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孤高の愛の傍らで…。  作者: 礼三


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エピローグ それからの二人

 父は後任へ仕事を託すと潔く騎士団を辞任した。

 王太后様からの呼び出し以降、父は退職を念頭に置いていたようだ。

 父と王太后様の仲を誤解されないよう互いのために…。

 父が配慮した結果だった。

 国王陛下にもその旨を伝えたらしい…。

 その後、父はグラジオラス領地へ拠点を移し、足繁く母の元へ通った。



「お兄様も来られれば良かったのに…」


 春の気配に花々が芽吹く頃、アシダンセラ伯爵領の村々ではこれから行う種植えの豊作を願う祭りが開催される。

 メラニーの住まう近隣の集落も例外ではなく、祭りで賑わっていた。

 シリルはエヴァの手を繋ぎ露店を回った。そろそろ、エヴァは公爵令嬢として礼儀作法を習わなければならないが…。

 エヴァには肩身の狭い社交界へ進出するよりも田舎で伸び伸びと育ってほしいと、シリルは考えるようになっていた。


 散々、エヴァは世間に「不必要な公女」と貶められてきたのだ。今更…。何を言われようと構わないのではないだろうか…。公爵令嬢として型破りな生き方をしても良いのではないか…。


 シリルは想いを巡らせながら、ヒューゴの近状をエヴァへ伝えた。


「ヒューゴは卒業準備で忙しくしているだろうから…。今年は夏も難しいだろうな…」


 ヒューゴは父親であるシリルヘ無言の怒りをぶつけている。

 シリルばかりがメラニーとエヴァへ会いに行くからだ…。

 もちろん、ヒューゴも二人を訪ねたかったが、現在学業で多忙な上、卒業後は爵位を引き継ぐ準備が待ち構えており、目紛しい日々を過ごしている。

 それでも、エヴァへ送られてくる手紙からは…。


『最近は母上の返事に日常が綴られるようになって嬉しいんだ…。全てエヴァのおかげだね…。この間は、父上と一緒にアシダンセラへ遊びに来てみては?って書いてあった。早く大きくなったエヴァに会いたいよ…』


 ヒューゴの喜びが伝わってくる。

 母と兄へわだかまりが少しずつ解けかけているのを感じてエヴァは幸せだった。

 不意に人混みから親子へ声がかかる。

 

「よっ!エヴァ!今日は父ちゃんと一緒かい?」


「マリウスおじさん!」


「シリルの旦那!今日もメラニーさんに振られたのか?」


 あれからシリルとマリウスは酒を酌み交わす仲となった。

 シリルは素性を明かすことはしなかったが、シリルの男気ある真っ直ぐな性格に絆されたマリウスが酒場へ誘うようになったのだ。


「うるさい…」


 シリルは何度もメラニーの家へ訪れ、その度に再婚を断られている。そんなシリルを揶揄えるぐらいマリウスはシリルと親睦を深めていた。

 シリルは服の裾を引っ張られ視線を落とす。宿屋のアン子供、ローズがシリルを見上げていた。


「ねぇ?エヴァのお父さん、さっき演劇を見たんだけど…。お姫様へ告白した騎士様…。エヴァのお父さんみたいだね…。勇ましくてカッコいい!」


 ローズが観劇した演目はシリルとオレリアを題材とした作品であることをシリルは知っていた。

 エヴァに観せたくなかったシリルは時間潰しに露店を冷やかしていたのだ。

 冷やかしといっても、エヴァのためにお菓子を沢山買ってしまったので、後で合流するメラニーから叱りを受けるのは必然だった。

 メラニーは婦人会で振る舞う料理作りに参加していた。


「おいおい、身内のマリウスおじさんの立場はどうなる?」


「ええー!だって、お姫様がエヴァのお母さんみたいだったもん!王様と一緒になっても、騎士様はお姫様へ愛を捧げてたでしょ?エヴァのお父さんもエヴァのお母さんに何度振られても…。挫けないもん!」


 シリルは勇ましく美丈夫であるが過去の職業柄、子供相手には少し強面だ。ローズの言葉へシリルは和やかに答えた。


「そうか?オレは騎士様か?」


「うん、エヴァのお母さんの騎士様だよ!」


 ローズがシリルの過去を知らないのは言うまでもないが…。オレリアではなく、メラニーの騎士だと讃えられたのがシリルは素直に嬉しかった。


「私の騎士でもあるんでしょう?」


 シリルはエヴァを抱きかかえ頬へ接吻した。


「もちろんだ。私のお姫様…」


「えへへ…」


 ローズは羨ましそうにシリルとエヴァを眺めていたが、マリウスへ視線を移すと訴えた。


「私も…。マリウスおじさんでいいや…。騎士様になって!」


「へいへい…。姫よ!忠誠を誓います!」


 姪の願いにマリウスは跪く。ローズは観劇のおまけに配られていた棒付きキャンディを屈んだマリウスの肩へ押し当てた。

 それを横目に見ていた甥のノアが恐る恐る手を挙げた。


「ぼくも…」


 マリウスは向きを変えてノアの前で膝を折り胸へ手を当てた。


「王子よ!忠誠を誓います!」


「あらあら?楽しそうね…」


 雑踏から娘を見つけたメラニーが籠を手に持ち歩み寄る。籠の中にはキッシュの包みが入っており、メラニーは微笑みながら子供たちへ配った。


「お母様!お母様はお姫様なんだって!」


 興奮したエヴァがメラニーへ告げた。


「ふふ…。そうなの?」


「貴女へ私の心を捧げよう…」


 エヴァを抱えたまま、メラニーの手を掴みシリルは接吻を落とす。


「いや…。待て…。姫!オレの剣は貴女のために…」


 マリウスは棒付きキャンディを空へ掲げる。ローズとノアもマリウスに倣ってキャンディを空へ突きあげた。


「お母様…。モテモテだねぇ…」


 エヴァは嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。

 青空へ白い花びらが舞う。未婚の女性たちが天へこの地の恵みを願い歌を捧げている。

 湖は空を映して澄み渡り、鳥たちが光輝く水面を滑るように飛んでいく。



 アルセア王国の悲恋物語では…。

 父は王家の思惑で仲を引き裂かれた王太后を忘れられず想い続け、彼女の騎士となって生涯護り抜くと誓った。

 母は二人の崇高な愛を邪魔した嫉妬に狂った悪女として描かれ…。

 父に見限られた母は離縁を言い渡された後、行方知れずとなり、風の噂では田舎の片隅で孤独に死んでいったとされている。

 架空の彼等の愛の結末は…。

 王太后は夫の死後も国母としてこの国を見守ることを決意し、その王太后の意志を尊重した父は領地へ引き篭ったが、再婚することはなく王太后への愛は永遠であったと語られている。



 そう…。母は父と復縁することはなかった。

 

「お母様…。私のことを思って、お父様と再婚なさらないの?」


 自分がグラジオラス公爵家と再び縁を結ぶことで、また私が「不必要な公女」と蔑まれることを母は危惧しているのではないか…。

 私はそう考えて母へ尋ねたことがある。


「それは違うわ…。エヴァ…。まだ子供の貴女には難しいかもしれないけれど、お父様に対して…。情はあっても…。もう…。私は愛してはいないのよ…」


「お父様はお母様を愛しているわ…」


「そうかしら…。そうね…。けど…。それを認めてしまうには…。私が臆病なだけかもしれないけど…」


 俯いた母の顔は曇っていた。私はそれ以上、何も言えなかった…。

 母の傷は周囲が思うよりも深かったのかもしれない…。

 父は母へ愛を囁き続けたが、母に見返りを求めなかった。

 ただ母の側にいるだけで満足そうな父を見ていると私はいつも切なくなった…。


 愛の形は人それぞれ色々ある。

 夫婦に戻れなくても…。父は生涯、母へ愛を貫くだろう…。

 私は父が母へ向けたその想いこそが孤高の愛だと思っている。

 孤高の愛の傍で…。

 私は今日も幸せに暮らしている。


【完】

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