尚の事だろう。

 そんな彼女が、今はこうして同じテーブルを囲いながら食事をする。なんとも奇妙な光景である。

 カップに注がれた温かいカフェオレをスプーンでかき回しながら、雛乃はテーブルの上に置かれた61を見る。


「お兄さんの持ってるそれって、意外と荒っぽいのね」


 興味深く覗き込む雛乃。そんな雛乃に、まるで犬が吠えるかのように威嚇する61。

 しかし相手が手を出さない事を知っているからか、雛乃は面白そうに画面に映る61を指で突いている。その指先に噛み付かんと言わんばかりに歯を鳴らし、61は更に吠える。

 そんな光景を見つめる石垣はどうしたらいいか一人おろおろしており、司は静かにコーヒーを味わっている。

 しばらく61をからかっていた雛乃が、自身のパーカーのポケットの中を弄る。取り出したスライド式の携帯電話の画面を巧へと向けた。


「ボンジュール。こうして会うのは初めてですな」


 雛乃の携帯電話に映っていたのは、小さな鳥の姿をした24だった。大人びた冷静な様を感じさせる男性の声色で、優雅に一礼しながら巧に挨拶をする。

 つい反射的に、巧も頭を下げてしまう。その様が面白かったのか、雛乃が小さく噴出しクスクスと笑う。


「なに馴れ合ってんだ巧」


 自分の頭上で敵と挨拶をする巧が気に食わなく、61はふて腐れつつ話しかける。

 そんな61に向けられる雛乃の携帯電話。

 61と24。元は一つのデータだった物達が、始めて互いの姿を認識する。


「そして貴方とも。初めまして、我が一部よ」

「気安く話しかけるな。オレの一部」


 両者を取り囲む雰囲気は、正に険悪の一言だった。

 61は不機嫌そうな表情で、24は反対に涼しそうな顔でそれ以上言葉を交わすことなく睨み合いとなる。

 そんな両者に、巧たちもつい言葉を忘れ沈黙してしまう。

 どれほど沈黙が続いただろうか。やがて、先に口を開いたのは61だった。


「はっ。このオレの一部がこんな鳥野郎だとは泣ける話だ」

「それは私も同じこと。まさかこのような痩せ細った骨だとは露知らず、なんと嘆かわしいことか」


 両者の姿に、互いに嘆きながら挑発しあう。

 先ほどまでの重苦しい空気から一転し、まるで子供が互いに罵り合うかのような口喧嘩に発展する。口汚く罵る61に24は一歩も退かず、言葉こそ丁寧だが明らかに61を煽るように言葉を連ねる。


「しかしまあ、これが機械だっていうんだから驚きだね」


 その様を眺めていた司がそう言って、手にしたカップを口へと運ぶ。大柄なその手には、通常のカップはかなり小振りに見える。

 その言葉には、その場に居合わせた全員が同意する。


「こんなので大丈夫なんですか?」


 未だに互いを罵りあう61と24を目の前に、巧はため息をついて項垂れる。


「萩李さんは、そう思ってるみたいだけど…」


 流石に両者の今の状態から、その言葉を真に受ける事は出来そうもない石垣が苦笑する。


「この二人はこんなだけど、私としてはお兄さんと争う気はもうないからね」


 巧にそう言って、雛乃がカフェオレを口にする。程よい甘さが気に入ったのか、幸せそうな顔で唸っている。

 状況こそ理解はしたが、未だ頭の中では納得しきれていない巧は即答できずに言葉を詰まらせる。


「何を企んでいる?」

「別に何も企んでないってば。単なる利害の一致よ」


 目を細めながら、カップを口につける雛乃。

 どういった心境の変化かは分からないが、その言葉に裏があるようには感じられない。巧はますますもって分からなくなる。

 カフェオレを堪能した雛乃は、甘さの残る口に残り少ないティラミスを運ぶ。チーズに挟まれた柔らかなクッキーを舌の上で味わいながら、口中にチーズのほのかな酸味が広がる。

 手にしたフォークを皿の上に置くと、雛乃が言葉を発する。


「お兄さんにも、何か理由があるんじゃない? コレを手放せない理由」


 雛乃は自分の携帯電話に映る24を指差しながら、視線を巧へと向ける。


「物事にはなんでも理由って付きまとうでしょ。だから、私も譲れない理由があってこれを手放せない」


 その表情は真剣だった。

 ティラミスを楽しんでいた少女の顔ではなく、決意を秘めた黄金色の瞳がじっと巧を見詰めている。


「…」


 巧は即答できずに雛乃の顔を見詰め返す。

 暫し互いに無言で見詰めあい、しばらくして口を開いたのは巧だった。


「どうせ俺が断ると言っても、萩李さんは聞いてくれないんだろうしな」


 小さく呟き、巧はため息をこぼす。


「分かった、分かりました。萩李さんの言うことなら仕方ないですからね」

「なっ…おい巧!」


 巧の言葉に狼狽したのは61だった。目の前の24との口喧嘩はもういいのか、その矛先が巧へと向けられる。

 罵倒の入り混じった言葉を無視しながら、巧は携帯電話を折りたたむ。折りたたんだその状態でも、若干ながら61の罵声が漏れ出ている。


「まあ、今すぐにとは言わないけど仲良くね」


 石垣がなんとも楽観的に言いつつ笑う。

 とは言え、流石に今すぐ互いに信頼しろと言っても無理であろう。何より、元々同一の存在である61と24はそう簡単に相容れるとは到底思えない。

 未だに喚いている61の納まった自分の携帯電話を見下ろしながら、巧が今後の事を考えていた。


「ところで、お兄さんはなんて呼べばいいの」

「え?」


 雛乃がテーブルに身を乗り出し、巧の顔を覗き込む。その言葉に巧は考えていた事も忘れてしまい、呆気にとられる。


「名前はさっきのおじさん達が言ってたけど、苗字までは知らないからさ。行き成り馴れ馴れしく名前で呼んだら気持ち悪いでしょ」


 おじさんと称された事に石垣が何かを言いかけるが、雛乃の正面に座る司がくくっと笑いを堪えながら石垣の肩を叩く。どうやら、まだおじさんとは呼ばれたくないようだ。

 そんな石垣の心情など知る由もなく、雛乃が言葉を重ねる。


「それに、お兄さん達だけ私のフルネーム知ってるのはずるいと思うな」


 どうずるいのかは分からないが、共に協力し合うのであれば名前ぐらいは名乗っておくべきだろうか。などと思い、確かに、と巧は短く相槌をかえす。


「綾川巧だ。好きに呼んでくれて構わない」


 名を名乗り、巧がカップを口へと運びコーヒーを喉へと流し込む。砂糖もミルクも入れないほろ苦いブラックの香りが口内一杯に広がる。

 コーヒーを味わう巧に、雛乃が一瞬だけ眉根を寄せ怪訝な表情になる。何かを言いかけ口を開くが、言葉を飲み込み顎の下に手をやり考え込む。


「…どうした?」


 そんな様子を不思議に思い、巧が声をかける。

 やがて、雛乃がなんでもないといった表情で笑う。その態度に、巧は首を傾げる。


「共闘関係となりますな。私めは24、頼みますぞ巧殿」


 出会ったときと同じく華麗に一礼しお辞儀をする24。

 紳士と称するに相応しいその振る舞いに、巧は自分の携帯電話へと目を向ける。まだ言い足りないのか、61は未だに騒いでいる。

 この二つが元々同一のAIであると誰が信じるだろうか。などとぼんやり考える。

 その後、今後の活動といくつかの説明を交えている内に一時間が経過しようとしていた。


「そういえば、何故待ち合わせでこの場所を?」


 窓の外で行き交う人々へと視線を送りながら、巧が石垣へ問う。

 店内こそ人目が少ないとはいえ、モールは人で賑わっている。事を公にしないためならば、寧ろ人気のない場所の方が安全ではないだろうか。


「僕もそう思ったんだけど、萩李さんがね…」

「中央じゃ何処に目があるかわからねえ。かといって人気のない場所だと返って目立つ」


 石垣に代わり説明するのは、左隣に座る司だった。既に二杯目のコーヒーを味わいながら言葉を重ねる。


「気付いてねえかも知れねえが、この店を中心にうちの連中が紛れて監視してるから安心しな」


 司の言葉に、巧が驚きの声をあげ窓の外へと目を向ける。それにつられて、雛乃も横目で外へと視線を向けた。

 モールの中を行き交う人々の様子はいつもと変わらず、昼下がりの楽しい一時を感じさせる程に賑わっている。そんな中、とてもこちらを監視している人物が居るようには思えなかった。


「勿論、素人には到底見分けられねえよ」


 巧が見える範囲で外を眺めていると、司が手にしたカップをテーブルの上においてそう言った。

 大きな手首につけた銀色に光る腕時計で時刻を確認し、司が席を立つ。


「司さんどちらへ?」


 石垣がコーヒーカップを手にしながら、立ち上がった司を見上げる。


「俺はここまで白咲の嬢ちゃんを護衛監視するのが仕事だったしな。もう俺から話す事はないし、遠くで見守らせてもらうよ」


 席に付いた三人に背を向け、司が一歩踏み出す。

 その時、店内に着信を告げる音が鳴り響く。それは音楽ではなく、決まった音を一定の間隔で小刻みよく鳴らしていた。

 その着信音は司の携帯からのようで、背広から取り出したそれは紺色の延べ棒のようなストレート式の携帯電話だった。

 画面に表示される文字を見て、司の表情が変わる。


「どうした?」


 電話の相手はわからないが、その声は緊張感を含んでいた。何事かと石垣が手にしたカップをテーブルの上において司の方を見る。


「…なに? ああ、分かった」


 何かあったようで、巧と雛乃も背を向ける司の方へと顔を向ける。

 電話を切り、手にした携帯電話を背広の内ポケットへと仕舞うと、司がぼりぼりと頭を掻き毟りながら振り返る。先ほどと違い身構えるかのようなその雰囲気は誰の目から見ても明らかだった。


「上の階で防火シャッターが誤作動したそうだ。警報もなく行き成り下りてきたらしく、客の一部が動揺している」


 先ほどの電話は、念のためと司の部下が知らせたものだった。


「誤作動ですか?」


 石垣が訝しがる。それも当然だった。

 このモールは最新の電子設備により快適な環境を維持している。万一に備え専門の整備員が交代でモニターしているなど、その安全性を多数のメディアで宣伝する程であったからだ。

 勿論、不足の事態というものはどんな出来事にでも付きまとうものだろう。

 しかし、今まで一度もなかった事が、今日偶然、起きるものだろうか。

 巧がそう考えていた時だった。

 モール全体に火災を告げる警報音が高らかに鳴り響く。


「な、なんだ?」


 石垣が慌てふためき立ち上がると、喫茶店の出口へと走って行き外の様子を確認する。

 先ほどまでの騒がしくも賑やかなモールが一転し、突然の事に動転した人々が我先にと出口へ殺到していた。警備員や係員らしき人物等数名が賢明に批難を誘導しているが、その声はパニックを起こした人々の耳に届いている様子はない。

 モールの出口は二箇所あるため、人の波は大きく左右に別れている。

 今も尚火災を次げる警報が響き渡るが、石垣が見渡す限りでは火の手が上がっている様子はなかった。


「火災って言ってるけど、火は何処にもありませんよ」


 再び喫茶店の店内に戻ってきた石垣が、周囲の状況を司に説明した。


「もしかしたらこっちじゃなく上の階かも知れねえ。ともかく避難するぞ」


 再び背広の内ポケットから携帯電話を取り出しながら司が石垣に言う。

 番号を入力し終え携帯電話を耳元へと運ぶ。しかし、徐々にその表情が強張ってゆく。


「圏外…? さっきは通じただろうが!」


 司の携帯電話の画面に圏外と表示され、通話が出来ない状態になっていた。手にした携帯電話に怒鳴る司だが、そんな事をしても意味がない事は自身が分かっている。


「とりあえず、一旦外に出るぞ。石垣、安全な出口は」

「どっちも人で一杯ですよ…」


 外へと目を向けた石垣が溜息をつく。

 そんな事をしている間にも、モールに展開した各テナントの出入り口も防火用のシャッターが下り始めていた。状況はなんとも奇妙だが、早く避難した方がいいだろう。


「俺が先に立つ。坊主らは俺の後ろ、石垣は二人の後から着いて来い」


 司が三人を見て指示を出す。返事を待つことなく、司はすぐさま行動に移る。

 喫茶店の外へと出ると、モールにはまだ避難する人々が右往左往していた。司が周囲を見渡し、人の流れを確認する。

 左右に分かれる人々は、皆階段を目指しているがここからでは距離が離れすぎているため、司は別の道を探し始める。


「こっちだ」


 やがて見つけたのは、テナントとテナントの間にある小さな通路の奥にある非常用階段だった。

 人の波を掻き分け、司が前へと出る。司が掻き分けた人込みの間を、雛乃と巧、そしてその後ろから石垣が追従する。

 ようやく人の波から開放され、非常用階段の扉まで後数十メートルといったその時。


「危ない!」


 異変に気付いた巧が声を上げる。

 巧の声に反応した司が足を止める。その瞬間、天上から小さな隙間のある鉄製のシャッターが降りてくる。しかしその速度は、まるで磁石に吸い寄せられたかのように速い。シャッターの先が地面へと叩きつけられ甲高い音を鳴り響かせる。

 司が何も知らずにもう一歩踏み出していれば、降りてくるシャッターに潰されていただろう。死ぬ事はないかもしれないが、大怪我は必至であった。


「だ、大丈夫ですか司さん!」

「平気だ。鼻先掠ったかと思ったぜ…」


 慌てて駆け寄る石垣だが、司に怪我はなく突然の事に驚きこそしているが怪我を負った様子はなかった。

 道を遮るように降りてきたシャッターを持ち上げようと、司がシャッターを両腕で握る。


「…?」


 所が、そのシャッターはビクともしなかった。

 石垣と巧も手伝い、男が三人がかりでシャッターを持ち上げようとするが、まるで壁のように僅かな隙間を空ける事さえも出来なかった。

 仕方なく別のルートを探そうと司が周辺を見渡し、別の非常階段を見つける。

 ところが階段を目前にして、先ほどと同じようにシャッターが降り道を遮ってしまう。司がシャッターを揺らすも、ガチャガチャと金属がぶつかる音を発するだけで持ち上げられそうになかった。


「なにか変だぞ」


 まるで四人の退路を絶つかのような状況に、いよいよもって不気味になり巧は携帯電話を取り出す。


「61、これって…」

「今更気付いたか」


 巧の答えに、61は短く答える。

 しかしその声は、まだ不機嫌なのか非常に素っ気無かった。携帯電話の画面で不貞腐れている61からそれ以上の言葉はなく、ふてぶてしくゴロンと横になる。

 一時を争うこんな状況を鑑みず、まるで子供な61を見かねた雛乃は自分の携帯電話を取り出し24へと説明を求めた。


「このショッピングモールのシステムを丸ごと、我が一部が乗っ取ってしまったようですな」

「オレの一部だ」


 冷静に説明する24の言葉に、不貞腐れたままの姿勢で61が吠える。


「オレとソレの存在を感知したんだろうさ。取り込んで、オレに取って代わろうとでも思ってるんだろ」


 61が横目でチラリと雛乃と24を見る。


「私達を狙ってるっていうの?」

「そう考える方が自然というものであろうな」


 雛乃の言葉を24が肯定する。


「なら、一度ここを離れて体勢を立て直した方がいいな」


 モールのシステムを掌握されている以上、ここは敵地のど真ん中も同然だ。司が状況を理解し、逃げ道がないか探し始める。

 しかし、24は無駄だと司を止める。


「腹の中に居る獲物を、どうして逃がすと思う」


 尤もな意見だった。

 地下という限られた空間で、至る所を機械で制御され監視カメラが常に目を光らせている。モールの何処を通ろうと、敵にはこちらの位置は筒抜けなのだ。

 かと言って、このまま手を拱いていても状況は好転しない。


「萩李さんに連絡がつけば…」


 巧は萩李に助力を請おうとするが、それが出来ずに携帯電話を握り締め奥歯を噛む。携帯電話の画面には、圏外のマークが点滅し通話不能の状態が続いていた。

 画面の中で寝そべる61が、ムクリと起き上がる。


「ちょっと待ってろ」


 画面の一角に、見覚えのある数字の羅列が浮かび上がる。十数桁の番号は、目にも留まらぬ速度で変化を繰り返し右から順に数字が羅列されていく。

 不規則な数字の羅列が出来上がると、点滅していた圏外のアイコンが消える。変わりに出てきたのは、アンテナを示すアイコンだ。

 驚きに声を上げる巧に、61はまたふてぶてしく横になる。


「オレの一部が電波妨害してるみたいだから、制御下にない独立した通信網を使って外部と連絡が取れるようにしたぞ」

「おいおい、なんでもありか?」


 なんとも出鱈目な61のその行動に、司は呆れた声をあげる。

 巧がボタンを押し番号を入力すると、聞きなれた呼び出し音が鳴る。間違いなく繋がるようだ。


「お前、凄いな」

「ふんっ」


 耳元で不機嫌そうにする61に、巧は感心する。

 呼び出して間もなく、萩李が電話に出た。掻い摘んで事情を説明する巧だったが、萩李は特に慌てた様子はなく冷静に現在の状況を確認する。

 しばらく言葉を交わした後、萩李が石垣か司に代わってほしいと言われる。

 巧が二人を交互に見て、電話を差し出したのは司の方だった。


「状況はある程度巧君に聞いたよ。そっちの部隊は?」

「連絡が着かずに、側に居るのは石垣だけです。他の奴らは、多分外でしょう」


 暫し唸り思案する萩李。


「なら仕方ない。アストをそっちに向かわせる、黛は石垣と共に地上へ戻ってくれ」

「二人を置いてけっていうんですかい?」


 萩李と司の会話までは聞き取れないが、語気を荒げる司に石垣は身を竦ませ、巧と雛乃は顔を見合わせ首を傾げる。

 まだ子供である巧と雛乃をこんな危険な場所に置き去る事は良心が咎めるのか、司は二人にどう説明したものかと小さく舌打ちする。

 食い下がる司であったが、萩李は自分の考えを変えるつもりはないらしくあらゆる発言を却下する。巧の物である事も忘れ、携帯電話を持つ手に力が篭る。

 しかし何時までもこんな所で口論しているわけにもいかず、司はやがて諦めたかのように顔をしかめながら搾り出すように返事をする。


「…了解。二人には残ってもらい、俺達はバックアップに回る」


 歯を食いしばり、自分の非力さに憤りながら電話を切る。

 気が立っているからか、その荒々しく力の篭る動作に61が、ボディが軋むだろう、などと抗議をするが司の耳には届いていないようだった。

 電話の切れた携帯電話を巧へと手渡し、先ほどの事をどう伝えるべきか頭を掻き毟りながら悩む。


「巧とそこの小娘はここに居残りだとよ」


 言い渋る司に代わり、巧の手にした61が答えた。


「それが妥当であろうな。我が一部を持たない人間は、攻撃対象とは成りえない」

「オレの一部だ」


 なんとも大人気ない61の態度に、巧は頭を抱える。


「あの男は、俺達が腹の中に居るならそのまま食い破って出て来いって言ってるんだよ」


 言葉こそ乱暴ではあるが、それはあながち間違いではない。

 見えない敵を相手取り、加えて地下モール全域のシステムはすでに敵の制御下にある。そんな状況では、おそらくまともな人間では勝ち目がないだろう。

 だが巧と雛乃、二人の持つ61と24ならばそれに相対する事も出来る。


「悪いな、弱い大人でよ」


 申し訳なさそうに司が言う。彼が悪いわけではないが、自分よりも若い子供に強いるには、その苦労があまりにも規格外すぎるからだ。

 こういう事に慣れていないのか、雛乃がどう声をかけていいのか悩む。

 気が付けば、周囲の逃げ惑う人々の姿も少なくなり、先ほどまで騒然としていたモールの中は静かになりつつある。そんな中、未だ火災警報は高らかに鳴り続けている。


「…大丈夫です」


 気落ちした司に、巧が声をかける。


「仕事っていうのは、分担した方が早く終わるじゃないですか。だったら、この仕事は任されますよ」


 はにかむ様な笑みを浮かべる巧に、司は心底申し訳ない気持ちで一杯になる。


「…無茶はするなよ」


 巧の肩に大きな手を置いて、司が巧の顔を見下ろす。巧の瞳を正面から見据え、司が出入り口のある階段の方へと駆け出す。

 その後から慌てて石垣も追い、去り際に頑張って、と言葉を残し去って行く。

 遠のく二人の大人の背中を見つめながら、雛乃は巧の隣に立つ。


「良かったの? 私と二人になって」


 雛乃が隣に立つ巧の顔を見上げながら言う

 言葉の意味がわからず、巧が不思議そうな表情で雛乃の方へと顔を向ける。


「私なんか信用していいのってこと」

「ああ…」


 この状況を利用し自分が逃走するかもしれない、と暗に言っていた。

 しかし、それは無理である事を巧は理解していた。


「狙われてるのは俺とお前なんだ。相手がどっちも逃がさない以上、逃げ道はないだろ」


 人気のなくなったモールの中心を、巧が歩き出す。


「信用はしてないが、今だけは裏切らないって思ってるよ」


 分かっているかのように口にする巧に、雛乃はむっと頬を少し膨らませる。

 やがて、ガタンという何かが倒れるような音ともに、モール内の照明が落ちる。一瞬真っ暗闇になるも、足元や壁にある非常灯がすぐに点灯した。

 それでも薄暗い事には変わりなく、巧は立ち止まって周囲を見渡す。


「暗いし、勝手に動くなよ」


 周囲を見渡していた巧の顔が、後ろにいた雛乃へと向けられる。


「そっちこそ」


 子供扱いされたとでも思ったのか、雛乃が両頬を小さく膨らませ拗ねる。足早に巧の横を通り過ぎ、一人先へと進んでしまう。

 その背を見つめながら、巧はため息をつきその背を追った。

 先ほどはあんな事を口にしたが、前を歩く少女が何時事を起こさないかと巧は内心冷や冷やしていた。まだ雛乃を信用しきれないのは当然だが、それ故に悪い方向へと考えてしまう。

 そんな考えを拭い去ろうと頭を横に振るが、そう上手く割り切れないのが人間ではないだろうか。

 一人で先を歩く雛乃に追いつくため、巧は足を踏み出す。







遅筆なので気長にお待ちください。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


PS:久しぶりに虹を見たよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ