2-4 僕の毛じゃないから
「アリチェ姉ちゃんはすごいんだ。
機械に詳しいんだよ。
壊れた清掃ボットも直しちゃうし」
俺とアリチェのやりとりを聞いていたドッツォは、まるで自分のことのように誇らしげに語った。
「清掃ボット?」
「うん。
自動的に掃除してくれるボット。
夜のうちに商店街を動き回って掃除してくれてるんだ」
考えてみれば当然のことだ。
月面基地では病院での看護ボットや、店舗での案内ボットが稼働している。
清掃だってボットに任せるのが普通だろう。
今まで見かけることがなかったのは、夜間に活動しているからだったのだ。
「だったら……人間が掃除する必要なんてないんじゃねぇか?」
俺は素朴な疑問を口にした。
「全部清掃ボットにやらせればいい。
今俺達がやっていることって、意味あるのか?」
俺が問いかけると、ドッツォは「うーん……」と困ったような表情を浮かべ、アリチェに救いを求めた。
どうやらドッツォには難しい話だったらしい。
「しかたないわね。
私から説明するわ」
アリチェが作業の手を止め、淡々とした口調で言った。
「ボットを使わず人間が清掃する理由は、月面基地に監視カメラが無いからよ」
「はぁ?」
アリチェは説明してくれたつもりなのだろうが、俺にはさっぱりその因果関係が理解できない。
清掃と監視カメラに何の関係があるんだ?
「ポータリアンのプライバシーを保護するため……という理由で、1年前にすべての監視カメラが撤去されたの」
俺は周囲を見渡してみた。
言われてみれば、確かに監視カメラらしきものは見当たらない。
治安とプライバシー、どちらを優先するかは難しい問題だが、ポータリアンは極端にプライバシーを優先させているということなのだろうか。
「それとこれと、どんな関係があるんだ?
監視カメラが無いから、みんなゴミを散らかしまくってるってことか?
だからって人間が掃除しなきゃならない理由にはならんだろ」
「ふぅ。
何から何まで説明しなければならないのかしら」
アリチェは面倒くさそうにため息をついた。
「つまり……」
「つまり?」
「あーっ!」
俺がアリチェの回答を待っていたとき、突然、ドッツォが変な大声を上げた。
その視線を追うと、彼が凝視していたのは俺が持っている掃除機の先端だった。
しかし……変わったところは何もない。
いくつかの茶色い毛が落ちているだけだ。
「なんだ、どうした?」
ドッツォは目を見開き、口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「ボサッコ人の毛を吸い込んだわね?」
アリチェの指摘も、意味がわからない。
「それがどうした?
毛が落ちてたから掃除しただけだが……?」
「ボサッコ人の毛を掃除することは、とても失礼にあたるの。
だから掃除機で吸い込むのはタブーよ」
「は?」
俺にとってはまったく信じがたいことだったが、ドッツォはコクコクと激しく頷いている。
どうやら真実らしい。
「いったいどういうことだよ!」
「当然でしょ?
毛は体の一部だし、毛が落ちているってことは、その人がここに存在したって証でもあるから。
それを掃除するってことは、ボサッコ人の存在を否定しているのと同じことよ」
「いや、当然と言われても……」
俺は慌てて掃除機から集塵カートリッジを取り出そうとした。
吸ってしまったのがまずいなら、返せばいい。
「やめて!」
アリチェが鋭い声で制した。
「いったん掃除した毛を元に戻すのは、もっと失礼だから!」
「えーっ!」
吸ってもダメ。返してもダメ。
もはや何をやっても禁忌を犯しかねない。
俺はビビって体の動きをピタリと止めるしかなかった。
手の中にある掃除機が、急に爆弾のように思えてくる。
「そんなこと、知るわけねぇだろ!
そういうことは、最初に説明してくれよ!」
「ふぅ。
まさかこんな基本的なことまで知らないとは。
前途多難ね……」
アリチェは呆れたという表情で首を左右に振った。
「でも、毛を掃除しなかったら困るだろ。
そのうち月面基地はボサッコ人の毛だらけになっちまうぞ?」
「夜のうちに清掃ボットが掃除してくれるから問題ないわ」
「はぁ?
人間が掃除したら失礼なのに、ボットならいいのか?」
「そうよ。問題なし。
機械には心が無いから」
むむむ。
まったく理解できん。
これがカルチャーギャップというやつか?
俺は恐る恐る、ドッツォの顔色をうかがってみた。
自分に非があるとはまったく思っていないが、たとえ悪気がなくとも、結果的にボサッコ人の心を傷つけてしまったのだとしたら、ここは謝っておくべきだろう。
「なんか、悪かったな。
すまん……」
「大丈夫。
僕の毛じゃないから、全然だいじょうぶだよ!」
ドッツォは弾けるばかりの笑顔を返してくれた。
しかし……『僕の毛じゃないから』とは、どういう意味だろうか。
もし俺が吸い込んだ毛がドッツォの毛だったら、絶望して大泣きしたのか?
それとも激怒して俺をボコボコにしたのか?
まったく。
清掃なんて単純作業だと思っていたら大間違いだ。
すでに俺は心身ともに疲れ果ててしまった。
――そのとき。
「ピッ!
ご苦労様です」
ゴーグルから聞き覚えのある合成音声が鳴り響いた。
上司のヴィジェだ!
「お昼になりました。
13時までは休憩時間になります」
休憩!
休み時間!
飯の時間だ!
ついに食い物にありつけるのだ!
俺の意識から清掃業務に対する不安が一瞬にして吹き飛んだ。
=== 用語解説 ===
【ポータリアン】
30年前、「ポータル」と呼ばれるワームホールから地球圏にやってきた異星人の総称。主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族からなる。
【ゴーグル】
メガネ型のスマートデバイス。現代のスマホと同じぐらい普及している。これが同時通訳機能を内蔵しているため、外国人や異星人とも会話できる。
【人工人格】
人間以上の知能を持ち、性格や感情も併せ持つAI。レンマ達の上司ヴィジェも人工人格。
【ボット】
自律的に動くことができる作業用ロボットの総称。月面基地では清掃ボット、警備ボット、看護ボットなど、様々なボットが活動している。




