誕生 俺、父親になる
「どう?」
「うーん。」
妻は何とも言えない曖昧な返事をした。
「生まれるかもしれない……」
妻が小さく言った。
「そうか、じゃあ病院に行こう。」
一度目の病院は空振りだった。まだらしい。
医師に、入院するか帰るかを聞かれた。
悩んだ。いつ生まれるのか、わからなかったから。
「帰る」妻が言った。
車で家に帰ると、妻の姪たちが訪ねてきていた。
大きなお腹を抱えたまま、妻は姪たちと笑いながら話していた。
俺は、不安と期待——いや、本当は不安しかなかったが、
それを見せないようにした。
夕方になると、妻の顔が変わってきた。
「どう?」
「うーん、わからない。」
夜になっても、まだ曖昧だった。
「もう病院に行く?」
「けど、また生まれなかったら……」
何度も往復させてしまう、という遠慮だとわかった。
「わかった。俺が決める。生まれなくても、何往復でもする。」
車を出した。
病院に着いて、助手席のドアを開けた。妻はつらそうだった。
駐車場から受付まで、何度もベンチに腰を下ろした。
座ったまま、しばらく動けない。
また少し歩いて、また座る。俺にはどうすることもできなかった。
ただ、隣にいるしかなかった。
いつもの十倍はかかっただろうか、ようやく受付に辿り着いた。
看護師が妻に聞いた。
「自分で歩けますか?」
「歩けます。」
妻が即答した。
俺は信じられなかった。
「無理です。車椅子を用意してください。」
妻を遮って、俺は言った。
陣痛室に入ると、妻に
お茶を買ってきてと言われた。
病院の売店は閉まっていた。
外のコンビニまで一人で歩いた。
夜の駐車場を歩きながら、ふと思った。
……父親、か。
実感はなかった。
陣痛室に戻ると、妻が俺を見てこう言った。
「私、もう無理かもしれん。痛すぎる。」
焦った。今それ言う? と心の中で思った。
でも、どうすることもできない。
それを顔に出すわけにはいかない。
だから、
少し笑って、答えた。
「大丈夫。もうすぐ終わるから。」
もう少し気の利いた言葉がないものか。浮かばなかった。
分娩室では、妻の手を握っていた。
時々、信じられない力で握り返してきた。
痛かった。もちろん、何も言わなかった。
看護師たちは妻を褒めながら、静かに助け続けた。
すごい人たちだ、と思った。頭が下がった。
俺自身、緊張と疲労でいっぱいいっぱいだった。
それでも顔には出せなかった。
「頑張れ。」
それしか言えなかった。情けなかった。
夜中の一時を過ぎた。まだ生まれない。
もういい加減生まれてくれないかと思ったその時、産声が聞こえた。
俺は泣いた。妻も泣いた。
「よくやった。」
お互いを見つめて、笑った。
初めて息子を見た時、ガッツ石松に似ていると思った。
もちろん、口にはしなかった。
息子を抱いた。三千五百グラム。
ものすごく重かった。汗が噴き出た。
これが命の重さか、と思った。
ようやく生まれた安心感に、俺は病室の簡易ベッドで眠った。
後で妻から聞いたが、
妻が血を流しすぎて気絶した時も、
看護師に起こされても、
目が覚めなかった。
目を覚ました時、俺は父親になっていた。




