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誕生

掲載日:2026/05/18

「どう?」

「うーん」

妻は何とも言えない曖昧な返事をした。

「生まれるかもしれない……」

妻が小さく言った。

「そうか、じゃあ病院に行こう」

一度目の病院は空振りだった。まだらしい。

入院するか帰るか、医師に言われた。

悩んだ。いつ生まれるのか、わからなかったから。

「帰る」妻が言った。

車で家に帰ると、妻の姪たちが訪ねてきていた。

大きなお腹を抱えたまま、妻は姪たちと笑いながら話していた。

俺は、不安と期待——いや、本当は不安しかなかったが、

それを見せないようにした。

夕方になると、妻の顔が変わってきた。

「どう?」

「うーん、わからない」

夜になっても、まだ曖昧だった。

「もう病院行く?」

「けど、また生まれなかったら……」

何度も往復させてしまう、という遠慮だとわかった。

「わかった。俺が決める。生まれなくても、何往復でもする」

車を出した。

病院に着いて、助手席のドアを開けた。妻はつらそうだった。

駐車場から受付まで、何度もベンチに腰を下ろした。

座ったまま、しばらく動けない。

また少し歩いて、また座る。俺にはどうすることもできなかった。

ただ、隣にいるしかなかった。

いつもの十倍はかかっただろうか、ようやく受付に辿り着いた。

看護師が妻に聞いた。「自分で歩けますか?」

「歩けます」妻が即答した。

俺は信じられなかった。

「無理です。車椅子を用意してください」

妻を遮って、俺は言った。

売店は閉まっていた。

お茶を買ってきてと言われて、病院の外のコンビニまで一人で歩いた。

夜の駐車場を歩きながら、ふと思った。

父親、か。

実感はなかった。

準備室に戻ると、妻が俺を見てこう言った。

「私、もう無理かもしれん。痛すぎる」

焦った。今それ言う? と心の中で思った。どうすることもできない。

それを顔に出すわけにはいかない。少し笑って、答えた。

「大丈夫。もうすぐ終わるから」

もう少し気の利いた言葉がないものか。浮かばなかった。

分娩室では、妻の手を握っていた。

時々、信じられない力で握り返してきた。

痛かった。もちろん、何も言わなかった。

看護師たちは妻を褒めながら、静かに助け続けた。

すごい人たちだ、と思った。頭が下がった。

俺自身、緊張と疲労でいっぱいいっぱいだった。

それでも顔には出せなかった。

「頑張れ」

それしか言えなかった。情けなかった。

夜中の一時を過ぎた。まだ生まれない。

もういい加減生まれてくれないかと思ったその時、産声が聞こえた。

俺は泣いた。妻も泣いた。

「よくやった」

お互いを見つめて、笑った。

初めて息子を見た時、ガッツ石松に似ていると思った。

もちろん、口にはしなかった。

息子を抱いた。三千五百グラム。

ものすごく重かった。汗が噴き出た。

これが命の重さか、と思った。

ようやく産まれた安心感に、俺は病室の簡易ベッドで眠った。

妻が血を流しすぎて気絶した時も、看護師に起こされても、

目が覚めなかった。

目を覚ました時、俺は父親になっていた。


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