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2-7 それ、仕事なのか?




「なんかケンカっぽいかも!」


 ヴィジェから「トラブルが発生した」と報告があったので玩具店にやってくると、すでに店の前には人だかりができていた。

 だが、とくにゴミが散乱しているわけでもないようだ。


「清掃業務とは関係なさそうだが……

 俺達が来る意味ってあるのか?」


 俺は傍らで無表情なまま現場を眺めているアリチェに素朴な疑問を投げかけた。


「オレンジ色のユニフォームが見える?」


 アリチェの視線を追ってみると、確かに人混みの中でオレンジ色の制服を着た人影が何人か確認できた。

 あの色には見覚えがある。

 俺が病院で目覚めたときに初めて会った女性、ファナが着ていた制服だ。


「すでに保安部が到着しているようだから、私達にやれることは無いわ。

 ただ、見ていればいい」


「見てるだけ?

 それ、仕事なのか?」


「言ったでしょ。

 月面基地には監視カメラが無いの」


「え?

 じゃあ、掃除をボットに任せない理由って……」


「だからそう言ったでしょ。

 人の目が見ていることに意味があるの」


 アリチェは淡々と言った。


「俺達ってつまり……監視カメラの代わりなのか?」


「ある意味ではね。

 人が見ていることで事件が解決することもあるし、事故が未然に防がれることもあるから」


「そんなもんかね。

 でも、だったら清掃員じゃなくて、保安員を増やせばよくねぇか?」


「愚問ね。

 保安員ばかりの場所じゃ、誰も楽しめないでしょ」


 ビシッと音が聞こえるようなキレのあるツッコミで、俺は納得するしかなかった。 


 アリチェに諭されても、不思議と腹は立たない。

 論理的に筋が通っているし、彼女が提供してくれる情報には、なんだかんだ俺も助けられているからだ。

 彼女が可愛い……という要素も重要ではあるが、それだけではない……はずだ。

 

 などと俺が思索にふけっていると、ロニャが嬉々としながら人混みの中から抜け出してきた。


「ボサッコ人の喧嘩だってさ!」


「え?

 ボサッコ人が!?」


 俺はチラリとドッツォの様子を見た。

 いつになく真剣な表情で、状況を見守っている。

 さすがに同族の喧嘩となると、他人事とは思えないのかもしれない。


「喧嘩の原因は何なんだ?」


「うーん。

 なんでも、予約した商品が買えなかったとか言ってたよ」


「また?」


 ロニャの話を聞いて、いきなりアリチェが声を上げた。

 振り返ると、怒りを堪えているらしくワナワナと震えている。


「またって、どういうことだ?」


「この店の店主にはね、倫理観のかけらもないの。

 儲けるためだったら、何だってするのよ!」


 アリチェが珍しく感情的になっている!

 過去に何かあったのだろうか?


「詐欺ってことか?」


「それがギリギリ詐欺にならないグレイゾーンを狙ってくるから悪質なのよ。

 予約がいっぱい集まって売れそうだとわかったら、後から値段を釣り上げたり……」


「ひでぇな……。

 じゃあ、騙されたボサッコ人が怒って、店長をボコボコにしてるってことか?」


 俺の疑問に対して返答したのはロニャだった。


「喧嘩しているのは、ボサッコ人どうしだよ」


「はぁ?

 だとすると、商品の奪い合いか?

 在庫が1つしか無かったとか……」


「さあね。

 気になるから、確かめてくる!」


「あ、ちょっ!

 へたに関わらないほうが……」


 俺の止める声もきかず、ロニャは人混みのほうへと向かっていった。


 ――そのとき。

 

 バンッ!


 雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。


 銃声?

 音に驚いて人混みがさっと散開し、2人のボサッコ人と、オレンジ色の制服を着た男の姿があらわになった。


 あの男……病室に来た嫌な奴だ。

 確かアレシオと言ったか。


「いい加減にしろ!

 大人しくしないなら、今度は当てるからな!」


 アレシオは2人のボサッコ人に対し麻痺銃スタンガンの銃口を向け、威嚇していた。


「両手を上げて、ひざまずけ、今すぐだ!」


 アレシオはさらに語気を強めた。


 フーッ!

 

 ところが2人のボサッコ人には、アレシオの姿も、言葉も、まったく届いていないようだった。

 攻撃の機会を狙うように、お互いが睨み合っている。


 すると突然、もうひとりのボサッコ人が2人の間に割って入った。


 ライムグリーンの制服!

 俺達と同じ清掃員?


 というか……あれは、ドッツォだ!

 しかもその表情は……メチャクチャ怒ってる!


 パン、パンッ!


 ドッツォは喧嘩を止めるのかと思いきや、おもむろに2人のボサッコ人を殴り倒した。


 すごい筋力だ。

 ドッツォにあんな力があったなんて。

 

 しかし倒れたボサッコ人も頑丈だ。

 少しも応えた様子はなく、すぐに反撃のパンチを繰り出した。


 ドッツォは最初の攻撃はかわしたが、2人目が放ったストレートをもろにくらってしまい、仰向けにぶっ倒れた。


「ドッツォ!」


 俺は心配になって叫んだ。


 止めに入るべきか……と考えたが、脚が動かない。

 俺は殴り合いなんてやったことがないし、しかもボサッコ人のパワフルな喧嘩に介入したところで何もできるはずがない。

 我ながら情けないが、俺はすがるような思いで、ロニャとアリチェの姿を探した。


 だが2人は、遠巻きに様子を見ているだけだった。

 アリチェは無表情でつまらなそうにしているし、ロニャに至ってはむしろニコニコと笑みを浮かべている。


 同僚が喧嘩に巻き込まれてるのに放置か!?

 こいつらには仲間意識とか無いのか!?


 俺は何もしない自分を棚に上げながら愕然とした。


 俺は無力だ。

 だが、傷つくドッツォを放っておくなんて嫌だ。

 俺は覚悟を決めるため、ゆっくりと深呼吸をした。


 ――そのとき。


 パチパチパチ。


 拍手が起こった。

 見れば、すでに野次馬たちは三々五々と解散しているところだった。


 終わったのか?


「なんとか収まったよ~」


 笑いながら帰ってきたドッツォは、顎から血を流していた。


「ドッツォ!

 おまえ、大丈夫なのか!?」


「へーき、へーき。

 ボサッコ人は頑丈だから」


 実際、ドッツォは元気そうに見えた。


「いきなり飛び出しやがって、心配してたんだぞ。

 いったいどうやって喧嘩を止めたんだ!?」


「喧嘩?

 違うよ。

 あのひとたちはがっかりしてただけ」


「がっかり?

 なんだそりゃ」


「アクスタが店に入荷してなかったんだって」


「アクスタ?」


「うん。

 ヴォルラックのアクリルスタンド。

 どうしても欲しかったらしいよ。

 だから暴れてただけ」


「暴れてただけって……。

 店を破壊したのか?」


「まさか。

 そんなことしたって、欲しいものは手に入らないでしょ。

 単に、お客さんどうしで残念がってただけだよ」


 いったいどういうことなのか?

 ドッツォが言っていることの意味を理解するため、俺の中で様々な思考がグルグルと渦巻いた。


「それでお前は、なんで殴り合いに加わったんだ?」


「だって、可哀想だったから。

 みんなで残念がれば、心が和らぐでしょ」


 なんなんだいったい!

 無茶苦茶な論理だが、それがボサッコ人だってことなのか?


 俺は救いを求めるようにロニャとアリチェを見たが、当然でしょと言わんばかりの表情だ。

 

「まったく人騒がせだな。心配して損したぜ」


「ごめんなさい。

 でも残念なことがあったときは、みんなで暴れたほうが絶対楽しいと思うよ!」


 ドッツォは満面の笑みを浮かべた。






=== 登場人物 ===


【ファナ・クベロス】

 19歳。女性。月で生まれて月で育った(スペイン系)。保安部救急課所属。義務感が強く仕事熱心。誰にでも優しいが、どこか寂しそう。


【アレシオ・ロンバルド】

 21歳。男性。アメリカ人。保安部警備課所属。司令官を目指す野心家。日本人もアニメも見下している。


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