15.街の散策②
女性客の多いカフェで、また注目を浴びるのではないかと危惧していたリーリエだったが、お店の人の計らいで、一番奥の人の目に触れない席を用意してくれた。
如何にも高位貴族のお忍びだとバレバレなので、トラブルを避ける為に気を利かせてくれたようだ。
他人の視線を感じることなく、久しぶりの苺のショートケーキを堪能したリーリエは満足そう紅茶を飲み干した。
「そろそろ、次に行くか」
ライハートたちが立ち上がると、途端に熱い視線が注がれる。
ライハートは以前、食堂で見た時のように髪の毛の色が変わっていて、リーリエと同じようなメガネを掛けて、王子だとはバレていないにも関わらず、イケメンオーラが消えていない。
リーリエちゃんも超絶美少女だけど、美少女オーラが消えるのは何?格の違い?
目立ちたくないという当初の目的に適ってるはずなのに、なんだか釈然としないまま、今度は大人しく後をついて行く。
小さな宝石がついただけの比較的リーズナブルなアクセサリー店やおしゃれな文房具が揃う文具店などを覗きながら、ぷらぷらと歩いて、そろそろお昼ご飯という時間になっていた。
「リーリエちゃんが働いていた食堂っていうのはどこにあるの?」
フェルナンドと二人で前を歩いていたアンドリューが振り向いた。
「あっ、それならもう少し先の右手にある『マイルズ亭』っていうお店で…」
普通に説明しようとして、はたと気づいてしまった。
あのお店で以前ライハート殿下と会ったことがあるのは、気づかれない方がいいのだろうか。
「マイルズ亭?」
一瞬、逡巡したものの、聞き咎められてしまった。
ライハートが繁々とリーリエの顔を見て、「あっ」と気づいた顔をする。
「ああ、なんだ、どこかで会ったことがある気がして気になっていたんだけど、マイルズ亭か」
「ライ様?」
至極納得した顔をしているライハートにパトリシアが小首を傾げる。
「マイルズ亭はすごく美味しいって評判の食堂で、以前に行ったことがあるんだ」
「まぁ、じゃあ、そこでリリーと?」
「ああ、全く偶然だが、会ったことがある。リーリエ嬢はマイルズ亭の看板娘だった。ようやく思い出せて、すっきりしたよ」
本当にすっきりしたような顔をしたライハートと「まぁ、すごい偶然ね」とふふふと笑うパトリシアを見て、すごい脱力感が襲う。
あんなに、ざまぁされるヒロインと攻略対象者の運命の再会なのでは?と心配した時間を返してほしい。
二人を見てれば、相思相愛で、心配していたようなストーリーにはなりそうにもない。
ざまぁされるヒロインなんじゃないかってずっと思ってたけど、今ひとつしっくりこない。
ただの思い込みだったのかも…
すっかり気が抜けて、ぼんやりしていたらみんなと少し離れてしまった。
慌てて後を追おうとしたところに、横からいきなりドンっと何かがぶつかって来て、衝撃で横に吹っ飛ばされそうになる。
うわっ!と思った瞬間目を瞑ったが、想像したような衝撃が来ない。
そろりそろりと目を開けると、力強い大きな腕に抱き止められていた。
「悪い。間に合わなかった。大丈夫か?」
レオナルドが心配そうにこちらを見ている。
何が起こったのか、咄嗟に分からず、目をパチクリとさせる。
レオナルドの腕の中にいることに気づくと、慌てて飛び退いた。
「あっありがとう」
俯いて火照る顔を隠す。
「おい!離せ!」
騒ぐ声に何事かとそちらを見ると、十歳くらいの少年が、ライハートたちの護衛についている内の一人であろうがっちりした体格の青年に捕まえられている。
「お前、うちのパンを盗んだだろう」
そこに走って追いかけて来たらしいパン屋のおじさんが息を切らしながら少年に詰め寄った。
「ジョンさん?」
リーリエが呼びかけるとパン屋のおじさんが振り向いた。
リーリエはパン屋のおじさんの顔を見知っていた。
パン屋は食堂のご近所さんだったし、食堂のお客さんとして、時々来店してくれていた人だ。
「リーリエちゃん?リーリエちゃんじゃないか。急にお店を辞めちゃったから心配してたんだよ。元気にしてたか」
怒っていた顔がリーリエを見て、一気に穏やかになった。
「心配かけてごめんね。ちょっと事情があって」
「ああ、分かってるよ。あの時すごい噂になってたから」
「すごい噂…」
思わず遠い目になる。
目立たないように、人目につかないようにしているのに…
「ところで、何があったの?」
その話に触れるのはやめようとため息を一つ吐いて、大体予測はついているが、一応、事情を訊く。
「こいつがうちのパンを盗んだんだ」
ジョンの言葉に少年は悔しそうに口を引き結んでいる。
リーリエは少年に近づき、目線を合わせた。
「ねぇ、何でパンを盗んだの?お腹すいてるの?」
優しく訊くと、少年の目がみるみる間に潤んで、ポロポロと涙が溢れてきた。
「ごめんなさい。お母さんが、お母さんが病気で、でも、食べる物もなくて。何か食べさせたくて…」
「そっか。大変だったね」
震える身体をそっと抱きしめる。
「助けてって言ってみて」
「…助けて…助けて、お姉さん」
「うん、分かった。助けてって言ったら、たくさんの人が助けてくれるよ。わたしもみんなにいっぱい助けてもらったもの。ねっ!ジョンさん」
ジョンの顔を見ると、困ったように眉尻が下がっている。
「もう盗むんじゃないぞ。ちゃんと言ってくれれば、何とかしてやるから。そのパンはお前にやるから持っていけ」
ジョンは少年の頭を撫でると、お店に戻って行った。
「わたしはリーリエ。君の名前は?」
「ユアン」
「じゃあ、ユアンくん、ちょっと一緒においで。美味しい物食べに行こう。お母さんにも、お土産作ってもらおう」
「いいの?僕、お金持ってないよ」
「今日はいいよ。わたしが奢ってあげる。後のことはまた考えよう」
ユアンの手を取り、マイルズ亭に向かって歩き出す。
「リーリエ嬢」
歩き出したリーリエにレオナルドが何かを差し出してきた。
えぇ!?
レオナルドの手の中には、レンズにヒビが入った掛けていたはずのメガネがあった。
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