第7話 揺らぐ
夜、自室の机で、ノートにペンを走らせる。
書き出したのは、今日の違和感の正体だ。
どのゴブリンを倒しても、統率が崩れなかった。 鑑定では、どれもスキルなし。 状態は、異常(?)
思考を整理する。
(考えられる可能性は……三つ)
1. 最後に倒した個体が、実は中心だった可能性。
鑑定レベルが低く、見抜けなかった。
2. 索敵が甘く、近くに、別の個体が隠れていた。
3. 鑑定を無効化するスキル持ちがいた。
どれにしても。
今の鑑定では、情報が足りない。
そう結論づけ、視線をスマホや机、部屋の小物へと向ける。意識的に鑑定を使い続けた。
今の私が見ている世界は、まだ解像度が低すぎる。
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その日から、目に見えたものは、なんでも鑑定していく。
通学路にある公園。
通路を歩く猫。
食品雑貨店の食べ物。
ただ鑑定をするのではなく、意識を向け、どのようなものか分析する。
そのような生活を続けていると、それは不意に訪れた。
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【スキルレベルが上昇しました】
スキル:【鑑定 Lv.1】 → 【鑑定 Lv.2】
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ホッと一息吐き、スキル説明を読む。
今まで見えていたものに加え、レベルや、より細かな状態が見えるようになる、と書かれている。
試しに、以前起きてたのに「異常?」と出ていたクラスメイトを見てみる。
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【人物鑑定:井上 花実】
レベル:なし スキル:なし 状態:異常(痔)
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(……井上さん……お疲れ様です)
知らなくていい真実というのも、世の中にはあるらしい。人にするのは、ほどほどにしておこう。
私はそっと意識を切り替えた。
以前は「異常?」だったものが、分かるようになっている。これなら、以前のような事態を理解できるかもしれない。
これで、少しは見えるはず。
放課後は、装備を整え、ゲートに行くことを決めた。
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ゲートに入り、洞穴の冷気を肌に受ける。
少し寒い。
入る前に、身体の調整はしたので動きは問題ない。 レベルが上がった分、身体はさらに軽く、景色がわずかに遅く流れる。
洞穴に足を踏み入れると、すぐにゴブリンが一体見えた。
足を止め、鑑定する。
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【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:1 スキル:なし 状態:正常
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レベルが分かることを確認し、距離を詰め、静かに倒す。
力などは分からないが、強さの指標にはできるかもしれない。
さらに奥へ進むと、動きが統率された集団を見つけた。
数は四体。その中央に、他より一回り体格のいい個体が立っている。
念の為、周囲の警戒をしつつ、すぐに鑑定を使う。
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【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:5 スキル:なし 状態:正常
【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:4 スキル:なし 状態:異常(精神系)
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一匹だけ、他の三匹のゴブリンよりもレベルが高い。
レベルの高い方のゴブリンをよく観察すると、わずかだが、他より大きい。
レベルが4のゴブリンは、全てが異常(精神系)となっている。
そして、周囲の個体の視線が、畏れているように、レベルが高い個体に向いていることに気づく。
(……あれが、リーダーか)
石碑の言葉が脳裏をよぎる。
——『行いを見よ』
個々のスキルに差はなくても、役割は行動に表れる。
石碑はおそらく、そのことを伝えていたのだろう。
私は気配を殺し、一気にレベルが高い個体に向かって、間合いを詰めた。
喉元をナイフで切り裂く。
数秒の静寂の後、残されたゴブリンたちの動きが目に見えて乱れた。
連携が解け、ただの魔物に戻った個体を、順番に処理していく。
やっぱり。
確信に近い手応え。スキルがなくても、中心を潰せば群れは崩壊する。
人間社会と同じ『仕組み』だ。
身体に力が湧いてくる。
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【レベルが上昇しました:6 → 7】
体力:+2 / 魔力:+2 / 攻撃:+3 / 防御:+1 /
敏捷:+3 / 器用:+3 / 感知:+2 / 運:+2
【ステータス】
名前:相沢 天音 レベル:7
ジョブ:【暗殺者】 種族:人間
体力:20 / 魔力:22 / 攻撃:29 / 防御:11 /
敏捷:34 / 器用:29 / 感知:24 / 運:17
スキル:【気配遮断 Lv.2】 / 【鑑定 Lv.2】
ユニークスキル:なし
称号:なし
所持スキルポイント:0
経験値:36 / 700(次のレベルまで 664)
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ステータス画面を閉じ、軽く地を蹴る。
ナイフを何度か手の中で回転させ、レベルアップによる感覚のズレを移動の合間に馴染ませていく。
——油断しなければ、いける。
仕組みを理解し、力も手に入れた。
その全能感に、わずかだけ口角が上がった。
だが——
その確信はすぐに揺らぐことになる。
さらに進んだ先。再び、統率の取れた、四体のゴブリンの群れが現れる。
(大きさを観察しても……同じ?)
体格差がない。
特別な動きをしている個体もいない。
即座に鑑定を飛ばす。
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【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:4 スキル:なし 状態:異常(精神系)
【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:4 スキル:なし 状態:異常(精神系)
【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:4 スキル:なし 状態:異常(精神系)
【個体鑑定:ゴブリン】
レベル:4 スキル:なし 状態:異常(精神系)
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……まるで型に流し込まれたみたいに、全て同じで不気味だ。
どういうこと?
私には、まだ気づいていない。
近くに隠れている個体はいないか、辺りを見回す。しかし、どこにも隠れている気配はない。
どのゴブリンを観察しても、どれかに畏れている気配がない。
(……仮説は間違っていた?)
幸い、どの個体もレベルが低く、どれか一匹でも倒せば、そのままいけると判断する。
実際は、どれかリーダーかもしれないし……。
どの個体にも気づかれないように、影に潜む感覚をより強く意識する。
そして駆け出す。
私はまず、最も近くにいた個体を仕留めた。
気づかれた。だが、崩れない。
一匹の背後を二匹が即座に埋め、盾と矛の役割を瞬時に切り替える。
生物としての本能を感じない。
精密機械のようなカバー。
(……気持ち悪い)
前にいる個体を、風が通り過ぎるような速さで突き刺す。それでも、残された二匹は、仲間が死んだことなど意に介さず、冷徹に私の喉元を狙い続けた。
背筋に、冷たいものが走る。
……なんで?
中心はいない。リーダーもいない。
なのに、この集団は『一つ』として動いている。
(……理解したつもりでいただけ?)
リーダーを倒せばいい。
そう思ったのは、私の思い込みだったのか。
鑑定のレベルを上げても。
状態がより分かるようになっても。
この世界の底知れなさは、何一つ変わっていなかった。
これが仕組みだとするのなら、まだ一端も分かっていない。
暗闇の中から、無数の何かに見つめられているような。
そんな錯覚に襲われ、私はナイフを握り直した。




