第8話 宝物
夜。19時頃。
情報共有された工場に着く。
闇夜に浮かび上がる工場のシルエットは、まるで巨大な鉄の墓標のようだった。
ひび割れたコンクリートの壁は、灯りに照らされ、不気味な陰影を落としている。
周囲には、以前に見た薬物中毒者のような人が、何人もうろついていた。
その人たちは、血走った目で工場を見ている。
背筋がゾワっとした。
この時点で、工場がろくでもない場所だと分かる。
気配遮断を発動し、中に乗り込む。
錆びついた鉄門の隙間からは、オイルの臭いが漂っていた。
入口では、見るからに堅気ではなさそうな男たちが5人ほど立っている。
……この人たちの拠点だろうか?
鑑定をすると、全員がレベル6、7ほど。
ゲート経験者なのは間違いない。
ただ、何かに怯えるように、震えているのが印象的だった。
不審に思い、しばらく様子を見る。
やがて、何人かがお金を差し出し、男たちに通されるように工場へ入っていった。
中に入る人たちに、鑑定を飛ばす。
全員、レベルがない人だ。
……噂に乗って、人魂を見に来た人たちだろうか?
入っていく人たちをつけてみる。
すると、工場の奥、天井近くまで——
何百という、白く輝く人魂のようなものが、漂っていた。
鑑定をしてみる。
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【個体鑑定:魔魂】
レベル:7
スキル:【精神汚染 Lv.4】 / 【憑依 Lv.3】
状態:正常 弱点:魔力
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精神汚染に、憑依。
思わず、喉が鳴った。
これは——極めて危険だ。
先ほどの人たちは、魔魂に手を伸ばして、体内に取り入れていた。
「おい、マジで力が湧き出てきたぞ!」
「噂は、ホントだったのか!」
そんな声が辺りに響く。
パッと見では、変わったようには見えない。
魔魂を取り入れた人に鑑定を飛ばす。
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【人物鑑定:荻野 雅人?】
種族:人間? レベル:7
スキル:【憑依 Lv.3】
状態:精神汚染(弱)
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背筋が凍りつく。
先ほどまでは、ただの一般人だった。
……これは、乗っ取られたということだろうか。
私の視界には、弱点が体内で蠢いて見える。
私も魔魂に触れたらどうなるか分からない。
恐怖を押さえ、魔魂を処理できるか考える。
弱点が魔力。
少数なら雷遁をナイフで纏わせている間に、殲滅できたかもしれない。
でも、この数を一人で処理するのは無理だ。
この場を、離れよう。
……。
工場を離れて、ひと息つく。
まだ、手が震えていた。
一旦、重村さんと玉野さんに情報を送る。
玉野さんから、返事がすぐに返ってきた。
『すまぬのぉ。これは、ギルドメンバー全員で取り掛かる事態になりそうじゃ。
後日、ワシらも行く。日時は、まだ決めてないが、後で連絡を送ろう』
重村さんからも、少し遅れて返事がくる。
『ワシの方でも動く。政府と掛け合ってみよう。
情報の封鎖を行い、これ以上は人が集まらないようにしてみるわい』
二人が動いてくれている。
そう思うと、胸の奥にあった震えが、ゆっくりと引いていった。
*******
家に戻り、お風呂に入る。
ようやくひと息つく。
ふと思った。
(今回の事態は、ゲートボスが起こしたのかな?)
それにしては噂で人を呼ぶなど、何者かの意志を感じさせる。
取り憑かせて、何をしようとしているのか。
それが一番、気味が悪かった。
取り憑かれると、どうなるかは分からない。
だが、精神汚染になるくらいだ。
ろくなことにはならないのは分かる。
お風呂から上がると、共有用のスマホに、メッセージが新しく来ていた。
『影殿が良ければ、うちのメンバーと一度、顔合わせしないかのう?』
画面を確認すると、玉野さんからだった。
誤射の心配などから、事前に話しておきたいらしい。
【影纏い】は発動したまま、会っていいみたいだ。
『お願いします』と送っておく。
1時間ほど経ち、また連絡が来る。
向こうで話し合いが終わったようだ。
集合時間は、明日の18時。
集合場所は、九尾ギルド。
『この時間でどうじゃろうか?』と書いてあった。
『大丈夫です。その時間に向かいますね』と返信し、スマホを机に置く。
その5分後くらいに、普段使い用のスマホで音が鳴った。
そちらを開くと、咲から『明日会えない?』とラインが来ている。
『お昼までなら会えるよ』と文字を打ち込む。
咲と10時頃に会うことを決め、その日はそのまま眠った。
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次の日。10時頃。
咲の家に着く。
鍛治の話などで盛り上がっていると、何故か途中から咲がそわそわしていた。
「落ち着かない様子だけど、どうしたの?」
首を傾げ、咲に声をかける。
「ちょっと待っていてね」
咲が部屋を離れて、すぐに戻ってきた。
何か包みのようなものを手に持っている。
「天音……これ、あげるね」
視線を逸らされながら、包みを渡された。
……なんだろう?
「開けてもいい?」
「……うん」
咲が恥ずかしそうに頷いた。
包みをそっと開ける。
——そこには、月光を凝固させたような白銀のナイフが入っていた。
鏡のように磨き上げられた刃には、私の顔がはっきりと映り込んでいる。
鞘から覗く柄には、流れるような美しい彫刻が施されていた。
手にする者の安全を祈るような、どこか優しい温もりを感じさせる。
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【物品鑑定:ナイフ】
状態:正常 品質:上
スキル:体力回復 (小) / 切れ味アップ(小)
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鑑定すると、ナイフにスキルがあった。
「咲、これ……」
震える声で尋ねると、咲は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「私が、作ったの」
よく見ると、以前は普通だった咲の手が、擦り切れていた。
「まだまだかもしれないけど。少しでも、天音の助けになればって」
そう言って、咲は笑った。
胸の奥が、強く締め付けられる。
(こんなになるまで……必死に作ってくれたんだ)
鑑定結果では、ナイフとしか書かれていない。
それでも、咲の思いが、すごく籠っているのが分かる。
「……ありがとう」
もっと、感謝の想いを伝えたいのに、そんな言葉しかでない。
(いつか、この恩は返そう)
そう強く心に刻んだ。
「ゲートに潜るのはいいけど、無事でいてね?」
咲が笑顔を浮かべる。
……いつも本当に、力づけられるな。
「うん……絶対に」
私は、咲に貰ったナイフを握りしめた。
正直、また工場に行くのは怖かった。
でも——勇気をもらった。




