正義
「—――という感じで光さんは浮気した事に後悔しているみたいですよ」
田中優助さんに元妻である光さんの今の状況を説明している狂狼さん。
その隣で話を聞いていた私は言葉を失い、顔中から汗を流す。
やりすぎだ。
いくら浮気したとはいえギャンブル依存症にさせて、借金を負わせ、離婚し、家族や友達と縁を切らせ、風俗で働かせるまで追い詰めた。
最悪な復讐だ。
だがその復讐方法を田中さんに教えた狂狼さんは危険すぎる。
「どうですか?復讐した気分は?」
狂狼さんの問いに対し、田中さんは……恍惚な表情を浮かべている。
「最高でした。あのクソ女を絶望に追いやったと聞いて、喜びのあまり叫び声を上げてしまいそうです」
まるでヤバイ薬に手を出した人みたいな目をして、笑う田中さん。
そんな彼を見て、私は背筋を凍らせた。
知らなかった。復讐を成し遂げた人間がここまで恐ろしいとは。
「それで田中さん。これからどうするのです?」
「そうですね。しばらくは独身でいようかと。もう女性と関わるのは嫌なんで」
「それは残念。あなたなら男達の正義のヒーローになれたのに」
「正義のヒーロー?」
「はい」
狂狼さんは微笑みを浮かべ、手を組む。
「この世界には多くの男が女に騙され、不幸にする女達がいます。女に裏切られたあなたになら、その痛みがわかるはずです」
「……はい」
「だからあなたのような人が男達に被害が出る前にクソみたいな女達に正義の鉄槌を下すのです」
「正義の……鉄槌」
「はい」
狂狼さんは笑みを深めながら、瞳を怪しく光らせる。
「もちろん、全ての女性が悪だとは言いません。ですが……この世界には悪の女性たちが多すぎる。だから悪の女性達を潰すのです。もちろん……犯罪にならない程度に」
「正義のヒーロー……俺が……悪い女達を潰す」
「はい」
田中さんの瞳が少しずつ怪しく光っていく。
私の目の前にるのは、女に浮気されたただの男ではない。
男を騙そうとする女達を、正義という名の絶望で攻撃しようとする狂ったモンスターだ。
「どうぞ……こちらには男達を騙している女達のリストです。まずは近づき、交際し、信頼関係を築いてから正義の鉄槌を与えるのがいいでしょう」
狂狼さんは数枚の紙を田中さんに渡す。
その紙を手にした田中さんは、凶悪な笑みを浮かべながら事務所から出て行った。
私は口からハァハァと荒い息を漏らす。
狂わせた。
狂狼さんはどこにでもいる田中さんをモンスターへと変えたのだ。
この人は人間じゃない。
言葉で人を狂わせる魔人だ。
「フフフ…ハハハ……アハハハハハハハハ!」
突然、大声で笑い出した狂狼さんを見て、私は思わず身体を震わせた。
凶悪な笑みを浮かべる彼に、私は問い掛ける。
「なんで……笑えるんですか?二人の人間の人生を狂わせたんですよ?光さんは自業自得だとしても、優助さんをモンスターにする必要はなかったのでは?」
「いやいや、すまない。ただ……面白くて」
「面白い?人を狂わせるのが?」
「なにを言ってるんだ、音姫さん?」
狂狼さんは私に顔を近づけ、囁くように声を漏らす。
「人間なんて、元から狂っているよ」
「え?」
「だって……人間は同じ生き物である牛や豚などを増やさせ、食べている。他にも犬や猫、魚などをペットにしたりしている。生き物としては狂っていない?」
「そ……それは」
「他にも環境破壊や戦争などの問題を起こしている。他の生き物はそんなことしないのに、人間だけしている。これを狂っていないと言えるのかな?」
「……」
「それに……人間、誰だって他の人では理解できないことを隠して生きている。僕は人を狂わせるのが大好き。だから狂わせた。ただ僕は……好きなことを隠さず、好きにやっているだけ。それのなにが悪いの?」
血のような赤い瞳を怪しく光らせる狂狼さん。
この人……狂っている。
頭のネジが何本もなくなっているよ、この人。
まさに……、
「狂人」
自然と私の口からそんな言葉が漏れた。
その言葉を聞いて、狂狼さんは歯を剥きだして笑う。
「君も僕と同じく狂人だろう?」
「え?」
「だって……人生が狂った光さんの話を聞いて、モンスターになった優助さんを見て、君は……」
「ずっと笑っているよ?」
私は思考を停止した。
今、なんて言った?笑っている?私が?
恐る恐る私は口に手を当てて、気付く。
確かに私は笑っていた。
「楽しかったんだろう?面白かったんだろう?」
まるで悪魔の囁きのように声を貰す狂狼さん。
私は彼の言葉を否定することができなかった。
確かに私は狂っている優助さんを見て、楽しいと思ってしまった。
確かに私は人生が狂った光さんの話を聞いて、面白いと思ってしまった。
「君も心の中で人を狂わせたいと思っている。そうだろう?」
「あ…ち…が……」
否定しようとしても、声が出ない。
なぜなら狂狼さんの言葉に頷く自分が、心の中にいたから。
「正直に生きよう。君は……人を狂わせていいんだ」
その言葉を聞いて、私の中にあったなにかが溢れ出した。
「さぁ……一緒の狂おうか♡」
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