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孤高の愛の傍らで…。  作者: 礼三


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2 婚約

 母が父と出逢ったのは王都の夜会で、王妃が主催する貴族令嬢のデビュタント会場だった。

 母は歴史あるブプレウム伯爵家の長女で上に兄が一人いる。

 母の父…。私にとっては外祖父になるが、領地経営に励み、領地に引きこもっていたらしい…。

 母の兄、ブプレウム伯爵家の長男である伯父は王都の寄宿学校へ入学した後、官僚の道を選び、ブプレウムのタウンハウスで生活をしていた。

 母は都会へ全く興味がなく、祖父母に可愛がられ領地でのびのびと育ったお転婆娘だった。

 自分のデビュタントのためでさえ、母は王都へ行くことを嫌がったそうだ。

 招待状が届かなければ、母は父に会うことはなかっただろう。王妃主催のデビュタントへ参加することは貴族の誉れであり、招待状が王室から送られた時点で欠席は認められなかった。

 何の因果か…。

 初めて参加した舞踏会で母は父からダンスに誘われた。そこで父に見初められ、婚約を申し込まれたのだった。

 辺境の地で過ごしていた母や祖父は王都での噂を知らなかった。

 それが母の悲劇の始まりとも知らず、祖父は父との婚約を了承した。

 父と母の婚約が結ばれ、伯父は大慌てで抗議したが時は既に遅かった。


「よりによって…。あのグラジオラス公爵家とは…。父上は一体何をされていたのです!」


 メラニーの兄ランスは怒りの声をあげた。

 ブプレウム伯爵家のタウンハウス…。

 ブプレウム伯爵の家系は先祖代々から領地経営に励んでおり、あまり使用することのないタウンハウスの規模は小さい。

 血筋には珍しく王都で官僚となった兄とその家族が利用しており、使用人の人数も最低限に留めていた。

 歴代の当主は調度品にこだわらず、初代の頃から家具を替えることがなかったが、歴史価値の高い趣きのあるものを備えていたので、屋敷内は重厚感が漂っていた。


「んっ?あんなに立派な体躯の美丈夫が今だ独り身なのは驚いたが…」


 グラジオラス現当主シリルはメラニーと一回りも違う。メラニーは王妃主催の招待状が届くまで、デビュタントを渋っていたため、18歳で参加することになった。他の令嬢たちよりも遥かに遅い。


「良いお相手とめぐり逢えて良かったではないか?」


 メラニーの父ボーモンのおっとりした口調は更にランスを苛つかせた。


「はっ?これだから田舎者は!」


「お兄様!お父様に失礼ですよっ!元々、お兄様が来られなかったのも悪いのでは?お兄様もご一緒してくださるはずだったではありませんか?」


 メラニーの叱責にランスは口ごもった。


「それは…。面目ない…」


 ランスは中指で眼鏡の中心を持ちあげ位置を直した。すっきりとした切れ長の眼差しは蒼く澄み切っており知的な印象を残す。燻んだ灰色の髪を綺麗に束ねており、几帳面な性格が表れていた。

 日々、寝る間も惜しんで働いているせいか、常に顔色は青白くクマも濃い。彼はアルセア王国宰相のガザニア公爵の補佐を務めている。

 メラニーのデビュタント当日も仕事に追われて妹をエスコートすることが出来なかった。


「私はグラジオラス閣下のことを好ましく思っております…。私、王都に知り合いはおりませんでしょ?壁の花も覚悟してましてのよ…。ですが、閣下はダンスに誘ってくださり…。お兄様の言う田舎者に対しても、親切に接してくださいました…」


 両手を組み宙を見つめているメラニーの耳朶はほんのり赤い。

 メラニーは王都のご令嬢たちのような華やかさはないが、健気に草原を彩る花のような人を惹きつける可憐さがある。

 放っておいても壁の花になることはなかっただろうが、最初に目をつけられたのが、グラジオラス公爵とは不運としか言いようがない。


「それにな…。メラリーを大切にすると仰ってくださったのだ…」


「…。あの方は…。単体でいるには害はないのです…」


 ランスはシリルの容姿を思い起こす。

 美しい流線を描く横顔、漆黒の前髪から覗く赤眼は情熱的だ。アルセア王国騎士団の団長だけあって強靭な肉体を持ち、無愛想ではあるが多くを語らないところが女性にとって魅力を感じるらしい…。

 だが、女性人気の高いシリルには暗黙で公認されている集団がおり、それが脅威なのだ…。


「婿殿に酷い物言いだな…」


「父上はご存知ないと思いますが、彼はアルセア王国の悲劇の男主人公なのですよ…」


「「?」」


「王妃様との仲を引き裂かされた哀れな男なのです…」


 グラジオラス公爵シリルと王妃オレリアは将来を約束した恋人同士であったが、アルセア王国の二大公爵家の婚姻で勢力均衡が崩れるのを恐れた前国王がオレリアを息子の妻へと望んだ。

 シリルは純愛を貫くとオレリアへ誓ったらしい…。

 アルセアの王都では民衆が悲恋だと囃したてて、二人を題材にした演劇まで公開されている。


「それは…。陛下に対して不敬なのでは?」


 ランスの説明を静かに聞いたボーモンが尋ねた。


「…。陛下はご自分のせいで愛する二人が結ばれなかったことに後ろめたく思ってらっしゃるようでして…。性格が優しく人が良すぎると言いますか…。その話を聞いても罰することをなさらないのですよ…」


 民衆への影響も軽視できないが、王宮内にも影ながら二人の恋を応援しているものが多く潜む。ランスはそれを懸念していた。


「むむ…。そのことは、ブプレウム伯爵領まで届かなかったな…」


「辺境ですものね…」


 事の次第に唸るボーモンが膝に置いた手へメラニーは自身の手を重ねた。娘の温もりが疲弊した父を慰める。


「公爵が後継者作りのために重い腰をあげたようですが…。わざわざ、二人の愛を妨げる悪役になりたい令嬢なんていないでしょう。皆、遠巻きに顔の良い公爵を鑑賞するだけで…。結婚に応じようとしなかったのです」


 シリルは今までオレリアへ操を立て、王都の貴族令嬢もオレリアを想うシリルの愛を尊重して、グラジオラス公爵への求婚は遠慮していた。

 沈痛な面持ちで説明をするランスに事態を重く受け止めたボーモンは肩を落とした。


「すまなかったな…。勝手にお前に相談せず、メラニーの縁談を決めてしまって…」


 だが、格上のグラジオラス公爵家から縁談の申し出があった時点で伯爵であるボーモンが断るのは難しい。


「いえ…。オレも偉そうな口をきいて申し訳ありませんでした…。父上のことは尊敬しておりますし、家長の決定に従います…。ただ…。メラニーが幸せになってくれれば、それで良いんです」


 そう告げたものの、これから社交界で苦労するだろうメラニーのことを想像するだけでランスはメラニーが不憫でならなかった。

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