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65 武寧王

 これは、まさに無茶苦茶な話である。この話は書紀の記す所を忠実に、ここに書いたのであって、けっして筆者の創作ではない。百済王は腹の膨れた出産間近の王の女を、弟の嫁として与えて、外国である大和に人質として行かせる。しかも、旅上、子供が生まれてしまったら、そこから百済に送らせろと言う。当然子供は生まれ、子供は百済に送り返される。それで、弟の王子は一人で旅を続けて、大和の朝廷に到着した。翌月の事であるが、今度は子供が五人出来ている!妻は最初の子供と一緒に百済に帰っているのにである!

 この話には、大変不自然なところがある。話し全体が、下手な嘘つきが嘘をついたようなチグハグなところがある。この話の真実は、きっと、もっと生々しい話しなのではないだろうか。

 王子は家来数名を連れて、倭国に渡って来た。滞在する内に、倭国の女との間に(恐らく、倭国王の姫であろう)子供ができた。それも、六人近くも。子供達が青年となった時に、百済王とその一族が滅ぼされた報が伝わる。そして、反乱の反対の勢力が王としてたてるから倭軍とともに若い王子を送って欲しいと使者がやって来る。倭国は軍船を仕立て、筑紫島で生まれ育った長兄の嶋王を百済に向け出帆させる。倭国にとって見れば千載一遇のチャンス到来である。前王は倭国のかいらいとなるのを嫌って、百済独立の方策を立てて、倭国の嫌う、新羅との友好を強めたが、今度は新羅をも敵にしようと新羅方面に飢饉の最中、城を造成する。このような百済独立の強兵策は百済の国力をひどく弱めた。飢饉と徴兵は国内の人々の反感を煽った。それが重臣の反乱となって王自身が倒される原因となった。百済はもはや助けなくして立ち直れない。

 倭王磐井は、東城王倒れるという報を王宮で聞くと「そうか、とうとうその日がやって来たな」と高笑いしたという。百済王朝が、娘の子供達のものになる日がついにやって来たのだから、磐井は嬉しい。かって祖先が領地としていた韓地がふたたびわが倭国のもとに戻ってくるのだ。このところ、百済は新羅よりで、倭国は加耶の権益を保持するために、筑紫をはじめ諸国からの徴兵に悩まされてきた。たび重なる軍役は倭国の富を損なっている。前王は、なにかというと百済南方の加耶諸国の地を奪おうとしてきた。しかし、これからは百済は伽耶そのものではないか。今は父王の後を継いで王として、倭国の苦難を一身にうけている磐井は、顔に笑みがこぼれて来るのを押さえることが出来ない。



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