11-11 じゃ、お幸せにね!
俺が公園事務所の外へ飛び出すと、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
「食らえ! 私たちの怒りを思い知れーっ!」
アイザラのファンたちが、会場にいる人々に向けてファイヤーボールを乱射している。
「マジかよ……」
だがよく見れば、彼女たちが装備しているのはアイザラの片眼鏡『アークノヴァ・レンズ』だ。
もちろん本物ではなく、あれはアッシロが魔改造して販売していた玩具。
つまり、レンズから放たれるファイヤーボールはただの虚像で、熱も無ければ破壊力も無い。
当たったところで、ちょっとした衝撃を感じるだけの代物だ。
だが、事態を最悪の方向に導いていたのは、保安部警備課のアレシオだった。
「ひるむな! テロリストからクベロス司令官を、死守せよ!」
アレシオはファイヤーボールを本物だと完全に勘違いしたらしく、必死の形相で麻痺銃を乱射している。
「ぎゃあああっ!?」
「うわっ、身体が……動か……」
麻痺させられた人々がバタバタと倒れ始めると、もう現場は何が虚像で何が本物なのか判別がつかない。
来場者たちはパニックに陥り、出口を求めて会場内を無秩序に走り回った。
「みんな、落ち着いて! 走ると危ないってば!」
「押さないでください! 怪我人が出ちゃいます!」
ロニャやケーミンが必死に声を張り上げ、人々を落ち着かせようと奔走しているが、この混乱の前では焼け石に水だ。
さらに追い打ちをかけるように、会場の入り口から数十台の警備ボットが姿を現し、逃げ道を塞いでしまった。
アレシオが出動を要請したのだろう。
「ピッ!
対象を無力化する。
射撃開始」
無機質な機械音とともに、アイザラファンに向けて容赦なく麻痺銃が放たれる。
娯楽の殿堂だったはずの噴水広場は、一瞬にして戦場へと変貌してしまった。
「……終わった。
月面基地も……地球文明も……」
俺はどうすることもできず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
そのとき――
俺の姿に気がついたひとりのアンテラ人が、裏返った声を上げた。
「ハルト様!」
その叫びが響いた瞬間、あれほど騒然としていた会場が、水を打ったように静まり返った。
何百という人々の視線が、一斉に俺へと注がれる。
「ハルト様!」
「ご無事でしたか!」
「ハルト様! 会いたかったにゃん!」
一転して、会場中に歓喜の声が広がっていく。
人々は俺の周りに集まり、瞳をキラキラと輝かせ始めた。
「ハルト様のことは、わたくしがお守りいたします!」
「このリリアンヌにお任せを!」
「お慕い申しておりますにゃん!」
――異変が起きていた。
彼らの喋り方が、いつの間にか『イセハナ』キャラの口調に変わっているのだ。
「キャラ同化症……!」
俺は思わず叫んだ。
ネーロン医師の仮説は正しかった!
アニメファンのポータリアンが、パニックによる極度の驚きを感じたことで、キャラ同化症が発症したのだ!
いつしかイベントの来場者たちは、俺と警備ボットの間に割って入り、まるで訓練された兵士のように整然とした隊列を組んでいた。
「私たちは決して負けない!」
「この命に代えてでも、エルディア大陸の平和は守る!」
無数の自称『花嫁候補』たちが、俺を守るために身を挺して盾となった。
だが、彼らの手にあるのは破壊力の無い幻影のファイヤーボールだけだ。
容赦なく浴びせられる警備ボットの麻痺銃に対し、抗う術は無い。
リリアンヌに同化した前衛たちから順に、次々と筋力を失って倒れ伏していくのだった。
そのとき――。
「攻撃を中止しろ」
低く、重みのある声が広場全体に響き渡った。
視察に訪れていた、クベロス司令官だ!
「し、しかし! 司令官、奴らは凶悪な暴徒……!」
「聞こえなかったのか?
騒動はもう収まった。
攻撃を止めるんだ!」
司令官の抗いようのない威圧感に、アレシオは言葉を失った。
彼は渋々といった様子で、警備ボットに下がるようハンドサインを送る。
すごすごと撤退していく警備ボット。
その後ろ姿を見て、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「「「我々の勝利だーっ!」」」
「「「勇者パーティの強さを思い知ったか!」」」
麻痺銃で撃たれた者たちも、よろよろと起き上がり始めた。
彼らは互いに抱き合ったり、高く飛び上がったりして、勝利の喜びを分かち合っている。
突然の急展開に理解が追いつかず、俺が口を半開きにして立ち尽くしていると、背後から誰かに肩を叩かれた。
「やったじゃん! ハルト様!」
ロニャだ。
少し皮肉っぽく笑いながら、彼女は親指を立てて見せる。
「……いや、俺なんにもしてないんだけどな……」
俺は自嘲的に呟いた。
だが、理由はどうあれ最悪の事態は回避できた。
それだけで十分だ。
「あとは、シャルロットがみんなに事情を説明してくれれば、一件落着だな」
俺がシャルロットの姿を探して周囲を見回した、そのときだ。
周囲の熱い視線が、再び一点に集中していることに気がついた。
――俺だ。
「ハルト様……」
「お慕い申しております!」
「愛してるにゃあ~」
「ハルトぉ~」
「……え?」
身の危険を感じた、次の瞬間。
無数のハルト信者たちが、全方位から抱擁を求めて、津波のように襲いかかってきた。
「うわ、やめろ!
俺はハルトじゃねぇ!
助け……っ」
一瞬で人の山にもみくちゃにされ、俺は必死に手を伸ばして助けを求めた。
だが、すぐそばにいたロニャは、楽しそうにケラケラと笑っている。
「じゃ、お幸せにね!」
彼女はいたずらっぽくウインクをすると、無情にもその場から離脱していった。
「ロニャ~っ!
てめ~っ!
見捨てんのか~っ!」
俺の悲痛な叫びは、熱狂的な歓声にかき消され、彼女の耳に届くことはなかった。
***
翌日。
キャラ同化症から回復したシャルロットが、イベント参加者たちに誠意あるメッセージを発信したことで、ファンどうしの対立はあっさりと解消された。
幸いなことに大きな怪我人もなく、全員が無事に宇宙港からそれぞれの母星へと帰っていった。
しかも、ツキハバラ商店街は通常の10倍もの客が訪れたことで、未曾有の売り上げを記録したらしい。
味をしめた店主たちは、またすぐにでもイベントをやってほしいと、ウーゴに頼み込んでいるという。
さらに、暴動鎮圧の名目があったとはいえ、観光客に麻痺銃を乱射したアレシオが、クベロス司令官からこっぴどく怒られたという後日談も、俺にとっては最高の朗報だった。
しかし――。
俺の気分は晴れなかった。
「……ったく、どこから手をつけたらいいんだよ、これ……」
ゴミ集積所のように荒れ果てた噴水広場で、俺は掃除機を手に立ち尽くす。
全部捨てていいならともかく、観光客の遺失物が含まれている可能性もあるのでそうもいかない。
オタクが個人的に宝だと思っているものを、他人がゴミと区別することは、果てしなく難しいのだ。
俺はこれから始まる地道な作業を想像し、「はぁ……」と溜息をついた。
ところがそんな俺の憂鬱とは裏腹に、仲間たちの様子はいつもと変わらない。
「またやろうね、オンリーイベント!」
「次はヴォルラックのイベントがいいーっ!」
「私は、同人誌の限定イベントがいいわ。
技術資料も配布しましょう」
こいつら……
まったく、懲りてない!
俺はまた深いため息をついた。
--- エピソード11 完 ---
--- シーズン2 完 ---
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これにてシーズン2は完結となりますが、お楽しみいただけたでしょうか?
せっかく登場したのに活躍できていないキャラクターもいますし、書き足りないオタクネタや回収できていない伏線もありますので、まだまだこの物語は終わりそうにありません。
準備ができ次第、シーズン3を再開する所存ですので、それまで作品をフォローしてお待ちいただけると嬉しいです!
それでは今後とも、よろしくお願いいたします!




