20 古事記序文 4
そこで、帝記と旧辞が、真実のままであるかどうかを調べ、偽りの部分を取り除いた上、これを記述して後世に伝えようと思う」と言うことでした。この時たまたま、姓は稗田名は阿礼という舎人(家来)がおりました。年は28、生まれつきはなはだ聡明であり、どのような文章でも一度目で見れば暗誦することができ、一度耳で聞いたことは、心に刻んで忘れませんでした。そこで天皇は阿礼にご命令になり、先代の旧辞などをを読み習わせましたが、この事業はいまだ実現するに至りませんでした。(中略)元明天皇の時にいたり和銅4年9月18日、天皇の忠実な臣下であるヤスマロに命じて、稗田の阿礼が読んで暗記した旧辞の類を選定記録して提出するように仰せになりました。 そこで謹んで仰せどおりに、詳細に考証し、選択して記述いたしました。しかしながら遠い古代の事でありますので、言葉も内容も素朴であり文にすることは困難でありました。それと言うのも、和言葉ばかりで、漢字を使うと、詳しい内容を表現することができません。かといって和言葉を音で表現しますと、はなはだ悠長なものになってしまいます。従って漢字と漢字の音読み文字を併用して表記しました。意味のわからないものは、下に註を書きました。(中略)あわせて3巻に書きしるして、つつしんで献上いたします。天皇の忠実な臣下であるヤスマロが、右の通り申し上げます。 和銅5年(712年)正月28日 正五位上勲五等 太朝臣安万侶
以上が古事記の序文である。この序文の内容に不思議な叙述があると著者は思う。その事を書きたい。中国に「五経正義」という書がある。全123巻で唐の孔頴達などが皇帝の勅により選したという。尚書正義はその中の一説だが、その序文が古事記の序文に良く似ている。その文は次のようである。
秦の始皇帝の焚書坑儒によって多くの古典書や学者が失われてしまった。その、秦が亡んで漢の時代になって文教の復興が求められた時、漢は古典書の喪失に悩まされた。その時伏生という老人がいた。年齢は90歳暗記力は驚くべきである。この老人が多くの書物を暗誦していることが解った。この事を聞いた孝文帝(前180年~157年在位)は学者を伏生のもとに行かせ書き取らせたという。