第9話 奈落を見据えて
強くなると決意を秘め、より奥へと進むと、以前も見た石碑が頑丈そうな扉の前に置かれていた。
正直、気味が悪い。
誰かが、私を導いている。
そんな得体の知れない気配を感じる。
だけど、無視をして進むわけにはいかない。
私は足を止め、石碑に刻まれた文を注意深く読み取った。
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『此れより深奥、危険は深まる』
『満たす者、理の選択を許さん』
『勇気ある者、異なる器を授けられる』
『されど其の選択、平坦なる道にあらず』
『進む者よ、奈落を見据えよ』
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(この先に進むと、何かもらえる。そういう意味……だよね)
そう信じたい、の方が近いかもしれない。
満たす者——
何かの条件、レベルかなと思考を巡らせるが考えても分からない。
扉に視線が向かう。扉には、鍵穴がなく、城門のようにとても頑丈そうだ。
中に入ると門が閉じ、出られなくなる。
そんな漫画などでよくある展開を考えさせられる。
他にも知れることはないか、鑑定してみる。
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【物品鑑定:城門】 状態:破壊不可
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……破壊不可。物理的な壁じゃなくて、絶対的なルール。
初めて見る鑑定結果に、喉の奥が乾くのを感じる。
一度入れば最後、自力でこじ開けることは不可能。そう突きつけられた気がした。
門を軽く押してみると、動いたため、今すぐにでも入れるのは分かった。
だからこそ——今は、入らない。
石碑のことに思考を戻す。
今回の石碑は、以前見た石碑と異なり、はっきりとした意図を感じさせる。
誰かが——あるいは『何か』が、奥に誘っている。
少なくとも、これまで石碑の内容は一貫していた。
危険を知らせ、考えろと促す。そして最後は『選択』を迫ってくる。
扉の先が危険なのは分かる。
そして、条件を満たした者だけが辿り着ける、報酬——あるいは試練。
だとすれば。
——もっと強くならないといけない。
私は一度、視線を落とした。
だが、そこでふと立ち止まる。
(……本当に、レベルを上げるだけでいい?)
これまでの経験が、疑問を投げかけてきた。
自分が強くなると、連動するように強くなるゴブリンたち。レベルを上げても、敵も同じだけ底上げされる。
イタチごっこを思わせ、数値を積み上げるだけでは意味がない。
どうにかする方法はないかと考える。
そこで、ひとつの記憶が浮かび上がった。
レベル5の時。
あの時、レベルアップと同時にスキルポイントを獲得した。
敵がどれだけ強くなろうと、スキルによる差は埋められないはずだ。
(区切りのレベルまで上げたらスキルポイントを獲得できる?)
なら、次は——。
「レベル10、かな」
私は小さく呟いた。
危険が深まると分かっている以上、備えは必要だ。スキルポイントを獲得し、まずは選択肢を増やす。
私はレベル10を目指すことに決めた。
狩りを再開して、すぐに違和感に気づいた。
意志を感じさせる個体——リーダー格以外の群れとして動くゴブリンたちから得られる経験値が、極端に少ないのだ。
これまでは自分よりレベルがかなり低い個体はいなかったため、気づけなかった。どの個体を倒しても強くなれるわけではないらしい。
一方で、あの不気味な個体。
精神異常と表示され、レベルも同期している存在を狩ると、驚くほどスムーズに経験値が溜まっていく。
まるで——
『もっと効率よく強くなりなさい』
と、導かれているようだ。
気持ちのいい感覚ではない。
むしろ、嫌悪感すらある。
それでも——
(……このままここで、足踏みしている方が嫌だ)
今は選り好みをしてる場合じゃない。 私はそう思い直し、唇を噛んで、不気味な個体を優先的に狩り続けた。
その途中だった。
倒したゴブリンの足元に、見慣れない小瓶が転がった。
……?
拾い上げ、鑑定する。
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【物品鑑定:上級回復薬】
状態:正常
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(……アイテムってドロップするの?)
ただ、これまで一度もなかったことだ。
(不気味な個体が、これを……?)
偶然とは思えない。
タイミングも、状況も、あまりにも出来すぎている。
『これで回復して、止まらずにレベルを上げろ』
そう囁かれているようで、正直、気味が悪かった。
ただ、この先何かあっても、回復手段があれば、取れる選択肢もだいぶ異なる。
自分にそう語り、気持ちを落ち着かせる。
私は、その回復薬を鞄に仕舞い、狩りを続けた。
結果として——。
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【レベルが上昇しました:9 → 10】
【スキルポイントを獲得しました:+1】
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やっぱりもらえた。
予想は当たった。
区切りのレベルで、スキルポイントは付与される。
私は一度、大きく息を吐いた。
この先はさらに危険になると石碑は言っていた。
何が起きても大丈夫なように、どのスキルを選ぶかは慎重にならないといけない。
今ここで、軽率にスキルを取るべきではない。
落ち着いて考えよう。
——今の私に必要なスキルを。
それを考えるには、ここは適していない。
「一度、帰ろう」
そう決めて、私は、来た道を引き返し始めた。




