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2-6 見てて気分悪くなるんだけど……




「ドッツォ。

 ライスの追加を頼めるか?」


「うん。

 どのぐらい?」


「3杯!」


 俺は即答した。

 米の甘さでカレーの辛さを和らげようという作戦だ。

 幸い腹は減っているので、量が増える分には問題がない。

 

 ドッツォが山盛りの銀シャリを持って帰ってくると、俺はその上にカレーのルーをちょっとだけかけて食ってみた。


 これなら……イケるかも!


 俺の目前に、パァッと可能性の光が広がった。

 まだ強い刺激はあるが、胃が拒否するほど強くはない。

 俺は白米で薄めた極辛カレーライスをバクバクと食い始めた。

 咀嚼していると口の中が麻痺してくるので、できるだけ噛まずに飲み込む。


「あの。

 見てて気分悪くなるんだけど……」


 アリチェが汚いものでも見るような目で俺を睨んでいたが、そんなことは気にしない。

 俺は今、生きていることの喜びを味わっているのだ。


「ドッツォ!

 ありがとな。礼を言うよ」


 一息ついたとき、俺はようやくドッツォに感謝を伝えることができた。


「ボサッコ人との味覚の違いには驚いたが、とにかく助かった。

 飯をおごってくれてありがとう」


「うん!

 レンマ兄ちゃんが喜んでくれたなら、僕も嬉しい!」


 ドッツォは満面の笑顔を浮かべながら体を揺らして見せた。

 こいつが幸せそうにしていると、こっちまで幸福感が伝わってくるようだ。


「今は俺、無一文だけど……

 必ず、お返しはするからさ」


「大丈夫だよ!

 気にしないで!」


 ドッツォは気にしていないようだが、この借りを踏み倒すようなことがあっては、俺は自分を許せないだろう。


「あれ?

 もしかしてレンマ……この仕事、続けることにしたとか?」


 ロニャが冷やかすような口調で言うと、アリチェも興味を示してチラリと俺に視線を向けてきた。

 いろいろあって忘れていたが、俺はこの職場体験を通じて、就職するかどうかを決めることになっていたのだ。


「まだわかんねーよ。

 朝からろくに仕事らしい仕事もしてねーし、正直、わけわかんねぇことだらけなんだよ」

 

 俺は今の正直な心境を吐露した。

 

「それに職場環境にも不安がある!

 飯代を払ってくれる優しい奴もいるし、嫌そうな顔しながらも機械の説明してくる奴もいてありがたいとは思うけど……。

 約1名、何も助けてくれないくせに、俺をからかって楽しんでる奴がいるからな!」


 俺は実名は出さずに、3人の顔を順に見ることで対象の人物を特定しながらまくしたてた。


「ちょっと~、それあたしのこと言ってる!?

 ひっど~い!

 病院まで迎えに行ってあげたのに~っ!」


「途中でいなくなったくせに何言ってんだ!

 いきなり放置されて、俺がどれだけ途方に暮れたと思ってる!」


「えーっ、それはそうだけど。

 レンマを信頼してたからだよ!

 あんたなら絶対迷わずに事務所にたどり着けるって、信じてたから!」


「うそつけ!」


 俺が怒りをあらわにすると、ロニャはまた「あははっ」と笑った。


 いかん。

 こいつと言い争っても、結局こっちが笑い者にされてしまう。

 完全に相手の思うツボだ。


「でもさ~、考えたところで選択肢はなくない?」


 ロニャが痛いところを突いてきた。


「清掃員やらないとしたら、どうすんの?

 貯金も無いし、援助してくれそうな人もいないんでしょ?

 働かないと、ドッツォにお礼するどころか、生活するのも無理じゃん」


「ぐ……」


 くやしいが彼女の言うとおりだ。

 もし他の手段が無いのだとしたら、俺にはそもそも選択する権利さえないことになる。


「そこでだ。

 折り入って頼みがある。

 教えて欲しいんだが……ここで金を稼ぐ方法って、他に無いのか?」

 

 ロニャの返事は期待できないので、俺はドッツォとアリチェの顔を見ながら問いかけた。

 しかしドッツォは困った顔をしているし、アリチェはピクリとも反応しない。

 結局、口火を切ったのはロニャだった。


「う~ん。

 なにか資格もってるの?

 調理師免許とか、溶接技能資格とか……」


「ねぇよ。

 もってるわけねぇだろ」


 俺は即答した。


「でも日本の義務教育は受けてるからな。

 基本的な知識は身につけている……はずだ」


「それだけじゃなぁ……。

 今どき基礎知識なんて何の役にも立たないよ。

 わかんないことがあれば、ゴーグルに聞けばいいし!」


 またもや正論だ。

 俺は自分なりに必死で脳をフル回転させたが、「自分ならコレができる!」と胸を張って言えるような知識やスキルは、思いつかない。

 強いて言えばゲームが得意なことぐらいだが、それを言ったらバカにされるのがオチだろう。


「正社員じゃなくてもいいし、時間給でもいい。

 コンビニの店員のバイト募集とか無いのか?」


「ムリムリ!

 雑務はボットがやってくれるし、コンビニなんて店長がひとりいれば十分だよ」


「うむむ……」


 だめか……。

 月面基地では日本とは比較にならないほど至るところにボットが浸透している。

 人間の労働者に求められているのは、ボットには代替できない特殊技能だけなのだ。

 ヴィジェが言っていた通り、この月面基地で資格もなしにできる仕事は清掃員だけなのかもしれない。

 

 俺が落胆し、しばらく沈黙が続いていたとき。

 ホットケーキを平らげたアリチェが、ぽつりと呟いた。


「稼ぐ方法……無いこともないけど……」


 俺は期待を込めてアリチェを見つめた。


「何か知ってるのか? アリチェ!」


 アリチェは食後のフルーツジュースをひとくち飲むと、ゆっくりと語り始めた。

 まるで禁忌に触れる重大な秘密を打ち明けるように。


「地球とポータリアンの間では通商条約を結んでいるけど、その中で輸出を禁止しているものがあるの……」


「禁止……」


「そう。

 たとえば生き物とか……」


「生き物!?」


 ヤバい雰囲気がぷんぷんと漂ってきた。


「ポータリアンの研究者や愛好家の中には、どうしても手に入れたいって人がいたりするわ」


「地球の生き物を……か?」


「そうよ。

 生きたまま輸入するのは難しいけど、月には定期的に大量の物資が運び込まれているから……。

 冷凍して輸入品の中に紛れ込ませれば……」

 

 俺の背筋に冷たいものが走った。


「おいっ!

 それ、俺が誘拐されたのと同じ手口じゃねぇか!」


 法律スレスレと思いきや、完全にブラック!

 だがアリチェは表情ひとつ変えず、さらなる提案を重ねてきた。


「もしくは……人間には腎臓が2つあるから、片方だけ売って儲けるという手もあるわね」


「売るか!」


「レンマ兄ちゃん、売られちゃうの!?」


「売られねーよ!」


「腕のいい闇医者を紹介しましょうか。

 痛みを感じずに腎臓を切除できるわよ」


「……」


「……アリち!

 冗談もそのへんにしないと、ドッちょが本気にしちゃうよ」


 ロニャが突っ込むと、アリチェはヤレヤレといった様子で言葉を止めた。


「さぁ、ランチタイムは終了!

 午後の仕事もがんばっていこーっ!」


 ロニャは威勢のいい掛け声を上げると、ハンバーガーの包みをぐしゃぐしゃと丸めて退店の準備を始めた。

 アリチェとドッツォも後に続く。


 だが俺は、どうも釈然としない。 


 アリチェの発言は冗談だったのか?

 そもそもあのアリチェが、冗談を言うだろうか?


 俺は月面基地の闇を垣間見たような気がした。



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