2話 案内
「ん~、今日も1日終わり!奏斗、明日は能力テストだぜ。楽しみだな!」
入学式から2週間。橋田とそれなりに仲良くなれたと思う。相変わらず翠にはストーカーされるし、クラスからも遠巻きにされるが、とりあえず高校生活をボッチで過ごす羽目にはならないだろう。
そして明日は能力テスト。身体能力と魔術能力が図られる。だが…。
「俺はそんなにかな」
「えっ、なんで。楽しみじゃないのか?毎年、自分の成長を感じられていいじゃん」
「そうだけど。俺は『属性なし』だからな…」
そう言うと橋田は目を丸くする。恐らく、今までに属性なしという人に会ったことがないんだろう。
…しくじったかな。もしかしたら今までの人のように、
「まあ、確かに少ないけど、いないわけではないからな~。だけど、本当に存在するんだな」
橋田は珍獣を見るような目で俺を見まわしている。
正直、橋田の反応に驚いた。今まで属性なしだと伝えると、いじめの対象になったり、気遣われたりしてきたが、興味を示されたのは初めてだった。
「属性なしって5歳の頃に病院で判定するとき、何も表示されないんだろ?」
「いや、俺のときは『無』ってでてきたね。表示が変わったのかもしれない」
ふーんっと橋田は目を瞑り、何度か縦に首を動かす。そして、怪訝そうな目をして首を少し傾けた。
「あれ?属性なしなら、なんであんなに風紀委員からラブコールされてるんだ?」
「ラブコールって…。それは副委員長の天城さんが」
その時、俺の隣に銀髪が映り込んできた。突然のことに、驚きすぎて声も出なかった。俺よりほんの少し小さい翠はちょっぴり見上げて、不思議そうな顔をしている。
「とあの話をしていたのですか。これは噂をすれば何とやらというのですね。中々、風紀委員に入ってくれない曽我部くんにしびれを切らして、とあがお呼びですよ」
「あ、ああ」
「なあなあ、その風紀委員の勧誘ってオレはだめなのか?」
翠はこてんっと首を傾げつつ、橋田を見上げる。
「さあ、私にはよくわかりません。判断基準は委員長と副委員長だけが知っているので。私の役目は二人の手足として動くだけです」
「えー!オレも風紀委員になってみたかったのにな」
「すみません」
そういって翠はペコリと頭を下げる。橋田は少し不貞腐れたように見えたが、次の瞬間には「部活だから」と去っていった。サッカー部の橋田がここに居てよかったのか不思議だったが、慌てて出ていく様子を見ると話しに付き合ってくれていたらしい。
身長が高く、イケメンで、友達思い。これで能力も高かったら完璧超人だな。
そんなことを考えていると、翠が右手を差し出していた。
「…この手は?」
「エスコートです。曽我部くんは風紀委員会の教室を知らないでしょう?ご案内しようかと」
「翠には俺が女の子に見えてるの?そもそも絶対にそこに行かなきゃダメ?」
「身長もそれほど変わらないので。それなら貴方より強い私が男役をするべきでは?あと、申し訳ありませんが今回は譲れないと。とあはかなり頑固なので」
「そうか…」
翠のエスコートは丁重に断った。ただでさえ、この前のお姫様抱っこでの登場で男としての威厳を失いつつあるのに、それを加速させてたまるか。それに、
…身長そんなに変わらないって。5㎝ぐらいじゃないか?5㎝は中々、大きな差だろ。
そうだ、5㎝は大きな差だ。5㎝あれば、俺だって夢の170㎝になれるのだからね。
そんなことを考えながら、翠の後ろ姿を見つめていると、ふと一つ疑問が浮かんだ。
「あの、翠。前より毛先の緑色長くなってない?気のせい」
「…内緒です。曽我部くんが風紀委員になってくれたら教えてあげましょう」
「ふーん。あと、俺は翠のこと、名前で呼んでいるからさ、翠も俺のことを名前で呼んでくれない?」
翠はぴたりと案内していた足を止め、そしてくるりと振り返る。その目はジトリとしていて、少々ご機嫌斜めのように見えた。翠は頬を膨らませると、不満げに呟いた。
「私は曽我部くんのように許可されたからといって、ほいほい人の名前を呼べるような人間ではないのです。人の名前、特に異性相手だと緊張してしまうのです。曽我部くんとは違って」
「なんか、すみません」
「わかれば、よろしいのです」
ここ一週間で翠は感情を表してくれるようになったが、一つ一つが演技のように見え、感情を出すのが得意なようには思えなかった。まるで、感情はオーバーに表現しようとする子供のように。まあ、でも一つ一つの動きは小さいからか、子供っぽさはあまりなかった。
「そういえば」と翠は前を進みながら、少しだけ顔をこちらに向け話しかけた。
「そういえば?」
「かなりの頻度で風紀委員室では戦争が繰り広げられています。他の風紀委員もいますが、私と委員長と副委員長は別格なので相手にはなりません」
そう言うと翠はとある扉の前で立ち止まる。
「はあ~?ふざけんな、この○○○!」
「品がないですよ、△△△△△ザル」
「誰が、サルよ!」
中からありえないほどの音量の騒音というか罵詈雑言が聞こえてくるが、きっと気のせいだろう。
「もう、とあは自分から曽我部くんを連れてきてと言ったのにまた、委員長とケンカですか…」
気のせいではなかったようだ。
翠は肩を落として扉をノックする。中からは当然のよう返事がなかったので翠は自ら扉を開く。
「ようこそ、風紀委員会へ」
そう、そこには俺には想像のつかないような光景が広がっていた。
「だーかーら!私が楽しみに楽しみにとっておいた若菜の手作りクッキーを食べたのはあんたでしょ!私、食べないでって言ったよね!」
「自分のものには自分の名前を書く。これは園児でもわかることだろう。どうして君はそれができないんだい?」
「とあ、曽我部くんを連れてきました」
「はあ?!じゃあ、この前のあんたは何だったのよ!目が見えなかったの?!私は名前を書いていたでしょ!それでもあんたは私のプリンを食べたのよ!」
「それは気味が悪いだろ?僕が生粋のプリン愛好家ということを知っていたのに、この部屋の冷蔵庫に置いたのが悪いんじゃないかい?」
そこは地獄だった。赤色のメイド服を着た少女が、執事服を着た頭の切れそうな青年に突っかかっている。それをあわあわと青色のメイド服を着た少女が宥めようとしているが、効果はない。泣きそうな顔になっている青色の少女は翠の声に気づき、こちらを向いて何度もぺこぺこと頭を下げる。
なるほど風紀委員会での戦争は本当らしい。
「あ、すみませんすみません!委員長、副委員長、お客さんですよ」
「こんにちは…」
「はああ!じゃあ、あんたも私がカステラ好きって知っているのよね!あんたが買ってくるカステラを一人で貪ってやるわ!」
「ああ構わないよ。何せ僕はまずカステラを買わないしね」
ああ、これは長くなるやつだな。意地でも断っておけばよかった。
おそらく委員長と副委員長である二人は今にも殺しあいそうなほどのにらみ合いと罵詈雑言を繰り返していた。青い少女は何度も何度も「すみませんすみません!」と頭を下げる。そして翠は
「っ!」
「いたっ!」
「二人ともいい加減にしてください」
翠は二人の頭に拳骨を落とし、恐ろしいほどさえ切った目で二人を見つめていた。その瞬間、青い少女はプルプルと震えだし、俺も無意識のうちに震えていた。