第6話 見えること / 見えないこと
朝日がカーテンの隙間から顔を覗かせ、眩しさで目が覚める。
学校に行く前に、自室の机に座り、改めてステータス画面を開く。
【鑑定 Lv.1】
取得したのはいいが、まだ把握しきれていない。
試しに、机の上に置いたスマホへ意識を向ける。
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【物品鑑定:スマートフォン】
状態:正常
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(……物にも使えるんだ)
別の物はどうだろうと思い、今度は少し前から角が欠けている机を見る。
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【物品鑑定:机】
状態:損傷(軽微)
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それ以上の情報は出ない。性能や材質、いつ壊れたか、そういった細かいことは分からない。
最低限って感じか。
何でも分かるわけではないらしい。
分かることと、分からないことの線引きがはっきりしている。
その感覚を頭に入れたまま、家を出た。
教室に着くと、ゲートの騒ぎが嘘だったみたいに、教室はいつも通りだった。
「一昨日出たモヌハンの新作のゲーム、マジですごくね?」
「今日の放課後、カラオケ行こー?」
話題はバラバラで、笑い声も混じっている。
「なあ、最近ゲートのニュース減ったよな」
「もういいだろ。正直、俺ら関係ないし」
「関係ない」で終わらせられる距離。
そこまでのものじゃない、という顔。
先週までは、ゲートの話ばかりだった。
ニュースでも、SNSでも、あれほど騒がれていたのに。
もう……こんな感じか。
棍棒が振り下ろされる瞬間の圧、緊張感のある命のやり取り。
それらと、目の前の日常との温度差に、疎外感を感じる。
そんな会話を、机に顔を伏せながら聞いていると、咲が話しかけてくる。
「天音、おはよー。 ……なんか最近いつも疲れてない?」
咲が、何気なく言う。
「咲、おはよ……運動始めたからね」
私は気怠げに返事を返す。
嘘ではない。
ただモンスターを倒しているだけだ。
「……疲労感が抜ける程度にしなよ」
咲はそれ以上何も言わず、自分の席に戻っていった。
(……変だったかな)
気づかれた、というより、見抜かれた気がした。
ふと、人に鑑定をするとどうなるか気になった。
隣の席のクラスメイトに視線を向ける。
一瞬だけ、鑑定を使った。
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【人物鑑定:福山 源】
種族:人間 スキル:なし 状態:異常?
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——異常?
ゾンビウイルスなどが頭をよぎり、咄嗟に身構える。しかし次の瞬間、欠伸が聞こえた。
「昨日、ほぼ徹夜で寝不足なんよ……」
……寝不足、か。
「異常?」は、寝不足なども含まれているのかもしれない。
念の為、他の人も鑑定してみると、寝ている人は全員が異常?、起きてる人はほぼ正常となっていた。
ホッとして肩の力を抜く。
鑑定は人間にも使える。
だが、分からないことも多いらしい。
帰宅後、リビングの椅子に腰を掛けて、今日の情報を整理する。
【鑑定Lv.1】の現時点で分かることは、4つ。
名前、種族、スキル、状態のみ。
ただし、状態は曖昧で、強さや危険度までは見えない。
(万能じゃない……だからこそ、使い方が大事だ)
そう結論づけ、支度を整える。
*******
ゲートを抜け、洞穴の中へ入る。
相変わらず、無機質感を思わせる。
すぐに、ゴブリン一体を発見した。
足を止めて、反射的に鑑定を使う。
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【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:なし 状態:正常
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問題なし。
落ち着いて距離を詰め、ナイフを振るう。
昨日までとは異なり、スキルの有無が分かる。
後はスキルがきちんと分かるか、だ。
さらに奥に進んでいく。
天井が高く、柱が等間隔に並んでいる場所を通りかかる。
中央に、不思議な石碑があり、スキル持ちのゴブリンと近くで遭遇した場所だ。
周囲から切り離されたかのように静かで、水が流れる音しか聞こえない。
柱の奥から、何かの気配を感じたので柱の裏に隠れる。
そっと、柱から顔を覗かせると、その場で眠っているゴブリンがいたので鑑定してみる。
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【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:【縮地】 状態:異常?
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やはり、モンスターもスキルを持っていた。
ただ、スキルレベルまでは分からないみたいだ。
残念に思いつつ、スキル名が分かるだけでも十分と思い直す。
そのゴブリンに近づき、ナイフで喉元を一閃する。
その瞬間、背後で地面に何か擦れる音が響き、咄嗟にそちらを振り向く。
——っ!
反応が、わずかに遅れる。
攻撃は届かなかったが、危なかった。
今のは。
鑑定に意識を割きすぎて、いつもほど、周囲の警戒をしていなかった。
気配遮断の意識も。 新しいスキルを取り、足元がおろそかになっていた。
(気をつけよ)
そう思い直し、三体ゴブリンがいる方にナイフを構える。
ゴブリンが、私を扇状に囲む。
一体が正面で棍棒を構え、残りの二体が左右から回り込む。
私の逃げ道を塞ぎ、視線を誘導し、死角から突く組織的な動きだ。
(……揃いすぎてる)
動きが、妙に噛み合っている。
それは獣の群れというよりも、元々の役割が決まっている連携を思わせた。
私は回避に専念しながら、視界の端で鑑定を発動させる。
でも何故か——
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【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:なし 状態:異常(?)
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どのゴブリンもスキルはなかった。
結果的に、問題なく全て倒せた。
最後の一体を倒すと、現場を支配していた不自然な緊張感がふっと消えた気がした。
集団をまとめていた熱のようなもの。 それが消え、目の前の死体は、ただの魔物へと戻っていた。
(……終わった)
戦闘が終わった瞬間、視界が白く染まり、身体がわずかに軽くなる。
【レベルが上昇しました:5 → 6】
レベル、上がったか。
洞穴を流れる空気のわずかな振動や、自分の心音の静かさが、以前よりもはっきり感じ取れる。
周囲を把握する感覚が、少しだけ洗練された。
無事に倒せたことにホッと、一息つきながら、ふと思い出す。
倒したゴブリンたちのステータス。
確か、鑑定では「状態:異常(?)」と表示されていた。
(スキルがなくても、関係してる何かがある?)
誰か、あるいは何かが、彼らの後ろで糸を引いているような、複数のゴブリンが、一体になったような連携した行動。
個々のスキルだけを見ればいい、というわけじゃないらしい。
鑑定だけに頼り切るのは違う。
そう、はっきり理解した。
昨日見た、石碑の文を思い出す。
『それは、意志か…それとも、仕組みか』
「……まだ、分かっていないことの方が多いな」
洞穴の奥を一度だけ見つめ、引き返す。
次は、もっと注意深く進もう。
そう心に決めて、ゲートを後にした。




