私の決意 太田咲視点
私には、少し厄介な癖がある。
人の嘘や、隠し事を、
見抜いてしまう癖。
それは時に、
呪いのように感じることがある。
「天音、おはよ〜」
声をかけると、天音は一拍だけ遅れて顔を上げた。
「おはよう」
返事は、ちゃんと返ってくる。
でも——ほんの少しだけ、間があった。
(……何かいつもと違う)
私は何も言わず、席に座る。
気づいていないふりをするのは、もう癖みたいなものだ。
「昨日のニュース見た?」
「うん」
短い返事。
私は、机に頬杖をついて天音を見る。
「なんかさ、今日はちょっと静かじゃない?」
探るつもりはなかった。
本当に、ただの雑談のつもりだった。
「……そう?」
天音は首をかしげる。
自分では分かっていない、という顔。
「うん。いつもより、ぼーっとしてる感じ」
軽く笑ってみせる。
「昨日、あんまり寝てなくて」
その瞬間。
——声が、ほんの少し小さくなった。
目線が、右に逸れる。
(……あ)
昔から、そうだ。
天音は嘘をつくとき、必ずそうなる。
「そっか。最近、変なニュース多いしね」
ここで嘘をつく理由を考える。
どう否定しても、嘘をつく理由は一つしかない。
でも、私は、それ以上踏み込めなかった。
「あまり、無理はしないでね……」
それだけ言って、前を向く。
……多分、天音は話題になっている裂け目に入っている。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
*******
「そういえば聞いたか? ゲート、国が管理するかもって話」
悠斗の声が、教室に響く。
「マジで?」
「探索者とか、募集するかもって」
その言葉に、天音のペンを持つ手が止まった。
(……やっぱり)
気づかないふりをしながら、私は横目で見る。
表情は、変わらない。
でも、呼吸が、いつもよりほんの少しだけ浅い。
「危なくねーか?」
「でもさ、もう隠しきれないだろ」
楽しそうな会話。
遠い世界の話みたいに。
天音は、黙ったままノートを見つめている。
(勘違いが良かったけど……入ってる、よね)
確信に近いものが、胸に落ちる。
それでも。
私は、何も言わない。
言ったら、壊れてしまいそうだから。
*******
小学2年生の頃。
天音の母親の違和感に気づいた。
いつもと違う、明るすぎる様子。
コソコソと隠れて行動している。
気になって後を追った。
知らない人と一緒に楽しそうに腕を組んでいる。
何も知らない私は、「天音ちゃんのお母さん、知らない人と腕を組んでたよ」と、無邪気に両親に報告してしまった。
何気ない一言で、食卓が凍りついたのを感じた。
うちの父親は天音の父親と仲が良い。
父親がすぐに、どこかに電話していた。
結果として、天音の両親は離婚した。
そして次の日、私は愕然とした。
普段明るかった天音の表情が抜け落ちているのだ。
何気なく言った一言で、
天音の家族が壊れてしまった。
その事実を、私は今でも忘れられない。
天音は、そのことを知っている。
私が、無邪気に報告してしまったこと。
それが、きっかけだったこと。
でも、天音は何も言わなかった。
むしろ、「お母さんが悪いんだよ」と許してくれた。
その優しさが、逆に私を苦しめた。
それから、私は決めた。
もう、踏み込まない。
また、何かを壊してしまうから。
*******
ゲート発生から1週間経った。
机に顔を伏せている天音に、声をかける。
「天音、おはよー……最近、いつも疲れてない?」
本当に、心配だった。
「咲、おはよ……運動始めたからね」
(……ああ)
分かってしまう。
天音は入り続けている。
「……疲労感が抜ける程度にしなよ」
それだけ言って、自分の席に戻る。
それ以上は、言えなかった。
******
ゲート発生から2週間経った。
その日はいつもと違って天音から連絡があった。
天音から遊びに誘ってくるのは珍しい。
すぐに返事を返し、待ち合わせ場所に向かった。
*******
ショッピングを終えてカフェに入った。
運ばれてきたパスタを口に運びながら、私たちは他愛もない話を続けた。
「あ、そうだ! 天音、ここのデザート、半分こしない? 期間限定のイチゴのやつ出てるんだって」
「ふふ、咲は本当に甘いものに目がないよね。 いいよ、食べようか」
明るかった時の天音が戻って来て、すごく嬉しい。
「やった! ……ねえ、こうしてるとさ。 昔に戻ったみたいだね」
「……そうだね。 ごめんね、今まで私、余裕なかったから」
「ううん。 天音が今日、私を誘ってくれただけで、もう、満足。 だからさ、今日くらいは、変なこと考えないで楽しもう?」
嫌なことを忘れてずっとこの時間が続けばいいなと願う。
今はこの時間が、かけがえない。
だが——そんな幸せはすぐに壊された。
ヴィィィ――ン。
カフェ中の客のスマートフォンが、悲鳴のようなアラート音を鳴らし始める。
『緊急速報。〇〇市内でゲート崩壊が発生――』
天音の顔色が真っ青になっている。
嫌な予感がする。
「天音……顔色、真っ青だよ?」
「……お父さんの、職場が映ってるの……」
天音の視線がニュース画面と私で行き来している。
今すぐに行きたいのが伝わってくる。
私がここにいるから迷っているのだろう。
近辺でも崩壊しているから、本当は一人は怖い。
でも、私のせいで落ち込む天音を見る方がもっと嫌だ。
「私は大丈夫だから、行って。 でも、必ず、無事で戻ってきてね」
私はそっと天音の背中を押す。
少しでも天音が不安にならないように穏やかな表情を意識する。
「……ごめん。 私、行くね。咲も無事で」
天音は店をすぐに飛び出して行った。
その背中が、あっという間に見えなくなる。
……身体能力高すぎない?
普通の人じゃあんな速さで走れない。
あまりにも速くて、思わず苦笑する。
でも、それくらいの方が安心できる。
天音と天音の父親の無事を祈る。
——二人とも無事で、明るいままでいますように。
*******
天音から返信が返ってくる。
『大丈夫、お父さんも助かったよ。 心配かけてごめん。 咲の方は怪我はない?』
『落ち着いたら、今度ゆっくり話そう。 ……本当にありがとね』
すぐにスタンプで返事をする。
無事で本当に良かったとベッドに倒れ込む。
……天音は変わることができた。
私も変わらないといけないなと思った。
本当はありがとうと言いたいのは私の方だ。
いい加減、前に進まないといけない。
私は、運動神経が良くない。
体力もない。
入ってもまともに戦えないだろう。
でも——
戦う人達を手助けならできるんじゃないかって。
私は決意した。
ゲートに潜る探索者を支える人になる。
色々な募集を調べる。
条件がいいのは、重村商事の募集だった。
バイト歓迎。
初心者でも手厚く指導してくれると書かれている。
大企業だし、搾取はないだろう。
すぐに行動する。
私は重村商事の応募に向かった。
私も天音みたいに変わろう。
この呪いが支える力として役に立つと願って。
後書き
これにて「間章」はすべて終了です。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
次回から、いよいよ第2章が始まります。
崩壊した世界で、天音がどう生きるのか。
掲示板で噂された強者たち、そして咲や重村商事がどう物語に絡んでくるのか。
予想しながら楽しんでいただけると嬉しいです!
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※次の話からは18時20分頃に1日1話投稿になりますが、2章からも応援よろしくお願いします!




