199 任那復興軍の敗退
新羅の闘将は、これを見て、「将軍河辺臣が降参したぞ」と、叫んだ。これによって新羅は軍を進めて、日本の軍を迎え討った。軍勢は英気するどく、河辺の軍を責め立てた。日本の軍の先鋒は被害甚大で倒れる者があたりを埋めた。この先鋒にいた倭国造手彦は身が危ういと思い、軍を捨てててのがれ逃げた。(筆者註・岩波文庫・日本書紀ではここに倭国とふりがなを振っているがわざとらし。原文は単に倭国とあるのみである。大和の国造といえば大和天皇と言うことになってしまうので、おかしい。手彦はここに一度登場するのみで、他に見られない。任那回復のためのこの大事な決戦の先鋒に、筑紫の倭国の最有力者が加わっていたことに注目したい。こうしたことから考えれば、この任那回復軍の主力は筑紫倭国軍であることが推測される。筑紫側の先鋒が、新羅の風習を知らず白旗を掲げて進軍するというのは奇妙な話であるが・・・。しかし書紀が、話しの筋に関係なく、ふいにここで筑紫国造を登場させるのは、滅ぼされた倭国という史実を示めそうという書紀執筆官の意図であるかも知れない)
新羅の闘将は手に鉾(やり)を取って、追って城の堀に追い詰めて、伐ちかかった。しかし手彦は駿馬にうち乗って、堀を越し渡り、単身逃れた。闘将は城の堀際に佇んで「久須尼自利(卑怯者とでも言う意味であろうか・意味不明)」と、叫んだ。
河辺の臣は遂に兵を撤退させて野営した。敗退により、兵の心は将をないがしろにしていた。新羅の闘将の軍は野営を襲い、河辺の臣等将軍と一緒にいる婦を、生け捕りにした。父子夫婦はばらばらにされて、お互いに哀れむこともできなかった。
新羅の闘将は河辺臣に聞いた。
「汝は、汝の命と汝の女と、どちらが大切に思っておるか」
河返臣は答えて言う。「どうして一人の女のために、禍を受けることをするだろうか。何と云っても我が命に勝るものがあろうか」そして河辺臣は、自分の婦を闘将の妾とすることを許した。闘将は皆の見えるところで、その婦を姧した。
後に、婦は闘将のもとから帰ってきた。河辺の臣は行って語ろうとしたが、婦はひどく、恥じて恨んで言った。「以前、あなたは軽々しく、私の身を売りました。今どんな面目があって、わたしに会おうとするのですか」と。




