エピローグ 変革の朝
規則的な電子音が、白い病室に響いていた。
夜が明け、窓の外から朝日が顔を覗かせている。
お父さんは命に別状はない、と看護師さんに言われ、安堵した私は、そのまま寝入ってしまったらしい。
パイプ椅子で変な体勢のまま寝たせいで、背中が痛む。 軽くストレッチをしながら、私は眠っている父の顔を眺めていた。
……いつの間にか、こんなに歳をとっていたんだな。
普段、まともに顔を見て話さないせいか、刻まれた皺が妙に生々しく感じられた。
どうやってここまで運んだのか、自分でもよく覚えていない。
ただ、なるべく揺らさないように、がむしゃらに走ったことだけを覚えている。
「……ん……っ」
シーツが擦れる音。
ゆっくりと、父の瞼が動いた。
「ここは……」
私に気づき、起き上がろうとする。
「……ダメ。お父さん、頭打ったんだから大人しく寝てて」
抵抗を許さないような静かな口調で告げ、その肩をゆっくりと押し戻す。
父は少し驚いたような顔をしたが、私の真剣な眼差しに気圧されたのか、大人しく枕に頭を沈めた。
……。
沈黙が流れる。
「夢を見ていた気がするな……まだお前が小さかった頃の……」
父は言葉を捻り出すようにボソッとしゃべった。
「……うん」
それ以上は、言葉が続かなかった。
沈黙を遮るように、壁に掛けられたテレビが緊急会見の様子を映し出す。
『——本日のゲート崩壊事案について、政府は会見を……』
官房長官の硬い表情。
背後のテロップには「探索者」「対策本部」「民間協力」といった、これまでは非日常だった言葉が映し出されている。
『今回、全国でゲート崩壊が起き、大勢の犠牲者が出た事態を我々は重く見ております』
『今後は、一定の基準を満たした民間探索者との連携を——』
アナウンサーの声が、遠く感じる。
(……ついに、言った)
どこか『様子見』だった空気が、完全に変わった瞬間だった。
モンスターが外に出る。
もう、誰も見ないふりはできないのだ。
「……大変なことになってきたな」
父——修一が、ぽつりと呟く。
「……うん」
それだけで、会話は終わった。
いつものように、沈黙が流れる。
今までは、この間が怖かった。
ずっと嫌われていると思っていた。
でも、それは私の思い込みもあったのだろう。
父は、私を見ない。
私も、父を見ない。
でも、その沈黙は、以前とは少し違っていた。
同じ空間にいるという事実が、不思議と安心感をくれた。
今はただ、生きてくれているだけで、十分だと思えた。
窓の外から差し込む朝日が、二人を照らしている。
完璧ではない。
まだぎこちない。
でも、それでいい。
いつか、昔みたいに戻ろう。
時間をかけて、少しずつ。
*******
一旦、着替えと荷物整理のために自室に戻る。
ベッドに腰掛け、スマホを手に取った。
咲から何件も通知が入っている。
『天音、無事!? お父さんは!? 返信待ってる!』
私は指を動かし、短く返した。
『大丈夫、お父さんも助かったよ。 心配かけてごめん。 咲の方は怪我とかない?』
『落ち着いたら、今度ゆっくり話そう。 ……本当にありがとね』
すぐに既読がつく。 安心したようなスタンプが送られてきて、少しだけ肩の力が抜けた。
ベッドにそのまま倒れ、今後のことを考える。
探索者が、社会に必要とされる時代。 それは同時に、多くのトラブルがきっと生まれる。
今日みたいな事態がまた起こるかもしれない。
探索者同士の競り合いも増えるかもしれない。
世界は変わった。 ゲートが崩壊し、モンスターが街に現れる時代。
多くの人が、恐怖に怯えている。
でも、私には力がある。
この力を、どう使うかは——私が決める。
派手に目立つつもりはない。
誰かに認められたいわけでもない。
ただ、必要な時に、必要な場所で。
大切な人を守るために。
——静かに、確実に。
刃を研ぎ続けよう。
日常の底で、誰にも気づかれないように。
それが、私の選んだ道だから。
後書き
1章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
孤独だった天音が、自分の意志で一歩を踏み出し始める——そんな1章でした。
天音がこの後、どのように世界と向き合っていくのか。
そして気になる財布の行方は……?
予想しながら楽しんでいただけると嬉しいです!
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次の話から、5話ほど「間章」として、世界が変貌していく様子を多角的に描いていきます。
間章も読んでいってもらえると、2章をより楽しめると思うので、どうぞよろしくお願いします!




