第5話 行いを見よ
日曜日の朝、自室の布団から、身を乗り出す。
カーテン越しの光が、部屋の床に細く伸びている。
昨日までの疲れは、身体の奥に残っているが、不快ではない。
リビングに行くと、父がソファーに腰掛け、ニュースを見ていた。
「……今日は朝早いな」
それだけを気まずそうに言い、私を見ない。
「うん。少し出かける」
「そうか」
短いやり取りだけでそれ以上、何も聞かれない。
テレビでは、淡々とニュースが流れている。
『政府は、各地で確認されている裂け目、通称ゲートについて、内部に凶暴な複数種のモンスターが存在することを発表しました』
『一般人が内部に立ち入ることは極めて危険だと判断し、発見しても近づかないよう、注意を呼びかけています』
父はコーヒーを一口含むと、悩ましげにこちらを見た。
そして、確認するように一言だけ言う。
「危ない場所には行くなよ?」
「......うん」
それだけ返すと、それ以上は何も言われなかった。
誤魔化したことに、少しだけ罪悪感が湧く。
信頼しているのか、踏み込む気がないのか。
たぶん、その両方だ。
(……ごめん)
心の中で謝って、私は玄関に向かった。
……。
玄関を出たところで、身体に違和感を覚える。
意識した動きより、半拍分だけ前に出る。
身体の反応だけが、先に行っていた。
ふと思い出す。
そういえば、レベルが上がってからは、身体の調整をしていなかった。
家の近くで、軽く身体を動かす。
意識した動きより、少し大きい。
ゲートに入る前に、整えよう。
呼吸を整え、そのまま道を進む。
近場のアウトドアショップで、厚手のパーカーを中心に、動きやすい服と丈夫な手袋を選ぶ。
防具、と言えるほどではないが、少しでも怪我を避けるための選択だ。
使わないに越したことはないが、包帯と消毒液、簡易テーピングも揃える。
慎重すぎるかもしれない。それでもいい。
準備はもう大丈夫。
私は小さめのリュックを背負い、山道へ向かう。
30分ほどでゲート前に着いた。
入る前に身体の感覚を、もう一度整える。
意識と動作を重ね、余分な力を抜く。
昨日と同じことを繰り返す。
それらを確認してから一歩、ゲートに踏み込んだ。
……。
ゲートに入ると、洞穴内部に戻ってくる。
外よりも冷たい空気が、より緊張感を呼び覚まさせる。
最初に出てきたゴブリンは、昨日と変わらない。
細かい調整をしながら、前日に進んだ地点まで到達する。感覚は安定している。
——行ける。
足を止めず、そのまま奥へ進む。
警戒しながら通路の先、開けた空間を歩く。
天井が高く、柱が等間隔に並んでいる。戦闘跡らしき痕はない。
その中央には、以前見た石碑と似たものがあった。明らかに、自然物ではない。
削られたように平らな面で人為的に整えられた形だが、苔が生え摩耗が進んでいる。
いつの時代のものかは分からない。
——この空間だけ、切り取られたみたいだ。
古代にあるような幻想的な光景に感動しながら、表面の文字を読む。
石碑の表面には、文字が刻まれていた。
⸻
『力を見るな、行いを見よ』
『それは、意志か……それとも、仕組みか』
『見抜けぬ者は、同じ一撃に倒れる』
⸻
(……意味は、よく分からない。でも、頭の片隅に引っかかる)
石碑の近くには、水路があった。
水が流れる音がするだけで、辺りは静かだ。
一度情報を整理するために、柱を背に、思考を巡らせる。
『力を見るな、行いを見よ』
これは相手の力だけを見るのではなく、行動を把握せよ。 そう考えるのが自然だが、断定はできない。
それ以降が分からない。
だが——無視していい言葉じゃない気がした。
とりあえず記憶にとどめ、先に進む。
先ほどの言葉の意味を推測しながら歩いていると、目の前からゴブリン二体と、ゴブリンアーチャーが一体現れる。
すぐに柱の裏に隠れて、様子を窺う。
こちらには気づいていない。
昨日と同じ、遠距離から倒すと決め、遮蔽物で個体の視線を切るのを意識する。
アーチャーの視線が私の位置から離れた。
気を逃さず、地面を踏み込み、一気に弓持ちに近づく。
今……!
ナイフが突き刺さり、背後に倒れた。
二体のゴブリンを視界に移す。
一匹が仲間を見た後、怒声をあげる。
腕を持ち上げ、棍棒を構えた。
距離はまだある。
そう思った瞬間。
ゴブリンとの距離が
——予兆もなく詰まった。
視界に、膨れ上がる黒い影。
……は?
加速のタメ、すらなかった。
反射的に身を捻るも、振るわれた棍棒が頬を掠める。
——っ!
無理やり踏ん張った足首に、鋭い激痛が走った。 顔が引き攣り、冷や汗が地面に落ちる。
(……今の何?)
歯を食いしばり、痛んだ足で地面を蹴る。
視界がゴブリンに迫り、ナイフを振り下ろした。
残る一体を凝視するも、そちらは、普段と変わらない。
最後の一体を処理し、戦闘は終わった。
アドレナリンが出ていたのか、足首に、先ほどよりもズキズキとした痛みが主張する。
その場で、ポーチから簡易テーピングを取り出し、足首に巻く。
今のは、明らかに不自然だ。
親指を顎に当て、熟考する。
少し前に見た石碑の言葉が、頭をよぎる。
『力を見るな、行いを見よ』
『それは、意志か……それとも、仕組みか』
(石碑は……これのことを警告していた?)
このまま続けるべきじゃない。
今日は、ここまでだ。
私は、来た道を引き返した。
*******
帰宅後、ベッドに腰を下ろし対策を考える。
スキルで何か対策できるかもしれない。
そういえば、と思い出し、ステータス画面を開く。
⸻
【所持スキルポイント:1】
【獲得可能スキル】
気配感知 | 足場生成 | 縮地 | 集中力強化 |鑑定 | 麻痺耐性 | 身体操作 | 物真似 | 罠感知 | 水中呼吸 | ・・・
⸻
画面を見ながら、候補を複数決めていく。
探していると、ふと、あるもので目が止まった。
詳細を見る。
⸻
【縮地】
消えるようなスピードで移動することができる。
移動できる距離や使用回数はスキルレベルに
依存する。
Lv.1では、
・移動距離:5m
・再使用可能時間:10分
⸻
(……モンスターもスキルを持っている?)
あの時の瞬間移動したような、急な動きはこれで説明がつく。
石碑の文を思い出す。
『それは、意志か』
ここは、おそらく、モンスターもスキルがあることを教えていたのだろう。
もしかしたら違うかも知れないがそう考えるのが自然だ。
——問題は、戦う前にそれを見抜けるかどうかだ。
『それとも、仕組みか』
そして、こちらの文。
まだ、その全体像までは理解できていない。
——だが理解しないといけない。
漠然とだが、そう思った。
考察しながらも、他にもスキルを見ていく。
⸻
【身体操作】
自身の身体の動きを微調整することができる。
筋力や速度が上がるわけではなく、
動作の誤差やズレを抑えることに特化する。
Lv.1では、
・身体能力上昇時、身体の違和感を軽減
・踏み込み、回避、体重移動などの
基本動作のブレが減少する
⸻
レベルが上がる度に、身体の違和感を感じていたため、かなり欲しい。
悩まし気な視線を向けるも、続きを見ていく。
⸻
【鑑定】
対象の基本情報を知ることができる。
スキルレベルに応じて、
より詳細な情報を得られるようになる。
Lv.1では、
・対象の名前や種族、スキル、状態が分かる。
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今の戦闘スタイルを考える。
敵に気づかれる前に倒す。事前に敵が持つスキルを知れるのは、相性がかなり良い。
欠点は強力な敵を倒す手段が、今はないことだ。
縮地を取り、あの動きができるようになるのは魅力的だが、使用回数がひっかかる。
身体操作も欲しい。
レベルアップ後のズレを解消できそうだ。
(……欲しいけど)
今でも調整できないわけじゃない。
今日も、実際になんとかなった。
一度、目を瞑り、棍棒が迫った瞬間を思い出す。理解できない速度。
敵を知らなければ、次はない。
目を開けて、【鑑定】をタップする。
⸻
【スキル獲得:鑑定 Lv.1】
⸻
ホッと一息吐く。
——次は、より理解してから進む。
そう決意し、そっと目を閉じた。




